スピンオフ【浅見賢太郎・2】
校内での宗教勧誘が原因で停学処分となった浅野賢太郎。しかし、彼の広宣共有への情熱は止まらない。そして停学明け、同じ学校のヤンキー・高山から呼び出しを受ける。校内での活動を続け、社会人となった浅見はついに吉原大源の第二秘書に着任する。
浅見の2週間の停学が明けた。
強引な勧誘が原因で停学処分になったという噂はたちまち広まり、学校に行くと皆がよそよそしく、浅見に声を掛ける者は誰一人いなかった。
しかし昼休み、別のクラスの男子女子数名に呼び出された。
話があるので放課後になったら体育館裏に来て欲しいとの事であった。
放課後、浅見を待ち受けていた連中は全くと言っていいほどに目立たない、スクールカーストの底辺連中だった。
「用件て、何?」
身長の高い浅見がその数名を見下ろしながら問いかける。
浅見はもし喧嘩になったら「仏罰パンチ」と密かに名付け、特訓を重ねた必殺の右パンチを食らわせるつもりだった。
背が低い松ぼっくりのような髪型、肌が浅黒い男子が恐る恐る、という様子で口を開いた。
「じ、実は…僕らも正文会員なんだ…!地区が違うから…ふ、普段は…か、会館では会わないけど。」
するとブス、としか例えようのない細目で眉毛が太く歯茎が剥き出しの女子も声高に続けた。
「これは闘いよ!浅見くんは停学を受けるまで闘った!広宣共有の鑑だわ!もう、一人ぼっちじゃない!ただ見ていただけの私達は反省したの!私達はもう逃げない!」
すると色の白い眼鏡しか印象に残らない眼鏡の男子も甲高い声で続ける。
「僕は自分が恥ずかしいよ!君にばかり負担を掛けてしまった!謝りたい!本当に申し訳ない!共に広宣に励もう!学校がなんだ!周りの目がなんだ!やってやる!」
すると背後霊のような雰囲気の男が小さくガッツポーズしながら頷いた。
浅見は感動していた。うっすらと涙すら浮かべていた。もう一人じゃない。しかもこの学校に仲間が居た。正直しんどかった。俺は、もう一人じゃないんだ。
漢字も少し上達し始めた浅見の日記にはこう書かれている。
「先生のみちびきにより、仲間ができた。声をあげてくれた。これは広宣共有をもっとがんばれということだ。俺は負けない。学校は幸かったけど、絶体に負けない。教えをもっともっと広めてみせる」
校内で堂々と勧誘活動をして停学を繰り返せばいつか退学になってしまうかもしれない。参謀役の色白眼鏡は吉原大源の著書を悩みが多そうな生徒に密かに勧めるという作戦を思いついた。
水面下で活動を始めた彼らであったが、彼らの行動はすぐに噂になった。学年連中から「カルト」というストレート過ぎるあだ名を付けられた。
それでも一人、二人と活動に参加する者が現れた。
高校二年の年末、群馬県内で最も大きな暴走族の特攻隊長をしている浅見とは別クラスの高山浩司という男子からの呼び出しを浅見は受けた。
今回こそはついに仏罰パンチの出番だ。新技の大源キックを繰り出す必要もあるかもしれない。
浅見は覚悟を決めた。
緊張を覚えつつ、浅見は指定された駅前の古びた喫茶店の扉を開ける。
一番奥のテーブル。その上に足を乗せ、短ラン姿の高山は堂々と煙草を燻らしていた。
パンチパーマと青々とした剃り込み痕。そして威圧的な一重の目。頬にはナイフでやられた、という傷がある。
どう見ても高校生には見えない。
「おう、浅見。座れや。…吸うか?」
「いや、いらない。」
浅見が静かに座る。高山は浅見をじっと見つめたまま動かない。
互いに微動だにせず、見つめ合い続ける。煙草の灰が高山の胸元に落ちるも一切払う様子はない。
その日の浅見の日記にはこう書かれていた
「こわかった。かなり、びびったけど、センセーの力に守られているかぎり、俺はサイキョーだ。だから一歩も引かなかった。」
高山はプッと煙草を吐き捨てるとテーブルから下ろした左足で踏み潰した。
「おい。」
「何?」
一気に緊張が走る。浅見は必殺の仏罰パンチを繰り出す為、バレないように右手を堅く閉じた。
すると高山は珈琲を一口啜り、静かに微笑んだ。浅見の胸に安堵が訪れた。血流というものを感じた。
「浅見よぉ、学校でオメーら噂んなってんだろ?なぁ?」
「それは知ってる。知っててやってる。悪いことはしてないよ。」
「……。今わかったけどよ、テメー、気合い入ってんな。本物だ。」
「うん。センセーの教えは、本物なんだ。」
「よっしゃ。ひとつ相談があんだ。いっちょ、頼むわ。」
