九十二日目
今日は久しぶりにまつりと街にでた。
まず、昨日櫛を預けた店へ行ってみる もちろん昨日の今日では売上はなく、そのまま預けて引き下がろうとしたら、まつりに叱られた。
まつりにいわせるとその店はあまりに売る気がなさすぎるらしい。店主と交渉して櫛の売り場を店先に変えさせ、籠に雑に入れてあった櫛の下に、自分の持っていた青い手拭いを敷いて綺麗に並べ直す。さらに焚付の薄板に(神威では普通に字を書くのに使われているらしく、店主が持っていた。)値段と煽り文句をさらさらと書きつけた。
どこでも使えて水入らず
乾かす手間もかからない
遠く西の果て魔術師の
舶来渡りの塔の櫛
お代はたったの銀二枚
それからその口上をうたいながら、用意してあったらしい馬の尻尾の毛か何かを束ねたものに油を塗り、櫛の一つでとかし始めた。ベタッとしていた毛が見る見るさらさらになっていく。
わかっていた私も見惚れたぐらいだったから、そのころには周りに小さな人だかりが出来ていた。
「見てのとおりです。なんの手間もいりません。きれいになるよう思いを込めてとかすだけ。」
一人が買うと他にも手が出て、十五枚の櫛はまたたく間に売れてしまった。
さらに店に渡すお金も、売ってもらってないどころか客寄せになったからと銀五枚に負けさせた。
まつりは神威の商家の娘で、嫁ぐ先も商家なのだそうだ。
神威では普通は婿を取ることが多いらしいが、まつりは四人姉妹の二番目で、すでに婿を取った姉がいるそうで、妹たちもいることだし自分は家を出ることにしたらしい。
これだけしっかりしていれば、きっと良いおかみさんになるのだろう。
お礼にいくらか渡そうとすると、櫛の作り方を売ってほしいという。結婚祝いを兼ねて無料で進呈しようとしたが、貰いすぎになるからと言われ、金貨一枚で売ることになった。まつりの嫁ぎ先は踊り灯籠などの神具を扱う問屋なのだそうで、いくらかは晶具、魔術具の扱いもあるらしく、よい持参金代わりになるという。
今日の店にも一つ銅貨十五枚で仕入れるから、また持ってきてくれといわれたのもあって、手伝って貰いがてら教えた。
櫛を仕入れるときに多少変な顔はされたけど、売ってはもらえたので気にしない。
魔術を使わないとは言っても魔力のない人間はいないので、このぐらいの魔術具なら、誰にだって作れる。大事なのは魔法陣を紛れ込ませた模様の書き順だ。
まつりは不慣れな割にはすぐにコツを掴んで一人で五枚も仕上げてくれた。私のように魔力で刻印を入れられないぶんがちょっと手間だけど、ちゃんと発動する櫛ができていた。
私が突貫で作ったのと合わせて三十枚、明日あの店に卸に行く。