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その歴史

魔法。

今では魔道技術ともと呼ばれるものが世間に認知されるようになったのは、今からおよそ二〇〇年ほど前の話だ。


当時、この国はまだ日本国を名乗っていたが、高齢化と少子化が止まらず、国家として破綻の危機を迎えていたという。

その問題自体は数十年以上前から認識されていたのに、有効な対策を取らずに棚上げ、先送りを続けた結果、どうにもならない所まで事態が進行してしまったらしい。


この時、当時の厚生労働省に勤務していた高級官僚の一人が、ある生物学者とともに狂気ともいえる計画を実行に移した。

問題の本質が少子化ではなく、高齢化にあると見做したこの官僚は、「国民の寿命を制限する」事でこの国から高齢者を一掃、その結果として、国家財政の健全化と少子問題が解決できると結論付けた。

無論、このような暴論が一般的に認められるはずもなく、全ては秘密裏に進められたという。


ある種のレトロウィルスに、当時テロメア因子やヘイフリック限界として知られていたヒトの細胞分裂回数制限などの生体カウンタ機能を誤認させる因子を組み込み、これに感染した人間の寿命を六五歳前後に制限する。

一定の年齢に達した感染者は、ある日ウィルスにより脳細胞内のレセプターが不活性化され、植物状態化すると同時に、内臓細胞が分裂を停止することで、あっという間に多臓器不全を起こして死んでしまう。


西暦二〇六五年、この官僚が都心のビルから飛び降り自殺し、一人の生物学者が電車に撥ねられて死んだ日、全国の政令指定都市で一斉にウィルスがばらまかれた。

全国で高齢者が次々と死んでゆき、国内は地獄の様相を呈することになる。

原因が人工的に作り出されたウィルスにあり、ある種のテロであると判明した時には既に感染封じ込めは手遅れになっており、最初の半年で都市部に居住する一千万人以上の高齢者が死亡した。その後の僅か二年程で、日本は当時の総人口の四割に当たる四千万人の高齢者を失うことになった。


これは、まごう事なき大災害であり、世界的に見ても前人未到のテロ行為であったが・・・この巨大な悲劇は、皮肉なことに、国家としての日本を若返らせる事に成功した。


混乱の中で、当時、各種の利権を保持していた政治家たちも等しく死に絶えていたこともあり、日本は臨時政府を立ち上げ、国家非常事態を宣言する。

一部の技術や継承されなかった伝統文化の逸失などは発生したが、国家財政にとって巨大な負担となっていた医療費、年金等の問題が事実上解決されると同時に、当時の高齢者が保持していた巨大な資産の何割かが継承者なしという事で国家に収められた。


また、これが官僚の暴走によるテロ行為が原因で発生した事態であることは国家ぐるみで徹底的に隠蔽され、関連資料の機密指定は百年間にわたって解除されることはなかった。(なお、現在でも多くの資料が非公開となっている為、実際にどのような事が起きていたのか知ることはひどく難しい)

当時、東アジアに存在した敵性国家に対して、「人道的支援」などの名目での侵略行為を防ぐため、日本は国防費の大幅な増額をはじめ、徐々に武断的な性格を強めてゆくことになる。


そして強力な感染力を持つ高齢化阻害ウィルス(当時、ただウィルス、とだけ呼ばれた)は国内にとどまらず、海外にもその感染範囲を広げてゆき、世界中を大混乱に巻き込んでゆく。その中で、日本臨時政府は第二次世界大戦後初めての対外戦争を経験する。

二〇六八年、「人類に厄災をもたらした日本国に対する懲罰」という名目で中国共産党が沖縄、九州に上陸作戦を展開する。実際には、当時中国国内で猖獗を極めたウィルス被害の脇で、一足先に劇的な国家の若返りをなし、軍事力増強に舵を切った日本に対する恐怖が呼んだ予防攻撃で、アメリカ軍が本土のウィルスによる混乱の中で、一時的に日本駐留兵力を本土に引き上げていた隙を狙った侵攻作戦だった。


