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カーテン  作者: 大枝健志
始動・人間維新編
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風で倒れる御本尊[3]

修行の疲れからか、皆の前で眠り始める吉原。その口は突然ある者の名前を語る。その名は釈尊だと言う。


驚愕の幹部達が体感する吉原の奇跡とは。

 吉原は自らが思い描く「新会長=王」となるため、これから先やらなければならない課題が山積みになっていた。


 まず、秘書や幹部達を含め、周りの連中を徹底的に騙す。古い正文の体制、考えを捨てさせ、吉原大源を尊敬ではなく、崇拝させる。

 騙しに騙して、壊しに壊して、新しき王として正文に君臨する。そして正文王国を築く。


 今更だが、正文学会などという名前は大源教とでも改めてしまっても良い。うむ。「大元凶」か。しかし、それも名の通りだ。私が全てを仕組むのだから。


 最初が肝心だということは吉原自身が一番良く分かっていた。

 ホテルのベッドの上、プールで浮かびながら、太鼓腹を常に出しつつ考え抜いた作戦。

 ついにその作戦を始動する時が来た。


 幹部達に見守られながら椅子に座り水が運ばれるのを待つ間、吉原は眠った。いや、眠ったフリをした。


 小声で囁き合う幹部達。


「会長はやはり相当にお疲れのようだ…」

「なんでも木の実だけで生活していたらしいからな…」

「木の実だけ…俺には無理だ…」

「本部へ着いて早々、お眠りになってしまったのは仕方のない事だろう…」

「まさに、生きる教典のようなお人だ…」


 その時である。低く、地の底から這い上がってくるような声が響いた。幹部達が顔を見合わせる。その声の主は眠っているはずの吉原だった。しかし、吉原は目を閉じたままである。


「私は…私は…釈尊である。」

「釈尊!!」


 釈尊だというその声に幹部達は大いに驚き、一斉にひっくり返ったような声を上げる。さらにその声に驚いた伊勢が運んでいたグラスを落とす。


「この男、吉原の身体を借り受け、私釈尊がお前達に話す。良いな。」

「は…はい!」


 宗派は愚か、仏教そのものの開祖である釈尊から話がある。全員が全員、直立不動となり襟を正す。


「この男が樹海に篭り、そこで修行している間、私は何度もこの男と真理についての対話を繰り返した。宇宙真理、それはつまり森羅万象の収束であり、集約点としてのブラフマンへの生命回帰である。これは個々の意識を高め、そして上界へ魂を運ぶために必要な作業である。この男は…その事を随分前から分かっていた。それ故、人間の平和という生命倫理に反する架空の概念に執着する古き正文学会の体質には大変に心を痛めていた。」

「か…架空…」

「そうだ。人の全ては無である。そして有である。戦争や平和、死、生、そういった一過性のものに心を奪われてはならない。それぞれが個々に生きてはいるが、皆、過去も未来も含め、一つなのだ。そして、その行い次第でその一つの有様というものは変わる。」

「一つ…そうか…我々は宇宙意識として一つなのか…最終的には、それが解脱に繋がるのか…」


 井上は熱心に考察している。だが一人、突然の釈尊の登場を疑う者があった。吉原を含め正文三悪党(正文内では三聖人と呼ばれる)の一人、伊勢である。


 伊勢が震える声で口を挟んだ。


「あ、あの…しゃ…釈尊だという証拠は…あの…」


 低い声が一層低くなる。


「証拠…?貴様如き人間の疑心暗鬼に答えを出している暇はない。迷いがあるならばこの男の真の教えに身を委ね、そして心を従わせろ。おまえは横浜のクラブ結城のチーフママ、山本理恵に相当入れ込んでいるな。」

「うわぁ!し、釈尊様!そ、それだけは!」


 伊勢が素っ頓狂な声を上げ、腰を抜かし尻餅を着く。


「あの女子には旦那がいる。やめておけ。そして、話の続きだが…」


 伊勢がショックのあまり大きく口を開ける。周りの幹部達は冷ややかな視線を伊勢へ落とす。


「人の真理、これをまず…」

「あの…!旦那はどこのどいつで、幾つくらいの…」

「黙れ!」


 釈尊(吉原)の黙れ、の一喝と谷田部が伊勢の頭を引っ叩く音が同時にロビーに鳴り響く。伊勢は観念し、その場に正座した。


「良いか。この男の霊性の高さは私釈尊そのものだ。その意識は過去や未来を超越し、下界や上界へも自由に行き来する。男の言葉は全てを見据え、そして悟った上で放たれる。くれぐれも、聞き漏らしてはならん。私の力は残念だがこの時代にまでは及ばなかった。なのでこの男に全てを託す事にした。新しき法、そして力を…。良いか。この男こそ、真理の化身である。この男の作る新たな人の道を、お前達は歩むのだ。案ずる事はない。分かったな。」

「はい!」

「では…時間が来たようだ…さらばだ…」


 幹部達は手を合わせ、静かに、そして深々と頭を下げた。


「んぉ…おお、おお。すまない。寝てしまったな…ははは…あれ、お前達、どうした?」


 眠りから覚めた吉原がきょとん、とあどけないような顔で幹部達を眺める。

 頭を上げた役員の井上が吉原に事情を話す。


「あぁ…私が眠っている間にそんな事が…」

「はい。大変に恐縮でありますが、私共、会長のお身体を通し、釈尊様とお話しをさせて頂きました…」

「うん…。最初に言えば良かったのだがな、樹海で何度も釈尊の奴と話し合いをしたのだ。新しき法を、力をな、私は奴に託された。」

「やはり…!」


 幹部達が一斉に騒めく。すると、吉原が力無さげに項垂れる。


「情けない話だが、私にやれるだろうか…。偉大な樋口先生や真崎先生のような立派な指導者の後釜として、そして人類を導くものとして…そう、悩んでいたのだ…。」


「会長!何を仰いますか!我々は今、確かにこの目で奇跡を体験しました!」

「そうです!会長!悩むだなんて!どうか、お願いします!私達を、いや、人類を!お導き下さい!」

「会長!私共が会長の力になってみせます!絶対に!なぁ、皆!」

「おう!」


 菊池、伊勢、谷田部、松下、井上、その他含め約二十人が吉原を取り囲む。

 ありがとう…!と、一人一人の手を握り締める吉原。


 全てが計画通りだ。この馬鹿共め。力のある人間が何の迷いもない言葉を吐けばそれまで。反発が起こるのは当たり前だ。

 こいつらは今、ハッタリの奇跡を見せつけられ、自らが会長としての私を担ぎ上げる事を選択をしたのだ。

 物の見事に簡単には解けない縄を自らに巻きおった。

 後は勝手に事が進む。ここのスタートが肝心だったのだ。

 源流は今、放たれた。後はこいつら幹部連中が下へ下へと流れる大きな川を作ってくれるわ。


 後に「釈尊対話」と呼ばれる様になったこの出来事は吉原大源の起こした奇跡、そして伝説として語り継がれるようになる。


 やがて時代は移り変わり、正文学会はついに王国とも呼べる規模に成長していく。

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