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リリカシア=アジャ-アズライアの日記  作者: 真夜中 緒
龍の島 街道編
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百日目(神威出立)

 朝起きていつも通りお風呂に入った。贅沢にたっぷりのお湯を張った大きな湯船。このお風呂とも今日でお別れだ。

 湯上がりはいつも通り長袴と単衣を身に着けた。この衣装も慣れれば結構動けるもので、寧ろ長い裾のさばき方などのコツがつかめたように思う。きっと今ならアリアの最新のドレスを借りてもコケる心配はないはずだ。胸はガバガバだろうけど。

 朝食の席で玉藻さまにお礼と暇ごいを申し上げた。

 今日はもう、玉藻さまの傍に控えないし、ここでお別れとなる。

 「おそらくはこれからも何かしらやらかすじゃろうが、まあ心配はせぬ。多分なんとかするじゃろうから。」

 それからそっと、私の左の手を取った。手首には木滴と玉藻さまに頂いた香木の花で作った腕輪が嵌っている。

 「まだまだ未熟な香じゃが、これからも変化してゆくことじゃろう。この先が楽しみじゃの。」

 見れば玉藻様の簪には木滴が二つ揺れていた。きっと取り替えたあの木滴だ。

 朝食のあと、旅支度に着替えているとまつりが箱のようなものを持ってきた。まつりと、料理人からのお餞別だという。

 箱の中には木でできた椀が二つと箸と湯呑みが入っていた。

 箱の蓋の縁が少し高くなっていて、食器を箱に載せて膳として使うそうだ。小さい方の椀が丁度一合入るようになっているらしい。なんだか申し訳ない気もしたけれど、ありがたく受け取った。

 髪をいつもよりもきっちりと結んで上着の衿の中に入れ、草鞋の紐をしっかりくくる。厩で鹿毛の鼻面を撫でたあと、楼の裏口から出た。侍女姿の外出はいつもここからだったから、勝手知ったる戸口だ。見送ってくれたまつりと料理人に手を振って、歩き出した。

 馬で行った前回ほどではないけれど西の宿場までは、気分的にはすぐだった。昼になるだいぶん前に着いて、前と同じ店に入った。前と同じに店の奥の壁は一面の地図で、沢山の薄板が刺してある。

 最初の川のところに大きな字で「川止め」の文字を見つけてドキリとした。

 席に座って水と揚菓子を頼み、川止めについて聞いてみる。何日か前に水が増えているというので止まったそうだが、よほどのことがなければもう終わっているはずだそうだ。

 ただ、これからは雨の増える季節なのだそうで、用心は大切らしい。

 夏で言えば前半が雨が少なく旅に適した時期らしく、その時期を神威で過ごしてこれから旅立つ私の行動は、普通とは逆であるらしかった。

 あとひと月ちょっと待って実りの季節に入れば、また雨は減るらしいが、まさかそこまで神威の滞在を延ばすわけにも行かない。第一そんなことではいつになったらリリカスにたどり着けるのか心もとないし。

 とにかく気を取り直して水と食べ物を平らげ、薄板の文字をしっかり読んで、更に壁の地図とよく似た細長い簡易な地図を一枚買うと、店を出て歩き出した。

 次の宿場まではそれほど遠くなかった。そもそも宿場を出てもそれほど道が寂れない。

 道を歩く人も常にいるし、人家も途切れるというほどではなく畑が多いなという程度。畑のそばに筵を広げて畑で取れた瓜を商っている老人もいる。道も平らで歩きやすく、ごくごくのどかな景色だ。そのうち建物が増えると次の宿場で、二つ目の宿場で休憩をした。

 水と名物だという焼きおむすびを注文し、地図を眺める。神威の西の宿場には数字がなく、次の宿場から数字を打ってここは二番の宿場だ。三番の宿場までは今までの宿場の距離と同じくらい、四番はちょと遠い。歩き出しも早くはなかったし、行けるのはせいぜいこの辺までだろうと思った。

 それで給仕のおばさんをつかまえて、どちらの宿が混むかを聞いてみた。

 日暮れ前ならたいてい大丈夫だが、ここを出てすぐに峠道に入るから三番についたところで考えたほうがいいと言われた。

 三番から四番にも峠があるから暗くならないほうがいいと言う。地図にも確かに峠の絵らしきものがあった。

 礼を言って急いでおむすびにかじりつく。焼いたおむすびの片面に味噌が塗られてそれが焦がしてあるのが美味しかった。

 宿場を出てすぐ上り坂にさしかかった。

 大した峠ではない。

 登りつめると右手が明るい。木立の間から見えているのは一面の水面だ。

 地図で大きな湖があるのは知っていたが、山陰から覗くと大きな鏡の一部だけを見たような滑らかさだ。

 この湖を山並みが受け止めた南に神威があり、湖から流れ出す川が神威の東側を掠めて龍の懐から海に注ぐ。街道は山のいくらか低い西側を湖に沿って進んでゆく。

 これから小さな峠を超えるたびに、湖は行く手に広々とみえてくるはずだ。

 結局今日は三番に泊まった。

 頑張れば四番まで行けたろうが、初日に頑張ってしまうとあとが辛くなる気もしたので。

 エドも余裕を持てと言っていたし。

 ちょっと驚いたのは宿が個室ではないことだ。楼や宮がそうであったように、細長い大部屋を仕切りで区切って使う。お金を出せば大きく借りて個室のようにも使えるが、まさかそんな事はできないので、慎ましく一区切りを借りた。

 ちょっと考えてから仕切りが動かないように魔術で細工をして、さらに晶屋の中で寝ることにした。さすがにここまで他人の気配が近いと寝られる気がしなかったので。

 明日も早いしさっさと寝ようと思う。


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