半年間にわたる防衛戦ののち、人民解放軍を撤退させることに成功した日本は、当時の西側主要国と共に機能不全に陥っていた国連を脱退、新たな国際機関である|地球連邦《フェデレーション・アース、F.E》の設立を宣言すると同時に憲法を改正、体制安定化のために天皇を頂点とした立憲君主制の「日本帝国」として地球連邦に参加することになる。

その後も世界各地で散発的な戦争などが続き、曲がりなりにも世界が落ち着くのはそれから二〇年後の二〇八〇年代後半になる。90億人に近かった人類の総数はその三分の一を失い、60億人ほどまで減少した。

世界中で高齢者が一斉に死亡し、世界中で戦争が発生し、その後もごく一部の例外を除いて人が六五歳以上生きられなくなったこの一連の事件を指して、人類は「大災害(メガ・ディザスター)」と呼ぶことになる。


ちょうどその頃、ある宇宙物理学者が奇妙な現象を発見する。

二〇六二年に天王星、海王星探査の為に打ち上げられたニュー・パイオニア探査機は既にその探査を終え、太陽系外縁部のエッジワース・カイパーベルト天体の探査に向けて航行していたが、その軌道が計算よりも太陽系外縁側にずれていることが発見された。何らかの理由により、探査機が加速しているらしいことが判明したのだった。

過去のパイオニアやボイジャー探査機でも似たような現象は報告されており、パイオニア・アノマリーとして一時的に話題になったことがあったが、これはのちに、探査機に搭載された原子力電池の放射熱による軌道のずれが原因であることが明らかになっている。(この時は加速ではなく減速方向のずれだった)

今回の発見は、これまでの現象とは違い、軌道のずれは最近発生し、だんだん強くなっていることが判明していた。ニュー・パイオニア・アノマリーと名付けられたこの現象は、詳細な観測と過去のテレメトリデータを総ざらいした結果、軌道のずれは二〇六五年頃から始まり、探査機が受けている外力は年々強くなっていることが分かった。

さらに奇妙なのは、どうやら探査機に働いている加速力は、その方向から逆算して、太陽系中心である太陽ではなく、地球からのものであるらしいことも判ってきた。

二〇八〇年代のこの頃、天文学の中核を担っていたのは十代後半から二〇代前半に「ウィルス」に感染した三〇代四〇代の研究者だった。

研究が進むにつれ、ニュー・パイオニア・アノマリーは観測者が増えると増加し、少なくなると減少するという奇妙な同期性が見いだされることになる。


これをきっかけにして、人が物理的手段によらず、何らかの物理的な作用をもたらす現象が世界中で発見されてゆくことになる。いわゆる超能力として初めに世の中に広まったこの現象は、世界中で一大ブームを巻き起こした。

そして各国の研究者が一〇年ほど掛けて出した結論は次のようなものだった。


・二〇世紀中から、この宇宙にはダークエネルギーと呼ばれる正体不明のエネルギーが薄く広く浸透しており、これが宇宙全体を加速膨張させている斥力として働いているらしいことは判明していたが、二〇六五年以降、太陽系において地球を中心に、ダークエネルギー濃度が高まっているらしい。

・基本的にダークエネルギーは物質と相互干渉することはなく、目に見えないし触ることもできないものだが、重力を介してのみ、相互作用を行うものである。

・「ウィルス」に感染している人類のうちの数%において、自らの意思により、そのエネルギーを自身に収束させる事で、手足や道具を使わずに何らかの物理現象を起こすことが可能であるらしいこと。この時の収束度合いは、自然界のダークエネルギー密度の数十億倍から数千億倍にもなるらしいこと。

・人がその意思によりダークエネルギーを使って起こす物理現象は様々であり、物を動かしたり、物質の温度を上昇、下降させたり、物質の物理特性を変化させたりする事ができる。

・恐らく、メガ・ディザスターによるウィルス感染がきっかけとなって、何らかの変化が人類に起こった、とみるべきであろうこと。


本来、重力を介してのみ相互作用するはずのダークエネルギーが収束することで、なぜ物性変化や温度変化などを起こすことができるのかは全くの謎だった。

また、ダークエネルギーは人の精神や意識と呼ばれるものと何らかの関係があるらしい事も判っていたが、それがどの様なものかはさっぱりわからなかった。

一部の能力者は、その力で死者との交信に成功したとされ、客観的な実験により被験者が知りえない情報に何らかの方法でアクセスし、それに成功しているらしいことも判明していたが、人間に死後の世界が本当にあるのかどうかなど、証明不可能な命題が多く、はっきりしたことはわからなかった。

