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カーテン  作者: 大枝健志
スピンオフ【第二秘書・浅見賢太郎】
16/66

スピンオフ3【第二秘書・浅見賢太郎】

カーテンスピンオフシリーズ。

3話に渡るスピンオフもこれにて終了です。


一泊二日で急遽小田原へ向かった秘書浅見賢太郎が見た指導者・吉原大源の偉大なる業とは。


大源のクズっぷりが最初から最後まで炸裂するスピンオフシリーズ第三弾。

 新宿会館での少年部講演会を終え、楽屋へ入ると吉原大源はすぐさま浅見を呼び出した。


 楽屋で長い時間昼寝をしていた吉原は夢を見た。彼は夢の中、見た事もない大きな水族館に居た。そこで美女の飼育員に手ほどきを受け、水槽の中で泳ぐ鯵を網で一挙に掬い上げたのだった。

 そんな夢を見たおかげで吉原はかつて小田原で食べた「鯵鍋(つみれ鍋)」を思い出し、猛烈な勢いで鯵鍋が食べたくなってしまったのだ。

 次の講演予定を広宣だの指導だの適当な理由をつけ小田原周辺にし、その時に鯵鍋でも、と考えていたが鯵鍋を考えているうちに吉原はどうしても食いたくて我慢出来なくなってしまっていた。


「おい!大至急、小田原の料亭「金杏亭」に連絡を取ってくれ!大至急だ!店が今日空いてるかどうか、確認してくれ!」

「き、金杏亭ですね、かしこりました!」


 浅見は全速力で走り、会館の電話で本部へ連絡を取った。相手は第一秘書の野村である。

 何か分からない事はすぐに聞くよう言われていた。


「すいません、浅見です。早速ですが、先生が小田原の金杏亭へ、今日空いてるかどうかの確認を、との事なんですが、あの、えっと…」

「浅見くん。メモいいかな?」

「は、はい!」

「0465…××××…。ここへ電話して予約が取れるかどうかすぐに聞くんだ。いいね?また何かあったら聞いてくれ。先生をあまり待たせてはならんよ。」

「は、はい!えと、ありが…」


 礼を言い終わらぬうちに電話は切れてしまった。しかし、第一秘書を務めるだけあって野村の対応は迅速であった。

 無我夢中でダイヤルし、金杏亭へ確認すると「本日は定休日です」と言われてしまった。

 血の気の引いた浅見であったが、念の為明日の予約状況を聞くと、いつでも大丈夫との事であった。


 再び全速力で楽屋に戻り、本日は定休日です、と吉原に報告した。

 吉原は悔しさのあまり、両手でテーブルを力任せに叩いた。食いたいのに食えない状況が吉原の身体を一気に熱くさせた。

 浅見は恐怖のあまり、全身を震わせた。


「せ、先生…。金杏亭さんは、そ、そんなに大事な用件だったのですね…」


 吉原は間違っても「単に鯵鍋が食いたかった」などとは言えないので適当な理由をつけることにした。


「うむ…実は講演中に釈迦より啓示があって、金杏亭にな、一家離散の危機が差し迫っておるとのことだ…。残念だが主人は日頃愛用している出刃庖丁で自害し、カミさんは頭がイカれて発狂死するそうだ。正文信者であれば私の意識と無意識に繋がれるので助けに行けたのだが、あそこの家はなんせ、無宗教でな…(正文会員なら主人が倒れてようが病院から引っ張り出して無理にでも店を開けさせて鯵鍋を作らせておるわ!この!クソ馬鹿秘書めが!)…ちなみに、次はいつ空いてるか聞いたか…?」

「はい。明日ならいつでも可能だと…。」

「うむ。(お、少しは使える小僧だな。)では…明日の一番で頼む。」

「かしこりました!」

「その為、今夜は小田原で宿を取ることにしよう。早速、伊坂旅館に電話してくれ。私の名を出せば通じる。」

「はい!かしこりました!」


 先生の受けた啓示を伝える為だ!