高山の相談というのは元旦に行われる暴走パレードの事だった。
一期上の引退パレードも兼ねての暴走行為であり、先輩達が事故を起こす事なく、そして捕まる事もなく無事(?)暴走行為を遂げられるように祈りたいとの事であった。
「高山くんも一緒に題目を上げてくれるって事?」
「ダイモクだかボクトウだかしんねーねど、そうだ。そんなに祈りに気合い入ってんなら間違いねーんだろ。神社に行ってお参りするよりよ、パワーありそうだしよ。」
「神社とは違うし一緒にして欲しくないけど…。」
「あ!?んだテメーコラ!」
「まぁまぁ、怒らないでよ。俺の言い方が悪かったよ。まず一緒に会館へ行こう。入信するって事でいいかな?」
「おう。がっつり念仏唱えっからよ。」
まさかの入信希望。理由が理由だったがこれはチャンス到来だと浅見は見込んだ。
彼らも先生の教えに触れればきっと更生するに違いない。
暴走族全員が更生し、入信すればその数は千人は下らない。そして何より街に平和が訪れる。
浅見の全身に力が漲った。ヤル気が心の奥底からどんどんと溢れ出てきた。
元旦パレードまで残りひと月。やる事は多くある。
その週の土曜日、浅見は早速地区の正文会館へ高山を連れて行った。
地区リーダーの友部は高山を見るなりギョッと驚き、身構えたがすぐに姿勢を正した。
「どうも。地区リーダーの友部と申します。よろしく。」
「ここらの頭張ってんすか?ちわっす。高山っす。よろしくっす。」
「まず、正文が何をしているか、その活動を」
「講釈はいらねーんで、念仏やりやしょう。」
「入信…希望だよね?」
「あぁ!?」
「あ、いや、大丈夫、大丈夫。念仏…あ、題目の事か、じゃあ、あの、あれ、浅見くん。きょ、経本とじゅ、数珠は」
友部の額は汗を浮かばせていた。しかも経本と数珠はその手にしっかりと握られていた。
「友部リーダー。あの、お手持ちでは…」
「あぁ、そうだな。おっちょこちょいだな、僕は。こ、これを高山くん、君に。」
「あざっす。先輩。」
「先輩…。先輩か…。そうだな、ははは、ありがとう。さ、早速始めようか。」
この日は吉原大源のテレビ中継での説法を受けるため、信者が300人程集まる予定であった。
入信の手続きなどもあり、浅見と高山はかなり早い時間に訪れていた。
三人だけの唱題が始まる。
仏壇に向かい、手を合わせる。
経本を見ながら高山は声を張り上げ、唱題する。
高山の目は真剣そのものだ。浅見は感動を堪えきれずにいた。なんて心強い同志が出来たんだろう。これもきっと先生の導きによるものに違いない。流石は大源先生だ。
唱題が終わると友部は高山の気合いに驚かされたようであった。
「た、高山くん…君の唱題は凄いエネルギッシュだね…」
「あざっす。自分の先輩達の引退パレードが近いんで。」
「引退パレード…?」
浅見が笑顔で答える。
「友部さん。高山くんは群馬針矢阿の特攻隊長なんですよ。」
「暴走族!?それはそれは…」
友部の目が潤んでいる。それは感動よりも恐怖を覚えているからに他ならない。
「自分、もっと気合い入れて拝んで、引退パレードの無事を祈願するっす。」
「高山くん!君の唱題は最高だ。心がスカッとするよ。俺は爽やかな気分になったよ。」
「浅見が言うなら間違いねーな。あざっす。」
その後の衛生中継での吉原大源の説法も、高山は真剣な眼差しで聞き入っていた。
画面の中の吉原大源がにこやかに喋っている。
「つまり、自分の知らない人だからと言ってその人が自分の人生には関係ないとは限らないのです。縁というものがあります。良縁、悪縁。聞いた事があるでしょう?しかし、意味のない縁など、この世界には存在しない。全て、意味があるんです。試練もそう。無駄な試練など一切ない。」
その帰り道、高山は俯いたまま浅見にポツリと呟いた。
「あの先生の言うことよ、本当だな。」
「どういうこと?」
「無駄な試練なんてねーって。」
「そうだよ。無駄な試練なんて、一つもない。」
「今年の頭の元旦パレードでよ、世話んなった先輩が事故っちまったんだ。死んじまった。俺の目の前でよ。」
高山は先導担当の特攻隊の役目として交差点のど真ん中でバイクを停止させ、車の往来を止めた。
完全に左右を確認し、突っ込んで来る車など無いはずだった。
引退を控えた副総長がフルアクセルで高山の目の前を過ぎる。
一瞬目が合い、副総長がニッと笑った次の瞬間。
副総長は宙に舞った。
