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そのはじまりときっかけ



四月下旬。

厳しい受験勉強に耐え、高倍率の入試をクリアした新入生達は、少々誇らしげな気持ちで参加した入学式を終え、各種オリエンテーションを済ませ、最初の講義を受けようとしていた。

学生達の表情は明るい。輝いている、といって良い。

それもそのはず、これから受ける講義は、この国に数ある大学の中で、僅か三か所でしか学ぶことが出来ない特殊な学問なのだ。


それは、世間一般では魔法や魔道と呼ばれている。

正式名称「国立帝都大学 理学部 魔道技術基礎学科」通称「帝大魔技科」


それが、この学科の名前であり――学生たちが目指す先は「国家認定魔導士サティファイド・マジシャン」や「勅任魔道士官インペリアル・マジック・オフィサー」。

これからしばらく続く、厳しい学生生活をクリアする事ができれば(そのあともごちゃごちゃとあるが)、国家資格である「国家認定魔道士サティファイド・マジシャン」になることができる。


国家認定魔道士サティファイド・マジシャン」に合格した卒業生たちは主に各官庁でその任に就き、それなりの昇進速度と高額な報酬、特権を持つことになるのだが、中でも優秀なものは勅任魔道士官インペリアル・マジック・オフィサーとして、将来、国家の中枢で働き、場合によっては貴族としての影響力を持つことすら可能になる。

いわば、エリート中のエリートであり、一般臣民がその才能と努力だけで(血筋や出自によらず)上り詰める事のできる最高位である。


と言っても、現代のこの国では、血筋でどうにかなるのは皇室に連なるものと、ごく一部の上級貴族の係累だけであり、とくに後者はいかなる意味においても尊敬や敬愛の対象になることはない為、仮に魔道的資質を持つものであっても、その進学先に魔技科を選択することは少ない。

帝国上級貴族ともなれば、大学は貴族や大企業幹部の子弟が多く通う学校を選んで将来に備えた人脈づくり(結婚相手探しがその最たるものである)の場としておき、魔道技術についてはその家がそれなり以上の金を使って用意した教師連中から学ぶ、というのが普通なのだ。一般臣民からのウケは最低だが、彼らにはそれを可能にするだけの財力がある。


この大学「国立帝都大学」は、国の最高学府であり、魔技科卒業生は各省庁を目指す者が多い。

そして「魔議科」を持つ残り二つの大学である、国防大学校と国立西都大学はそれぞれ、軍と民間に人材を輩出することが多い。


つまり、この講堂で目をキラキラさせている俺以外の殆どの面々は全員、この国のエリート候補生、というわけだ。(もちろん、国家認定魔道士サティファイド・マジシャンの数が常に不足しているこの国では、軍や企業、それぞれの場所において大変なエリートであることに変わりはないのだが)


それでまぁ、このハナシの主人公であるところの俺、名前を佐脇慧さわき・けいという。

一般臣民階級出身の18歳。

この講堂にいる事から、「どこにでもいる」「平凡な」とは言わない。(いささ)かながら自分のオツムのつくりには自信を持っている。ま、この大学に入ってくる時点で、ごく普通の一般人ある事は殆どないのだから、ここでは頭の良さは普通の範疇に入るのかもしれない。


高校時代の三年間、ちょっとした国の機関で非公式のアルバイトをしていたことがあり、そのお仕事内容が少々特殊だった事が、特徴といえば特徴だと思っている。

あとは、おおよそ中から良くても中の上、といったところだと思っている。欲を言えばもう少しいい顔に生まれたかったが、不細工というわけではないので別段文句はない。ただ、両親をはじめ、家族は皆やたらと美形なのでコンプレックスがないわけではないのだけど。

あぁ、名前が少々女っぽいが、れっきとした男だ。


先に「俺以外の」と書いたように、俺は他の同期生の程には目をキラキラさせていない。

いや別に中二病的なアレだとか、勅任魔道官を目指していないとか、好きな女にフられたとかではなく、単純に、この先数か月で行われる講義の内容を既にほとんど知っているから、というのがその理由だ。(自分が少しばかり醒めたところのある人間だということは理解しているつもりだが、妹の茜に「おっさんっぽい」と言われてがっくり項垂(うなだ)れる程度には若者の自覚があるのだ)


受けようとしている講義の名前は「魔道技術基礎1・帝国における魔道の発生と歴史」


魔道技術は比較的新しい学問だ。その発見(あるいは発生、発現、とするのが正しいのかもしれない)にはこの国で起きた歴史的大事件が深くかかわっている。

「歴史的大事件」は政治的に慎重に扱わねばならず、また、魔道技術を理解する為のベースとなる知識が含まれている。

その為、魔道技術を学ぶものはまずその歴史的背景を学ぶことになる。その為の講義だ。


魔道技術はそれを修めた者がもつ力の大きさから、その履修には各国ともに厳しい年齢制限と選抜を課している。

要するに、訳の判らない子供に魔道技術を教え、何かの拍子に街中で大規模魔法をぶっぱなされては困るから。なのだが、各国の年齢制限が統一されているわけではない。


で、この俺、佐脇慧は年齢制限の低い国に住んでいたことがあり、その際に魔道技術を学んでいた為、これから行われる講義の内容はすでに頭に入っている、というわけだ。

ならば予習して先に進んでしまえば・・と思うだろうが、上記の理由により、今現在受けるものより先の講義内容は公開されていない。

したがって、俺は同期生に対してある程度のアドバンテージを持ちながら、講義内容が自分の持つ知識に追いついてくるのを待たねばならない、という状況にあるわけで、それなりにストレスを感じている。