 浅見は再び全速力で会館内を走り抜ける。

 再び野村に電話し、伊坂旅館の番号を聞き出し、急いで電話を掛ける。


「あの、私、吉原大源先生の第二秘書の浅見と申します。」

「まぁ、あなたが。お話は伺っておりますわ。今夜ですか?」


 おっとりとした口調で年配だと分かる女性が電話に出た。恐らく女将だろう。しかし、何と話が早いのだ。


「そうです。今夜です。」

「では、藍の間を御用意させて頂きますわ。どうか、道中お気を付けて。」

「ありがとうございます!」


 再び全速力で楽屋へ戻ろうと振り返ると、事務所の入口に吉原が立っていた。


「おい、行くぞ。藍の間だろ?」

「せ、先生!何故…」

「何故と?私には分かるのだ。先程の金杏亭はおまえを試したに過ぎない。さぁ、出発だ。」


 浅見は、はい!と勢い良く返事をしてベンツを取りに走り出した。


 伊坂旅館は昔から一家ぐるみで正文信者であり、藍の間は基本的に吉原大源しか使えない特別室なのだ。

 空いていて当然である。


 小田原へ向かう車中、吉原は流れるビルの谷間を眺めながら退屈凌ぎに浅見へ声を掛けた。


「浅見くん、君の出身は、えーと。」

「ぐ、群馬です。群馬のk町という小さな町です。」

「あぁ、あの空っ風の凄いとこね。」

「は、はい…。冬はもう手が冷たくて冷たくて堪らなかったです…。」

「風には勝てぬからなぁ…。そうだ、おい。群馬なんだろ?」

「え?あ、はい…」

「じゃあさ、語尾に「群馬」ってつけて喋ってみたら、こりゃ傑作じゃないか。」

「え…?」

「だから、語尾に「群馬」ってつければ良いんだよ。」


 突然出た吉原の珍妙な提案に浅見は混乱していた。一体どういうことだろう。先生の仰る事だ。きっと、何か大きな意味があるに違いない。


「寒いならさ、今日は寒い。の後に群馬ねぇってつけりゃ良いんだよ。ほれ、やってみろ。」

「今日は寒い群馬ねぇ…です…か?」

「だっはっはっはっ!こりゃあ!傑作だ!だっはっはっはっ!」


 ベンツの車内から飛び出さんばかりの大声で吉原が笑う。

 一体どういう意味なのだろうか。浅見は考えるが全く見当がつかない。

 当然である。


 浅見は吉原大源のただの思いつきに付き合わされているだけなのだ。


「だっはっはっはっ!お腹すいた群馬ねぇでもいいんだぞ、だっはっはっはっ!」

「お、お腹すいた群馬ねぇ…」

「だーはっはっはっ!こりゃあ!おまえ!傑作だ!青年よ、君は今日から群馬だ…!群れぬ馬のように、気高くあれよ、なんつってな、だっはっはっはっ!」

「傑作、あの、え…はい…」

「おい群馬、おまえの出身はどこだ!?」

「はい、群馬です。」

「だっはっはっはっ!だーっはっはっはっ!はぁー!」


 吉原は声も出ない程に腹を抱え、笑っている。文字通り、抱腹絶倒である。吉原がずっと一人で笑っているものだから浅見は考える事をやめ、吉原の笑いが収まるのを待つ。


 ひー、ひー、と肩で息をしながらようやく吉原の様子が落ち着いた。


「せ…先生…。」

「なんだ、群馬。ぶっ!」


 吉原が思わず噴き出す。しかし、構わずに浅見は続ける。


「あの、今のは一体…どんな意味が…」


 すると先程とは打って変わった真剣な顔つきで吉原が答える。


「いいか、群馬よ。こんな風にして私が突然笑いだす事を、おまえは想像出来たか?」

「い、いいえ…!」

「では聞こう。宇宙とはなんだ?」

「う、宇宙ですか!?あの、その、えっと、星があって、地球、暗くて…」

「馬鹿者!見て分かる宇宙の話ではない。宇が空間であり、宙が時間であろう。万物一体だろう。一念三千。忘れたか?つまり、過去も未来も物質も万物は今、ここにあるのだ。私が笑い出すという事を群馬が予見出来なかったのは、何故だ?」