ただ、この頃から、幽霊やゴーストなどと呼ばれる存在が、世界中で目撃されるようになっていったことも事実だった。


いつの間にか、この力のことは世界中で魔法と呼ばれるようになり、その効率的な使い方の研究が世界各国で進んでゆくことになる。

大災害の後の世界は情勢的に不安定であったため、各国ともに軍や警察機構が中心となって「魔法使い」を研究、養成してゆく。そして二〇九〇年代後半には、各国とも、その戦力にある程度の魔法使いを組み込み始めるようになる。


魔法は、その対象に対して物理的手段によらない作用を直接及ぼすものであり、本人が扱うことのできる魔法力に比例して、その効果が決まる。

この為、戦闘に使用される場合、相手の兵士の体内の温度を急激に上げるなどの魔法を使うことにより、通常の手段では対抗不可能な攻撃を行うことができるばかりか、強力な魔道士の中には、敵方の基地や根拠地を丸ごと吹き飛ばしてしまう大規模魔法を実行できるものすら存在する。

ほかにも、その為の知識が必要ではあるものの、物性を変化させる事が出来ることから、通常では作成不可能な特性を持つ物質を作り出すことができる。例えば、通常の耐熱金属の融点は高いものでも三千度位のものだが、魔法によって物理特性を変化させたものには、二万度を超える耐熱特性を持つものが存在する。(これにより、人類は核融合発電を実用化したといって良い)


研究の中で、人が扱うことのできるダークエネルギーは、その人が持つ精神力と深い相関性があり、自らが扱うことができる以上のエネルギー収束を行うと、ダークエネルギーに「飲まれ」てしまい、精神と肉体の双方が変質し、人類とは異なる存在に変化してしまう危険性があることも分かってきた。

存在変化したものは、社会性を失い、生き物としての本能に忠実に行動するようになり、また変質した肉体はもとの人間に比較して数倍から数十倍もの強靭さと再生力を持つようになる。

彼らは、所かまわず人を襲い、奪い、喰い、犯す。そして群れを作り行動するようになると、それらは魔族と呼ばれるようになっていった。


魔族に対して、物理的な攻撃手段は殆ど効果がない。

魔法による直接攻撃か、魔法力を乗せた剣や槍などによる攻撃のみが有効とされ、それまでの対人、対物兵器の殆どが役に立たない恐るべき敵となっていた。


魔族の被害に驚いた各国は、魔法使いを養成するにあたって、才能だけではなく、人格的な資質と精神力を併せ持つ者のみにその教育を行うようになってゆく。

同時に、魔法と呼ばれる技術は一般からは厳重に秘匿されるようになっていったが、初等教育においては、その才能ゆえの魔法暴走による魔族化を防ぐための人格教育が強化されるようになった。

ただし、現在でも人の魔族化を完全に防ぐには至っておらず、毎年ある一定数の人間が、本人の意思によらない魔法暴走の為に魔族化している。


こうした経緯を経て、日本帝国をはじめとした各国では魔法を使う事ができるのは認定魔道士以上に限定され、その養成は厳重に管理されて行くようになってゆく。

この国で「魔法」の事を公式には「魔道」と呼ぶのは、技術だけではなく、人として魔族に足を踏み外さないための「道」である事が重要視されているためだ。


さらに、ある一定以上の魔道技術を持つものは、現在の人類の限界である六五歳を超えて、一二〇年から一四〇年ほどの寿命を持つことが知られている。恐らく、強い精神力によって魔族化をレジストすることで、肉体強化の効果のみが現れているのだとされているが、これも詳細は分かっていない。

日本帝国においては、彼らの持つ技術、知識、人的円熟性等を重視し、貴族として爵位を与えてその権利を国家が保護し、同時に有事における国民保護の尖兵となる事を課している。