俺の様な経験を持つものは留学組と呼ばれ、毎年ある程度の数が存在するが、新たにクラスを作るほどの人数がいるはずもないため、別クラスなどにはならない。

が、似た様な経験をしている者同士、集まってしまう傾向があるのも事実で、入学からの一週間でそれなりに仲良くなった連中は、留学経験者が多い。


「ねー、慧くんはもうバイト、決めたー?」


俺の右隣に座っている女の子、結城早苗もその一人だ。

見た目は大変に整っていて、美少女、と呼んで差し支えないと思う。どちらかといえば美人というよりも可愛いという感じだが。

スタイルも良い。背は低いが、出るところは大いにその存在を主張しており・・・トランジスタ・グラマーというのだろうか?まぁ、異性の目を引き付けるタイプであることは間違いない。クラスの野郎共がマイクロわがままボディ、などと本人が聞いたら引っ叩かれそうなことを騒いでいた。

俺?もちろん思うところはあってもそんなのは全部ポーカーフェイスの下に隠しているに決まっている。せっかく出来たかわいい女の子の友人に望んで嫌われるようなドMではない。


「いや、俺は高校の時から続けているバイトをそのままやる予定なんだ。だから新しいバイトには入らないよ」


魔技課の学生達は、その優秀な頭脳のおかげで、普通の大学生よりも良い条件のアルバイト(内容は家庭教師から企業のエンジニアまで様々だが)に就けることが多い。

国立の大学で授業料が安いとはいえ、地方出身者の多いこの大学では、学生がアルバイトをして生活費や遊興費を稼ぐのは割と当たり前の光景だ。

必要とする学生には、前期の授業が始まる前に、学生課からその手の紹介や斡旋がある。


「へぇー、そうなんだぁ。どんなバイトなの?」

「んー、あんまり大ぴらにはして欲しくないんだけど・・・内務省の衛生局でちょっと、ね」


俺も早苗も講義内容はそれなりに聞いているが、大して難しいことを言っているわけでもない為、小声で会話を続ける。


「おいおい、内務省っていや中央官庁のトップじゃねぇか。よくそんな所のアルバイトなんて入れたな」


俺の左隣から同じく小声で会話に参加してきたのは、同じ留学組の有坂誠。

祖父の代に外国の血が入っているとかで、彫りの深い顔立ちと筋肉質で上背のある体つきをしている。判りやすくイケメンでもあるので、女子からの人気が高い。

口は悪いが、義理堅い性格の主人公キャラ(だと俺は思っている)。


「高一の時にちょっとあってな。バイト代が高くて時間の融通が利くもんだから、ずっと同じところでバイトしてるんだよ」

「でも、慧、高二の時から留学してたんじゃないの?」


後ろから俺の頭越しに声を掛けてきたのはもう一人の留学組である緒方麻衣だ。

早苗も美人だが、こちらがかわいい系に属するのに比べ、いわゆる正統派の上に超がつくような美人だ。


色白で切れ長の和風美人で身長は一六〇センチちょっと、手足が細く長い。すらっとしているが、出るところは出て・・とまぁ、俺の少ない語彙では伝わらないかもしれないが、とんでもない美人さんである。

ただ、その外見ゆえに面倒な男に言い寄られて相当苦労したらしく、大学(がっこう)ではめったに笑わない愛想のない美人として通っている。その為か、黙っていれば冷たい印象を受けるのだが、心を許した相手には普通に笑顔も見せる。


これだけの美人なのだから、男なんかより取り見取りだと思うのだが、なんとも物好きなことにこの俺の事が好きらしい。入試の時に見かけて一目惚れして、入学式で見かけて有頂天になって話しかけたとのことだ。実際は、表情の乏しい美人にいきなり自己紹介されて俺としてはひどくビビったのだが。

ん?俺?こんな美少女に好かれて嬉しくない訳がなかろ?まぁ、そういうことだ。


「あぁ、留学中も向こうで同じバイトしてた」

「へぇー、慧くんいいなぁ。私もそういうバイト探したいよー」

「そういうって、時間の融通の利くってことか?それともバイト代がか?」


笑いながら誠が早苗に聞く。


「んー、それもあるけど・・中央省庁のアルバイトってさ、バイト代もよさそうだけど、やっぱり人脈的にさぁ」

「それはあるかもな。慧みたいに学生のうちから中央省庁でアルバイトしてりゃ、認定魔導士になった後の進路情報も有利になりそうだしな。なぁ慧、その話、俺にも聞かせてくれよ」