「は!私が至らぬ為です!」


 浅見は気付かされた。先生はその存在そのものが過去も未来をも超越していたのだと。全て見越した上で、自分を成長させるために一芝居打ってくれたのだと。維新完遂の時、人は時空を超えた存在になれる…流石先生…。


 吉原は窓の外を見ながら想う。理由なぞあるか。暇だから小馬鹿にして遊んだに過ぎぬわ。しかし、私のとっさの出まかせ言葉も衰えていないな。あと十年、これでやれるわ。しかし、それにも関わらず私が至らぬ為と…!

 こいつ、「群馬」と呼ばれ何ら疑問に思わず返事をしている。


 再び吉原が噴き出す。


「先生、あの…申し訳ありませんでした。」

「良いんだ。群馬くん、君はまだ若い。運転に集中したまえ。さっきからな、黄泉の国の連中がしつこく私を呼んでいる。少々向こうへ行ってくるから、小田原に着いたら起こしたまえ。おい、松任谷由実のテープ、流しといてくれよ。では。」

「はい!かしこりました!」


 吉原は急激に襲われた眠気に耐え切れず、そのままユーミンを子守唄に眠りについた。

 浅見はそれを瞑想と思い込み慎重にハンドルを捌く。


 そして辿り着いた伊坂旅館。恰幅が良く、愛想の良い女将が出迎えてくれた。年配だが女である事を忘れていないな、と浅見は思う。

 女将に案内され、歴史と威厳を感じさせるような廊下を歩く。隅に置かれた間接照明や花もわざとらしくなく、シックな雰囲気を演出していた。


 旅館に着くなり早々、修行する。と浅見に一言だけ告げ、吉原は藍の間に消えて行った。


 部屋付きの専用露天風呂に身を沈め、ディナーは和牛オードブルとフランス産ワイン飲み比べ。

 食後は新宿から呼んだニューハーフショーを鑑賞する予定だった為、吉原は大忙しなのであった。


 こんな敷居の高そうな旅館で修行とは…先生には休息というものが無いのだろうか…浅見は驚愕を覚えつつ、案内された狭い六畳の「銀杏の間」でスーツを脱いだ。


 浅見は人の多い大浴場を手刀を切りながら奥へと進み、大露天風呂に身体を沈み込ませ、深く息を吐く。

 今日は神経が張り詰めっぱなしだった…。まさかの泊まりにはなったが、俺が先生の力になれる日が果たして来るのだろうか…。第一秘書の野村さんのあの迅速さと俺…どう比べても勝てっこない。

 俺なんかルックスに頼みの折伏でのし上がった、ぽっと出の男に過ぎない。

 しかし、必ず、先生のお役に立ってみせよう。まだ始まったばかりだ。先生が自分を指名してくれたのも、きっと未来を見据えての事だ。賢太郎、不安を覚えるな。先生を信じ、そして爆進あるのみだ!


 浅見は素泊まりの扱いだったので夜食を買いに外へ出る。途中、廊下で和牛のオードブルを乗せたテーブルと擦れ違った。


 何て良い匂いなんだ…しかし、我慢、我慢。欲は考えればキリがない。先生だってきっと今頃、修行に耐えているんだ。頑張れ、賢太郎!