魔法はこのように強力な力であるため、現代においてはその行使に厳重な制限が付き、魔道士は国家による管理下に置かれている。

長々と説明してきたが、このあたりの事が魔道技術の基礎的な歴史であり、程度の差こそあれ、留学組の皆が把握していることになる。



「俺はね、魔法が、言われている様にただダークエネルギーを収束させた物であるだけではなくて、なにかほかの世界とのゲートになっているんじゃないか、そう考えてるんだよ」

「どういう事?」

「まだはっきりしたことはわからない。でも、地下空間探査に参加していて、疑問に思うことがあるんだ」


俺が地下空間の探査に参加していて疑問に思っているのは、「魔族の数があわない」という事だった。

毎年、魔族落ちしてしまう人間がいるのは事実だが、実際、それ以上の数が毎年の探査で狩られている。にもかかわらず、魔族の数は増え続けている、とされている。

また、帝都に限らず、世界中にいくつかある魔族の巣窟となってしまった地下空間は、下層に行けば行くほど強力な個体が多数存在するばかりか、人でも動物でもないもの、魔獣が存在する。


言われているように魔法の暴走によって人が魔族落ちするだけであれば、これはおかしい。

魔族同士、あるいは人と魔族で繁殖しているという事もあるだろうが、魔獣の存在はそれだけでは説明できない。

実際、内務省衛生局による地下空間探査は、その疑問を解決するための調査であるという一面も持っているのだが、今のところ、その疑問に対する回答は得られていない。


「俺としては、何とかしてこの疑問を解きたいと思っている。で、今のところいちばんありそうな仮説として、ゲート、という概念を考えているんだ」

本当のことを言えば、もう一つある。一度、地下空間で強烈に両親の気配を感じたことがあるのだ。説明のしようがない感覚ではあったが、人の精神や意識とダークエネルギーの関係について、これまでに言われている概念以外の何かがあると思っている。


「つまり、増えている魔族や魔獣は、どこかにあるゲートを通って地下空間にやって来ているってことね?それで慧はそのゲートが何なのかを探している、と」

「なるほどねぇ、それで、ゲート、か。うん、面白そうじゃねぇか。なぁ、慧、俺もそのバイト先、紹介してくれよ?」

この手の話が好きな誠が真っ先に食いつく。

「そうね、おもしろそー。それに将来、内務省が独自に探査護衛チームを編成するなら、今から参加しておけば将来の幹部一直線だしねー。慧くん、私も紹介して」

早苗が微妙に計算高いことをいう。

「私は慧と一緒にいられるなら。はじめから慧と同じバイトをしたいと思っていたし」

とんでもないクールビューティーなのに、直球ど真ん中に投げ込んでくる麻衣のセリフだが、皆既に慣れたものだ。俺?ニヤけてしまわないようにするので必死に決まってるだろ。


元々、この三人は本人達の同意が得られれば、探査チームのバイトに誘おうと思っていたメンツだ。

入学以来の付き合いで実力、才能共に申し分ないことはわかっている。

探査チームの主査である松本さんからも、大学でいい人材がいたら引っ張ってこいと言われていた事もあるし、何より、彼らと地下空間探査をするのは面白そうだ、と思っていることもある。


「言っとくけど、危険が全くない仕事じゃないよ?バイト代はそれなりに良いけど、戦闘がないわけじゃないし」

「構わねぇよ。俺はお勉強だけできるヒョロガリの官僚になるつもりはねぇからな。どの道に進むにしたって、実戦魔法を経験しておいて損はないだろ?」

「わたしもー。こう見えて、子供の頃から杖術習ってるのよねー。体動かすの好きだしー」

「慧、初めからこのメンバーを誘うつもりだったんでしょう?」


「判った。担当者には俺から連絡しておくよ。恐らく、面接のあと、補助魔道士試験を受けてもらうことになると思う。まぁ帝大魔技科に合格する様な連中が落ちるような試験ではないから、心配しなくていいと思うよ」

こうして、俺たちは学生生活を送りながら、帝都地下空間探査のバイトをすることになったのだった。


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