八十五日目
少し、事情がわかってきた。
まず、私がわかっていなかったこと。それは浮女は神聖娼婦だということだ。
遊女は神を、浮女は人をもてなす。
遊女は固く結んだ力を解して開放するのが役目だと玉藻様は言っておられたが、その解放された力を人に繋いでまわすのが、浮女の役割らしい。遊女の楼と花街は、力の循環を促す装置なのだ。
なので、花街にはいつも循環させるべき力が溜まっているし、浮女はその力を客に繫ぐべくある程度取り込んでいる。
そういうところで衰弱の術を用いると妙な形に術が暴走しやすいそうで、過去に実際に、心中しようとした客が遊女に衰弱の術をかけて暴走、遊女がおかしくなってしまったという事例があるのだそうだ。
衰弱の術自体、あまりまっとうな術とは言えない。そもそもまっとうな使い道のほとんどない術だからだ。
人間を衰弱させて、苦しまずに死に至らせる術なんて、暗殺以外の使い道を考えつくのは難しいと思う。
だから男衆が緋色を見、部屋で死んでる客を見て心中だろうと思ったのはむりのないことだったらしい。
だけど、あれは違う。
あれはかけ損なった術の暴走ではない。ああなるように仕組まれた術だ。
「花街を損なおうとしたのじゃろうな。」
それが玉藻さまの見解だったし、今日、楼に集まった宮様、遊女方の共通認識だった。
集まったのはこの間の対処に出て下さった三人の男宮と、夏の王朝顔の宮。それから玉藻様以外の、十一人の遊女方。
花街への攻撃はこれまでにもたまにあったらしいが、どちらかというと郭に火をつけるとか、有力な浮女や遊女を殺すなどの割と直接的な方向に偏っていたそうだ。
「今回はアジャどのがいてくれて助かりましたね。神威の者は魔術に慣れていないから、どうしても対処にとまどう。」
そうは言っても私にできたのは術の進行を遅らせた事だけで、虚ろを閉じたのは男宮たちが呼び寄せた蜘蛛だ。
これまでにもあったということは、黒幕を推察しやすいということだけど、今のところ繋がりが出なくて、丹念に調べているらしい。
私はとにかく当日のことについて尋ねられた。
私と、男宮方(萩の宮以外は桔梗の宮と朽葉の宮。)はあの虚ろだった緋色の様子を、出来るだけ正確に描写しようとがんばった。あの術は単に花街を損なうというよりは、歪めようとしているようだった。花街が力をためて循環する仕組みなら、あの術はその力を抜き取るための穴のようなものだ。水を入れた桶の底に穴を開けたようなもので、力は今までの流れを無視して、渦を描いて抜けてしまう。
結局、一層の結界の構築と、監視の目を増やすということになった。
とりあえずそれは出来るし、やらなければいけない。