風で倒れる御本尊[1]
新会長吉原大源は新教義を生み出す為、修行へ出ると申し出た。
より巨大化する正文。
そしていよいよ、現代へと話が移っていく。
吉原大源は会長就任早々、緊急全国幹部会を開いた。
そこで伝えたのは大源と名前を改めた理由。
それは会長=大いなる源で在り続けなければならないという事であった。
そして正文学会を時代に合わせた新しいものにしなければならないと伝え、今現在の教義を見直す為にひと月にも及ぶ山籠りを決行すると発表した。
新広報部長の伊勢がひっくり返ったような声を上げる。
「ひ、ひ、ひ、ひ、ひ、ひと月も先生がご不在になられるなんて!その間に何かあった場合は…」
「うむ。何も無い。断言する。無い。はい、他に意見ある方。」
財務管理担当の柳沢が静かに手をあげる。
「あ…あのですね…新教義を作ると、そういう事で、よろしいんでしょうか…?」
「うむ、よろしい。」
会議室が一気に騒めく。
新教義。それを作ってしまったら正文は正文でなくなる。控えめに、しかし誰もが口々にそう呟いた。谷田部や伊勢でさえも。
吉原はいつもとは打って変わって、子供を諭すような優しく、静かな口調で話し始める。
何かを悟った訳ではない。前日食べた生牡蠣が当たった為だ。
頗る体調が悪かったのだ。
「いいか。時代は変わった。人も変わった。だが、世界は未だに混沌としている。これは何故かな?そう。日現の教えとしての効力そのものが、失われているからに他ならない。末法の世界なんだよ。それは皆、薄々気付いているのではないか?ならば、この私が全身全霊をかけ、自問自答を昼夜繰り返し、そして己を追い詰めて新しい答えを見つけなければならん。もう効力を失ってしまった力に頼る訳にはいかんだろ。なので富士山の樹海へ行き、そこで私は森羅万象と向き合い、そして答えを見つける決意をした。」
会長自らが。幹部達は唖然としていた。会長の仰る事だ。反対する訳にはいかない。しかし皆、一様に吉原の並々ならぬ決意を感じ取っていた。
そして10月7日。ついに吉原が旅立つ日が来た。
富士山の麓まで一人で電車で向かうと吉原が伝えた為、見送りに秘書松下と執行部役員の井上が同行した。
吉原は頭に小帽子、そして法衣に身を包み杖を持ち、腰には法螺貝という完全なる山伏スタイルで東京駅改札に立っている。
松下は心配そうに声を掛けた。
「先生!荷物という荷物が見あたりませんが…」
「馬鹿者。遊びに行くんじゃない。木ノ実が少々、そして何かあった時はこの法螺貝を吹けば良いだけだ。」
井上も流石にそれだけでは…とあからさまに不安気な表情を浮かべている。
「いいか井上。霊性を高めれば食事など必要最低限で構わないんだよ。期待していてくれ。必ずや、私が正文の新しい道を切り開いてみせよう。」
「先生、お…お写真を!」
「うむ。よかろう。」
出発前のその一枚は大々的に祈信新聞一面を飾った。
新会長自らが修行に身を置く、というニュースは大いに信者達を奮い立たせた。
「それでは富士へ向かう。後のことは頼んだぞ。」
「はい!」
大きく、そしてゆっくりと歩く吉原の背を、松下と井上は祈りながらいつまでもいつまでも見つめていた。
それから電車に乗り込むと、荷物は全て手配済みであった吉原は法衣姿のまま沖縄旅行へと旅立った。
三線の音と酔いに毎晩明け暮れ、ホテルのプールで遊泳し、そして部屋でそれとなく新しい教義を考えた。
吉原は正文学会に自らを崇めさせるよう、シフトチェンジする案を練った。
宇宙の真理であるブラフマン。よし、私はこれの化身である。アートマンからブラフマンへ。解脱ってやつだ。そして瞑想中に釈迦と出逢う。
新しい念仏も用意するか。うーむ。
大源転生万象真理。これを朝晩の二回。普段の飲み薬のお供にどうぞ。パワーが凄いのでこれを唱えるだけで幸せになれる。皆に広めるべし。
幸せの容量は人それぞれで決まっているが、幸せを多く持つ者はそれを使い切らずして死ぬ。ならばその分を幸せの少ない者へ共有出来るようにする、なんてのはどうだ。人も森羅万象の一部に過ぎない。つまり、全てで一つなのであるから、これは可能である、と。
私はその源である、と。
よし。
あの仏壇、本尊も変えねばならん。日現なぞの編み出した古臭い言葉ではなく、私がそれっぽい字を書いたものを書き写すさせ、本尊は本柱とでも呼ばせるか。これも、よし。
あとランクアップする毎に儀式があるなんてのもいいな。今現在の幹部達は成り行きでなった奴ばかりだから有り難み、というものを知らん奴が多過ぎる。お、これは良いぞ。良いぞ良いぞ!
沖縄で吉原は日に焼け、酒に焼け、そして5kg太った。
新教義は小出し小出しにして流布させていき、結果的に成功した。
トップが目に見え、念仏を唱えるだけの分かりやすい信仰。
退転した者へ下るのは仏罰。
出発点である教育に立ち返るという事でやがて正文高校、正文大学を創立。
しかし、これに激怒した日現本家から破門を通告されるも、正文学会は祈信新聞を通し「仏の効力を失った日現は己の立場を危うく思い、一方的に正文に破門を突きつけた邪教集団だ」と断言。
本家と決別し、巨大な敵を意図的に作る事により正文信者達の信仰はより強固なものへと変貌を遂げていった。
勉強会はいつしか互いの近況報告や近所の噂話などをする場へと変わり、参加しないと何を言われるか分かったもんじゃないという理由で主婦層の信者が増え、孤独な年寄りや独身男性の元へ定期的に訪問する事で行き場のない層の信者も増えた。
地域によっては、かつて「あの家は正文だ」と言われていたものも「あの家は正文じゃない」と言われるようになっていた。
その礎を構想しているのは沖縄の豪華ホテルのプールで太鼓腹を出して浮かんでいる男、吉原大源である。