二車線道路の空いている片側から猛スピードで車が突っ込んで来ていたのだ。
高山は己の不注意を恨んだ。当然仲間から制裁を受けた。一生忘れなくさせてやる、という理由で頬をナイフで切られた。頬の傷はその為であった。
それでも高山は暴走族を辞めず、特攻隊長として現役であり続けた。
もう二度と同じ過ちを繰り返さぬ為にも、心から祈った。
「高山くん、そんな事があったんだ。」
「おう。これも、試練なんだろな。」
「試練を、その先輩が高山くんに与えてくれたんだ。乗り越えたら必ず道は開ける。大丈夫。俺がついてるから。」
「浅見、ありがとう。俺、頑張っからよ。」
「うん。共に頑張ろう!」
週明から学校では通称「カルト」の面々にバリバリのヤンキーが加わっていた。
誰がどう見ても、異様であった。
高山の机には「大源最強 題目最強」と彫られていた。
冴えない連中の集まりに高山が参加した事でカルトは注目を浴び、高山に憧れる後輩ヤンキーなども活動に参加するようになった。
浅見から遠ざかっていった者達も少しずつ興味を示すようになり、話だけでも聞いてみるか?という連中すら現れ始めた。
学校は冬休みに入り、いよいよ迎えた大晦日。高山は暴走行為中、ずっと題目を唱えながら走り続けた。
交差点でバイクを停めた瞬間も、元旦初日の出の神々しい朝日を浴びたその瞬間も、唱えていた。絶叫は声を枯らし、ついにパレードの最後には声が掠れた吐息のようになっていた。
そして無事に、事故や逮捕者ひとつ出さずに群馬針矢阿は元旦パレードを終えた。
その後、彼らは更生しなかったものの、新体制となった群馬針矢阿では国道にて集団で題目を絶叫しながら走るという暴走行為が定番となった。
やがて浅見達は高校三年生になり、大学受験シーズンを迎えたが偏差値が低い高校だった為に、就職活動をする者の方が多く就職の為に正文信者になる者も現れた。
浅見は夏に地元の製鉄所での就職が決まっていたが、いつかは正文職員になりたいと周りに話していた。
夏休み中、浅見は新宿会館で行われた吉原大源の講演会へ向かった。
質疑応答のコーナーが設けられ、震える声で吉原大源へ質問した。
「わ、私は将来、正文職員になな、なりたいのですが。せ、先生、ど、どうしたらいいのでしょうか?」
あの憧れの指導者、そして人間維新の提唱者であり維新を完遂した唯一の人間、吉原大源が自分の質問に答えてくれる。
吉原はあっさりと答えた。
「はい。そういう質問は広報部へ。はい、次。」
浅見は打ちのめされた。せっかくの質問コーナーだったのに、なんてつまらない事を聞いてしまったんだ!俺の大馬鹿者!ああ!
しかし、浅見は一瞬にして救われた。
「なんつって。皆さん、これはね、一流の大源ジョークです。質問された方はビックリ驚き桃の木ピーチだったでしょう。安心して下さい。ちゃんと、答えます。まず、たくさんの勉強をする事。君は、幾つかな?」
「はい!じゅ、じゅう、はちです!」
「うん。18歳。私にもそんな頃があった。私も人の子。何も生まれてからね、ずっとこの姿な訳じゃないんです。」
会場がドッと笑いに包まれる。浅見も笑う。知らぬ間に幾分緊張が解れている事に気が付いた。
「まだ若いから大丈夫。一生懸命勉強に励んで、そして、ひとつ。話し方講座なんかを受けてごらんなさい。堂々と。男は堂々としなきゃいかん。ピシッとね、そしたら大丈夫です。」
浅見は感涙し、その場で頭を下げ続けた。
吉原のアドバイス通り、話し方講座に通った浅野はスピーチをするという事を覚えた。
その類い稀なルックスのおかげで、浅野は発する言葉に自然と説得力を持たせた。
高校を卒業し、少年部から青年部へと活動の場を広げると、浅野は正文内でメキメキと頭角を現した。
全国と比べても信者獲得の数が群を抜いており、あっさりと地区リーダーに選ばれ、そして地区部長、関東青年ブロックリーダーへと急躍進した。古参幹部の中には、あの若造にいつか自分も追い抜かれてしまうのではないか、と肝を冷やす者まで現れた。
中々使える若手がいる、という噂を吉原大源が聞きつけ、ついに吉原から直々に第二秘書に指名された。
第二秘書の役割は完全に付き人のようなものであった。
車での送迎、待機、各会場で幹部と打ち合わせをした後、講演会の準備などをするのが役割だった。
初めて吉原大源と密室で対面し、新宿での少年部講演を終えた。
そして浅見は着任早々、丸一日に及び吉原大源と行動を共にする事になる。