八十六日目
午後から商館にいった。
花街での騒ぎはもちろん伝わっていて、質問攻めにあった。
一応の経緯を記した書簡を塔主様に用意してきていたのでそれを託した。海賊の時のことで、派手めに動いてしまった時には素直に自分で申告しておいた方がいいということはわかっているし、何よりこの事案は何かが引っかかる。魔術も絡むし塔にも知らせて置くべきだと思ったので。
商館長もそこは同じ意見だった。
商館長も夫人も中級中位の魔術師だけど、あの時の異変は感じ取れたそうだ。総毛立つというのとは違って、何かが歪んだようで不安になる、という感じだったらしい。そこは現場からの距離の差や、もしかしたら魔術師としての感受性の違いもあるのかもしれない。
場所や方向もわからなかったらしいが、とっさに私のいる遊の王の楼と四季の庭に物見を走らせたそうで、情報が早くつかめたと言っていた。
商館長は私の知らなかった、聞かされなかった事を幾つか教えてくれた。
あの日、精霊の力を借りる幾つかの道具に支障が出たこと。例えば懐からの船が遅れたり、冷風のまじないが緩んで気温が急に上がってお年寄りが倒れたりしたらしい。
花街で病気などで臥せっていた浮女が三人死んだこと。
それから、北のザヴィータ国が神威の力を削ごうとしているという、根強い噂があること。そして実際に幾つかの事件の影にその姿があったらしいこと。
ザヴィータ、という名に引っかかった。それは確か王太子様のリリカシア候補アマリエ様の、母君の出身地ではなかったろうか。
「そうですよ。王がすでに臥せっておられるのに王太子様の即位がないのは、王太子様のお身体の問題の他にリリカシアがザヴィータの血を引くことになることに、反発があるからでもあります。」
ザヴィータは厄介な国なのだそうだ。
特に近年、様々な国に婚姻外交をしかけているそうで、リカドにも王太子様のリアーナや第二皇子の妃の縁談を持ちかけてきたことがあるという。
「でも、婚姻外交はブルジアの得意技じゃありませんでしたか?」
ブルジアは大陸中央部の国の一つで、歴代あらゆる王家と婚姻関係を結ぶことによって、世界の調停役を担うようになった国だ。リカドの亡くなられたリアーナも当時のブルジア王の姪だった。王太子様のリアーナもブルジアの媒でエレインの王女との婚約が整っていたはずだ。
「そのご婚約のときにザヴィータが割り込んできて大変だったんですよ。それがリリカシア候補がザヴィータの血を引いているというんで、ブルジアやエレインにまで警戒されているんです。」
そんな面倒な事態になっているとは知らなかった。
「ザヴィータは引っ掻き回し屋です。整っている秩序に手を出してくる。厄介な国ですよ。」
ザヴィータの商館にも探りを入れているそうなので、何かわかったら教えてくれるように頼んだ。
結局、花街での事件の話に終止してしまって、旅程の相談ができなかった。近いうちにまた行こうと思う。
ザヴィータは最北の国、ブルジアは大陸のやや西よりにある国です。
ザヴィータの国土は広いですが、北には万年雪の大地や広大な針葉樹林を抱え、人間が住めるところが案外少ないところはリカドとも似ています。
ブルジアの国土は狭いですが、大河が二本海に流れ込む位置にあり、大陸行路の要衝となっている豊かな国です。