「おい。教官がにらんでる。続きはまた後にしよう」


小声で話していたとは言え、講義そっちのけで話し込んでいたのがまずかったらしい。

教官が困ったような、ため息をつきたそうな微妙な顔で目線を送ってきたので、俺たちは会話を切り上げ、続きは講義が終わってからにすることにした。


その日の講義終了後、キャンパスの近くに借りている俺の部屋には、一緒に住んでいる妹の茜と、誠、早苗、麻衣が集まっていた。

全員、大学の入学式で知り合い、仲良くなったのだが、学校の近くで妹と二人暮らしをしていた俺の部屋が一番広かったこともあり、いつの間にか学校の後は何とはなしに皆が俺の部屋に集まるようになっていた。

俺と一歳違いの茜は目下受験勉強中の為、自室に引きこもっている。


「さて、俺がやっているバイトの話だったな。話すのは構わんが、俺がいいという相手以外には秘密を守って欲しいんだが・・・」

「内務省の衛生局って言ってたよねー?なにかヤバいお仕事なのー?」

「早苗がなにを心配しているのかは知らないけど、国の機関がやってる仕事だからヤバいってわけじゃない。普通にみんなも知っている仕事だけど、普通は高校生や大学生が参加するようなことじゃない」

「もったいぶるなよ、慧」

「あぁ、悪い。俺が参加しているのは内務省衛生局、帝都地下空間探査(ダンジョン・サーチ)事業だ。そこで、実戦魔道士の見習いのような事をやっている」

「・・・って事は、魔族狩りってこと?えぇっ?それって軍が護衛に入るんじゃないの?っていうか、慧って高校生の頃からそんなことやってたの?」


麻衣が言う通り、通常は軍の認定魔道士が護衛に入る。

だが、軍も魔道士の数が余っているわけじゃない。知っての通り、帝都の地下空間は広大で複雑だ。深部の探査は危険度も高いので軍に護衛に入ってもらっているが、浅い部分だって全体の七割が未だ探査されていない。

だから、相対的に危険度の低い浅部探査は、内務省が自前で護衛戦力を派遣する事で、探査速度を上げているのだ。

将来的には、内務省内に専属の探査護衛チームを編成する構想があるという。俺が所属しているのは、その為の試験的な護衛隊だ。


「誠は三年前の大規模探査の時、魔族の襲撃で大きな被害が出た事件は知っているか?」

「あぁ、何でも探査チームの六割が帰って来れなかったって。噂でしかなかった帝都地下空間が魔族の侵食を受けている事実が明らかになったって事件だろ?」

「そうだ。俺の両親は軍の認定魔導士としてそれに参加していたんだ。その際二人とも殉職している」

「マジかよ・・・」

「慧くんはそのかたき討ちのために?」

「いや、そうじゃない。両親とも軍の認定魔導士だ。万一のことは常に俺も茜も言い聞かされていたからね。両親の殉職後、探査チームの主査だった人が、バイト先として内務省を紹介してくれたんだよ」

「でもよ、慧がやってんのは護衛とはいえ魔族狩りだろ?学生がそんなことできんのか?それって認定魔導士じゃないと無理なんじゃねぇのか?」


そう、一般に国家認定魔導士は大学の魔技科を突業したものが国家試験を受けてなるものだ。

誠の言うように、基本的に一般人は魔法を使う事はできない。そして魔法を使えない人間は、魔族と戦うことができない。


「実際になってみるまで俺も知らなかったんだが、この国には補助魔道士という資格があるんだよ」

「なにそれ・・・聞いたことがないわよ?」

「あぁ、俺も初耳だ・・・」

「私も聞いたことないよー」


「国の公的な制度だから、隠蔽されているわけじゃない。だが、自分で調べないと情報は手に入らないし、広報もされていない。認定魔道士を管轄する内閣府の公開データベースにアクセスすれば、その資格制度がわかるようになっているんだ」

「それって、事実上の非公開制度じゃねぇか・・・」

「まぁな。魔道士がもつ力を考えれば、当然の措置ではあるのだけどね。本来この資格は、魔道素質を持つにもかかわらず、魔技科で魔道技術を履修する意思や能力がない人の為のものなんだ。自分の魔法力を使って魔法制限をかけるための魔法使用資格、という名目かな」

「で、この補助魔道士は補助とはいえ、魔法使用資格が取得できる。そして資格取得年齢制限が存在しない。俺は両親が死んだあと内務省でバイトしながらこの制度のことを知って、資格取得の後で帝都地下探査事業に参加させてもらったんだよ」

「でもさっき、かたき討ちが目的じゃないって」

「あぁ。目的は2つある。別に敵討ちじゃない。一つは金、おかねだね。帝都地下探査のバイト代は高いからな。探査時の回収品についても一部権利が認められるから、売ればいい金になる。俺と茜が普通に生活して大学を卒業するまでの金を稼ぐには、一番効率が良かったのさ」

「もうひとつは?」

「そうだな・・・なぁ、麻衣。魔法とか魔法力って、いったい何だと思う?」



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