 運ばれていたそのテーブルは吉原の「おかわり」用のテーブルであった。


 明くる朝、浅見は予定よりもだいぶ早く女将に起こされた。


 その頃には教養も身につけ、すっかり一般人並みの言葉が書けるようになっていた浅見の日記にはこう書かれいる。


「朝5時半。女将に突然起こされる。何事かと思えば先生に関係のある事であった。朝が弱いので腹を立てそうになった自分をここで一喝。戒める。」


 女将と共に題目を唱えた後、厨房に呼ばれた。

 これを覚えろ、と角刈りの板前に言われた。


 目の前のまな板には生海老数匹、アボガド、レタス、ピーマン、ヨーグルト、バナナ、トマト、納豆、そして「くさや」が並んでいる。

 思わず口呼吸になる。

 浅見は背後に立つ女将の顔を振り返る。


「浅見さんね、これ。覚えてちょうだいね。先生の朝のお食事はね、いつもこれ。名付けて、大源スペシャル。生命力の塊を、先生は毎朝必ずお召しになるの。」


「これは…これで何を作れば良いんです…?」


 板前は「兄ちゃんよ、簡単だよ!」と言いながらまな板の横にミキサーをドン!と置いた。


「これよ、こいつで全部混ぜんだ。」

「こ…これをですか!?」

「おう。見てろ。」


 ギュウイーーーーン!とモーターが唸りを上げ、たちまち食材達がドロッとした灰色の液体に変わる。

 ミキサーの蓋を取り、やや粘り気のある中身をグラスへ移し変えると浅見は思わず口呼吸すら止めた。口呼吸をしてでも尚、工場排水のような、ドブ臭い匂いがした。少なくとも朝の5時半に嗅ぐ匂いでは無い。


「あの、こでを先生だ…?(あの、これを先生が…?)」

「兄ちゃんよぉ!息止めてねぇでしっかり嗅げや!これが先生のお命の源よ!ほれ!グイッと!いっとけ!」


 板前が胸にグラスを押し付ける。女将も微笑みながらそっと浅見の背中に手を添えるので嫌でもグラスとの距離が縮まる。

 女将が力強い声で浅見を落としにかかる。


「あなた、先生の秘書なんでしょう?先生の朝のお食事の味が分からないなんて、いざ作る時にどうするの!さぁ、グイッと!この味、覚えてちょーだい!」


 浅見は鼻を摘みながら無理矢理その液体を飲み干した。何故だろうか、身体にエネルギーが満ちていくどころか悪寒すら覚える感覚になる。全てを飲み干してグラスを置いた瞬間、身体が震え冷や汗が噴き出た。急いで唾を吐き、流しで口をゆすぐ。ザリガニのような、亀のような、生臭い匂いに口腔内が充たされている。


 その時のことを浅見はこう日記に綴っている。


「早朝、先生のお命を作り出す源を頂く。しかし、私の様な若輩者にはまだ耐え切れるものでは無かった。いつしか少しは飲める様になるのだろうか。今は材料を覚えるだけで精一杯である。」


 吉原は朝の6時半、目覚めの一発と称してジョッキに入った大源スペシャルを藍の間の露天風呂で素っ裸のまま仁王立ちし、一気に飲み干す。飲み干すと同時に、ラッパのような大きな音の屁が出て鳥達が一斉に羽ばたいた。


 吉原が朝一番で、というので午前10時に金杏亭に到着した。

 群馬くんは車で待機していなさい、と吉原に命じられ、浅見は緊張の面持ちでひたすら待った。

 先生が今、一家離散の危機を救いに行かれた。心なしか、この料亭には禍々しい不幸のオーラが吹き溜まっているように見える…。どんな方法で、そしてどんな言葉でこの一家をお救いになられるのか…


 扉を開けると吉原はやたら愛想笑いを浮かべ「あの、吉原です。電話で。はい、どうも。一人です。良い個室はあるかな…?ここの鯵鍋にね、私はどうにも目がなくて…鯵だけに、味が良いなんて…ははは」と社交辞令を交えつつ、今にも垂れてきそうな涎を精一杯堪えていた。


