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カーテン  作者: 大枝健志
始動・人間維新編
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小便仏壇

もはやこれまで、と思われた吉原、谷田部、伊勢の三悪党であったが、事態は思わぬ方向へ急展開する。

 絶望の淵に立たされた吉原は小菅の自宅へ向かう車中、嫌でも目に入る東京拘置所を食い入るように見つめている。


「先生、どうしました?UFOでも飛んでましたか?」


 1970年台後半のUFOブームに乗っかり、陽気な性格の秘書松下が吉原に声を掛けた。

 無言の吉原。会館を出てからどうやら様子がおかしい。吉原先生に何があったのだろうか。

 松下は問いただす事なく、運転を続けた。

 小菅の小さな自宅前に到着したが吉原が降りる様子はない。

 三度声を掛けようやく吉原が反応した。


「あ、家か。当分予定はないから、あの、ゆっくり、真崎先生のいう通り、うん、うん…では…。」

「先生!?あの!大丈夫ですか!?」


 吉原は松下の呼び掛けを完全に無視し、よろめいた足取りで家に入っていく。

 独身の吉原を迎える家族は誰もおらず、そのまま着替えもせず、自室に入り布団を被る。

 まだ九月だというのに、寒い。心の底から、寒い。

 そして吉原は逃げるように眠りに就いた。


 夕方、けたたましいノックの音で目が覚めた。

 とっさに「警察か!?」と思い息を殺す。しかし、外から聞き馴染みのある声で「先生、先生。」という呼び掛けがある。


 鍵を回し、そっと扉を開けるとそこには正文の悪友・谷田部と伊勢の姿があった。

 恐ろしい事にこの数年後、彼らは正文内にて「三聖人」と呼ばれる事になる。


「谷田部!伊勢!」


 三十分後、居間で酒を飲み交わし、現会長・真崎の悪口で大いに盛り上がる三人の姿がそこにあった。吉原が唾を飛ばしながら真崎をボロクソに叩く。


「あんの、クソ馬鹿親父!俺達が苦労して広宣熱風を巻き起こしのたのを、さも自分の手柄のようにしやがって!恩知らずは誰だって話だ!金を返せだぁ!?まずは床屋時代テメーにちょろまかされた俺の給料、払ってもらおうってんだ!」


 七三分けで脂ぎった顔の谷田部がそれに続く。


「そうですよ!全く!死んだ人間をいつまでも担ぎやがって!何が平和だ!テメーの頭が一番平和じゃねーかって話ですよ!広宣の現場は血が滲むような努力をしてるってのに!」


 出っ歯で薄らハゲの伊勢がさらに続ける。


「なーにが正文四本柱だ!ふざけやがって!キリスト教教会襲撃の時の怪我、これ、裁判しても良いですよね!?広宣、広宣言いだしたのはあのクソ親父じゃないですか!クソッ!」


 それを指示したのは実は私だ、と思いつつ吉原は太鼓腹を揺らし豪語する


「なぁにが正文だ!馬鹿野郎!こっちから辞めてやらぁ!こんな仏壇!ションベンでも掛けてやるか!」

「そうだそうだ!」

「よし!まず、私から!」


 やんややんやしていると電話が鳴った。思わず、三人共顔を見合せる。


 ドン、ドン、と畳を踏みならし吉原は電話へ出る。


「はい、吉原だが。なんだ、松下か。どうした?えっ!?えーっ!?」


 何やら驚いた様子の吉原を見て、谷田部と伊勢が顔を見合す。しかも、何やら嬉しそうでもある。


「そうか。分かった。では、連絡を待っておればいいな。そうだな。押し掛けてしまったら大変だ。無事を祈る為、今から題目をあげる。うむ。では、うん。」


 受話器を静かに下ろす。そしてもう一度取り上げ完全に切れた事を確認すると吉原がバンザーイ!と叫んだ。

 谷田部と伊勢が這いずり寄ってくる。


「せ、先生!?何があったんですか!?」


「ふふん、ふふん…。」


「ちょっと、先生ぇ。教えて下さいよぉ。」


 伊勢が吉原の足に絡み付く。大きな放屁を一発かますと伊勢は元の位置に逃げ出した。


「諸君!良いニュースと、悪うい、とっても、悪うい、ニュースがある。どっちが聞きたい?」


 谷田部と伊勢は顔を見合し、正座になり小声で悪いニュース…と呟く。

 吉原はその大きな鼻の穴をさらに広げ、大声で叫んだ。


「たった今から一時間前!なんと!なんと!」

「な…なんと!?」

「真崎会長がお倒れになった!」

「何ですってぇー!!」


 谷田部と伊勢は目を見開き、今度は良いニュースをせがんだ。


 それでは、と前置きして吉原はまたも鼻の穴をさらに広げ、またも大声で叫んだ。


「会長はー!脳梗塞でー!助からないかもしれませーん!わあー!」


 すると谷田部と伊勢が同時にバンザーイ!と両手を挙げた。三人は祝杯を上げた。秘蔵のウィスキーも空けた。高級和牛のステーキも焼いた。近所の焼き鳥屋に繰り出し、また家に戻って来て今度は秘蔵のワインを空けた。

 知らぬ間に三人は眠りこけ、気が付けば朝になっていた。


 吉原は鳴り響く電話の音で目が覚めた。頭がクソ痛い時に、どこのバカモンだ!不機嫌な様子で電話に出る。声が掠れている。


「はい…吉原ですが…」

「先生….ですか?声が…」


 電話の相手は松下であった。


「うむ。会長のご無事を祈り、昨夜から今まで題目をあげておった。声は、その為だ。」

「今まで!?さ、流石先生です!あの、会長ですが。」

「うむ!どうなった!?」

「はい!先生の題目のおかげです!助かりました!」

「な…!?あ、そ、それは良かった…そうか、あぁ…なら…あぁ…一安心だ…」

「あの…しかし残念なお知らせが…。」

「なんだっ!?」

「はい。一命は取り留めたのですが…意識が戻らないとの事で…」

「それはつまり、植物状態というやつか?」

「はい…とても自立出来る状態にはありません…」

「それは良かった、いや、違う。神経が疲れておってな。命があった事と、混同してしまった。」

「また医師からお話があると思います。そしたらまた連絡しますので、先生…どうかお休みになって下さい…先生が、残された希望です…」

「うむ。承知した。必ず、また連絡寄越すように。では、な。」


 電話を切ると居間に寝転がる二人を蹴飛ばす。吉原が豪快に笑う。


「おい!悪党ども!今夜は何処へ行こうか!はっはっはっはっ!」


 そして明くる日、今後の対応を巡って緊急幹部会が開かれることになる。

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