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プロローグ 不期遭遇戦


じめじめとした隧道(トンネル)の中を走る。僅かに下り坂になっている事がわかる。

厄介な状況だった。

これ以上奥に進むのがマズイ事は判っていたが、後ろから敵――人間の数倍の膂力を持つバケモノ、いわゆる魔物、魔獣――が追いかけて来る以上、逃げないわけにはいかないのだ。


俺達四人は、それぞれ下級士官としての地位を与えられていたが、事前に許可されている以上の威力を持つ攻撃手段について、勝手に使用することを許されていない。

本来、ヒヨッコである俺達を指揮統率する分隊長が居る。いや、いた。四分ほど前までは。

彼の権限があれば、現状許されているものよりも二段階ほど強力な攻撃手段の使用許可が行えるはずで、それが出来れば、今俺たちを追いかけてくるバケモノに苦戦したとしても負けることはなく、そもそも逃げる、という手段を取る必要もないのだ。


「くそっ。本部とはまだ繋がらないのか?」

俺が誰となく尋ねる。俺たち全員、息は荒いが、乱れているという訳ではない。

「ネガティブ。通信は八分前から不通。状況は変わらずよ」

俺の隣を走っている麻衣が律儀に答える。

言われるまでもなく全員が判っている事だった。大隊本部との通信に使う通信機(ヘッドセット)は俺たち全員が装着している。俺が口に出したのはただの愚痴だった。


本来、この調査はさほどの危険はないと思われていた為、それ程強力な装備も、バックアップ体制も取られていない。これが通常偵察任務ではなく、威力偵察任務体制であれば、通信回線にもバックアップが用意されるってのに。


俺の後ろを走る誠が口を開く。

「慧、判ってると思うが・・・隧道深度が百九十メートルを超えた。そろそろマズいぞ」

「慧くん、このまま走ると、あと三分くらいで通信範囲外に出ちゃいます。本当に本部からの支援がなくなっちゃいますよ?」

誠の隣にいる早苗が補足する。


俺は、敵との距離を再確認する。

ヘルメットに装着された簡易型の|電磁魔素統合型探知装置マルチ・センサー・アレイ・システムは、敵が俺たちの後方三百メートルほどの距離に居ると告げていた。

俺は、自分自身のスキルによる探知結果と併せて、それが正しいことを確認。敵との接触まで三分ほどの余裕があると判断する。


「よし。仕方がない。ここで迎え撃つぞ。念の為、大隊本部に再度通信後、状況が変わらなければ俺の権限で迎撃戦闘の指揮を執る。全員、停止、横隊。誠は後方警戒。はじめ」

俺は立ち止まりながら言う。四人全員が横一列に並び、後ろから追ってくるバケモノのほうを向く。勿論姿は見えない。

「HQ、こちらカデット32《さんふた》。我々は十二分前に種別不明の敵性体と遭遇、戦闘に入った。分隊指揮官は敵の攻撃により戦死。カデット32は代理指揮官として緊急事態を宣言、敵性体攻撃の為、レベルフォーの攻撃魔法使用許可を求む。なお、通信状況が回復しない場合、代理指揮官権限によりレベルフォーでの攻撃を開始する。エンゲージは百七十秒後の予想。送れ」


相変わらず、本部からの通信はない。


俺達の分隊、正式名称は、近衛師団第五大隊”付”独立魔道小隊第三分隊、通称M五〇三分隊には、カデットスリーというコールサインが与えられている。大隊本部付の実験小隊のため、中隊配下にない。ついでに言うと、大隊本部の指揮統制下にはあるが、本来は陸軍の部隊でもない。


独立魔道小隊そのものを指す場合はM五〇〇小隊と呼称する。M五〇〇は、魔道士官のみで構成された小隊のため、マジック・オフィサー・スコードロンとも呼ばれている。


第一、第二の二個分隊は、それぞれ分隊長含めて一〇人の士官。今年配属された俺たち新米士官四人に分隊長を加えた五人で新設されたのが第三分隊。もう一個、俺たちと同じ様な第四分隊があって、合計二〇名の士官で構成されるのがM五〇〇小隊だ。


分隊長のコールサインはカデット31だった。

俺はちょっとした理由で、同期四人の中では先任将校の扱いになっていたのでカデット32。分隊長に何かあった場合、代理指揮官としての役割を果たさねばならない。


それにしたって・・・まぁ、俺たち四人がヒヨッコなのは認める。だが、曲がりなりにも正規の魔道士官のみで構成された実験部隊のコールサインが、よりによって「候補生・カデット」とはヒドい。

どうせ悪ふざけの好きな小隊長と分隊指揮官達の仕業で、俺たちをからかう為に、初陣であるこの作戦のコールサインを決めたに違いない。


そして俺は、ほんの数分前にいきなり遭遇した、この辺りではめったに見ない高位のバケモノから、とっさに俺たちの盾になって戦死した分隊長の顔を思い出してしまう。


バケモノに飲まれかけた分隊長は、その男性的な顔を苦痛に歪め、口から血を吐き出しながら・・・俺達を見ると無理矢理に笑みを浮かべ、最後の命令――ぼさっとしてんな莫迦野郎!さっさと後退して距離をとらんか!その後は判ってるな、頼ん――を叫んだあと、バケモノに完全に飲まれてしまった。


無意識のうちに俺は拳を握りしめていた。

――ダメだ。そうじゃない。

分隊長はいつだってどんな時も余裕だった。

深刻になるな。復讐?そんなの当然だ。俺達はいつだって笑いながら余裕で任務を果たす。分隊長の復讐戦なら、なおさらだ。そうじゃなきゃいけない。


三十秒待って、通信が復旧しないことを確認した俺は、覚悟を決めることにした。

「仕方ない。レコーダーは生きてるな?本部との通信が途絶えた為、これより代理指揮官として全員にレベルフォー攻撃魔法を使用許可する。全員、戦闘、準備」

「「了解」」

誠がにやにやしながらこっちを見ている。早苗が仕方ないわねという仕草をする。麻衣は当たり前だという顔をしていた。


敵が這いずる様にして視界に入ってくる。

何度見ても、とても生物とは思えないようなグロテスクな外見。

ぶるり。ぶるり。と震えながらこちらに向かってくるスピードは意外なほど早い。

分隊長を飲んだあいつには、最高の復讐をお見舞いしてやる。


なるべく気負いのない声で、俺は、分隊長として初めての戦闘命令を出した。

「それじゃ、やるか。戦闘開始。撃ち方はじめ。分隊長のかたきを消し飛ばせ」



気付いたのはずっと後になってからだが、俺たちがただの魔道士官ではなく、勅任魔道士官<インペリアル・マジック・オフィサー>になり、M五〇三が歴史書の片隅に名を遺す程度に有名になるのは、この戦闘がその始まりだった。



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