 吉原は庭園を見渡せる個室に案内されたが庭には一瞥もくれず、運ばれて来た鯵鍋を見て涎を垂らした。

 繊細、という色をした香り高い出汁に浮かぶ、生のままでもいけそうな新鮮なつみれ。そして息吹きを未だ感じさせてくれそうな野菜達。


 吉原は一心不乱にがっついた。


 それから約一時間後、太鼓腹を叩きながら悠然とした足取りで吉原が戻って来た。

 それを出迎えた浅見は驚愕を隠せずにいた。


 たった今、一家離散の危機を救いに行った先生が帰ってこられた!しかも!あの御様子…!悠然と歩いておられる…


 否。ただ単に食い過ぎただけである。


「先生!この御一家は…」

「はっはっはっ!げっぷ!群馬くん!心配には及ばない。なぁに、私なりにだが、げっぷ!悪鬼退散の儀を執り行ってな、げっぷ!主人に宿っていた邪気を祓って来た。うむ。実に美味かった。」

「美味かった!?ですか!?」

「あ!?え!?いや、行き場をなくした邪気を食ったまでだ。さぁ、行くぞ。礼を言われてしまったよ。しかしな、つくづく私も人が良い…。」

「邪気を…先生…私は頭が上がりません…」

「お人好しの大源がまた出てしまったな。はっはっはっ!よし、本部へ帰るぞ。」

「はい!」


 ふぅ…やばいやばい…思わず美味かったと漏らしてしまった。こいつが馬鹿で助かったわ。しかし、礼を言われるのは当然だ。なんせ四人前を一人で食ったのだからな。はっはっはっ!


 浅見の日記にはこう書かれている。


「小田原のある料亭の一家離散の危機を先生がお救いになった。先生はなんと、主人についていた邪気を食べてしまったとのことだ。そして私はお人好しだと、豪快に笑っておられた。心なしか、先生が戻られてから料亭に漂っていた禍々しいオーラが消え去り、料亭は由緒正しき長年の歴史を持つ、光り輝くオーラを纏っているように思えた。」


 実際に、金杏亭は由緒正しき長年の歴史を持つ料亭なのであった。

 ただそれに気付いただけに過ぎない。

 浅見の思考の底には吉原大源というフィルターが無意識に掛かってしまっていた。


 本部へ帰ると幹部八名が集められた。吉原は少年部に元気が無さすぎる。未来ある少年部への活動へもっと力を入れよ、と彼等を一喝した。

 理由は単純である。

 佐伯兄弟が最初あまりにも吉原に対し興味なさげな対応をしていた為、車中でそれを思い出し、はらわたが煮えくり返っていたのであった。


 自分なりにも何か策を練らなければ、と吉原はテレビゲームで少年達を教育する方法を思いついた。


 これは名案だ!なんと手っ取り早い!餓鬼めらなぞテレビゲームでもやらせておけばあっさりと心の底から正文、いや、この大源に支配されるに違いない!親が正文信者ならゲームを喜んで見守るであろう。


 午後、吉原は早速浅見にテレビゲーム一式を買いに行かせた。

 まず自分で人気ゲームをプレイし、そこから盗めるものは何でも盗むつもりであった。


 買ってこさせたのは当時子供達が熱中していたスーパーファミコンではなく、よりシンプルで分かりやすいファミコンとそのソフト、スーパーマリオである。


 説明書を一通り読み、会長室のモニターにファミコンをセッティングする。

 ソフトを入れ、スイッチを上げると画面にスタート画面が映し出された。


 十字キーを右に押せばマリオが右へ、左に押せばマリオが左へ。

 ボタンを押してジャンプ。


 なるほど。一瞬、ははは、と吉原も童心に帰る。


 外で待機している浅見は吉原大源のゲームで少年部を育てる、という発想に脱帽しきっていた。


 先生は時代に合わせてモノを考えておられる。私にはその発想は思い浮かばなかった…。世代が違えば正しき仏法を伝える手段も異なるということか…。先生の着眼点を見習わなければ私もいつか未来に取り残されてしまう…。


 会長室にカチャカチャカチャというコントローラを動かす音のみが静かに響き渡る。

 茶色いキノコの化物にぶつかる。死ぬ。

 緑亀の化物にぶつかる。死ぬ。

 穴に落ちる。死ぬ。

 また茶色いキノコの化物にぶつかる。


 吉原は1-1ステージがクリア出来ずに苛立っていた。


「なんぞ!このヒゲ親父め!なぜ貴様はそんなに虚弱体質なんだ!きっと!セックスが!足らんのだ!せっかく金貨を取っておるのだ!なぜ金で化物を買収せんのだ!!」


 なおもプレイを続けるが一向にクリア出来ない。ついに怒りに身を任せ、コントローラをモニターへぶん投げる始末である。

 やがて、吉原の怒りのボルテージが限界に達した。


「こっちは金を払って!このゲームを買ったんだぞ!なぁぜに!この私が!怒り狂わんといかんのだぁ!このボケ!このクソボケえ!このクソボケがああああああ!!」


 吉原は絶叫すると凄まじい勢いでモニターを抱え上げ、窓ガラスへ向かい力一杯放り投げた。

 ガシャーンという音の数秒後、階下からドーン!という衝撃音が響いてきた。


 浅見が会長室のドアを叩きまくり、幹部数名が会長室の前へ走って来る。

 吉原は肩で息をしている。外で本部職員達が叫んでいる。


「大変だ!あの部屋からテレビが落ちてきたぞ!誰かいるのか!?あれ、会長室!?」


 幸い、通りにひと気は無く怪我人は出なかった。


 浅見と幹部達がドアを叩きまくり、声を掛ける。

「先生!先生ー!ご無事ですか!?先生!」


 ガチャリ、と鍵を回す音がして、ゆっくりと扉が開かれる。吉原大源は両手を開いて堂々とそこに立っていた。


「せ、先生!ご無事で!?」

「皆の者。静まれ。今しがた、私はゲームをしておった。なぁに、ゲームはものの30分でクリアーした。だが!ゲームには制作者達の念が込められており、画面から悪鬼が飛び出してきおったではないか。泣く泣く、仕方なしに私の念を使い悪鬼を倒したが、少々力の加減を間違えてしまったようだ…。騒がせて済まなかった…。」

「先生がご無事なら何よりです!」

「お怪我はありませんか!?階下は無事でした!」

「先生!流石先生です!階下にも波動が伝わってきました!」

「おい!山口!あの壊れたテレビは至急、記念館に回せ!」


 幹部達が各々好き勝手な事を喚き散らす中、静かに吉原が口を開く。


「群馬よ。」

「は、はい!」

「いざゲームを作る時は、少し優しいものにしよう。」

「はい!その通りです!」

「少年達が皆、念力を使える訳ではないからな。はっはっはっ!」

「はいっ!」


 その日の浅見の日記の最後には、こう書かれている。


「仏法を越え、人間という存在を越え、時空さえも越える先生はやはり偉大である。誰もが先生のように念力を使える訳ではないが、維新が進めば皆、先生のような力が持てるのだと改めて信じる事が出来た。前進あるのみ!進め!正文!爆進し、そして世界へ羽ばたけ!広宣共有!賢太郎、ここからが勝負だ!


 正文に、光あれ!」


 完(スピンオフ・浅見賢太郎)

お楽しみ頂けたら幸いです。本編よりだいぶコメディ色が強いですが、基本的にはカルトコメディだと思って読んで頂けたらと思います。


メッセージとかレビューとか頂けたら実は励みになるので、躊躇せず頂けたら嬉しいです。

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