九日目
朝食を食べていると、珍しく他の乗客が一人で食堂に入ってきた。一人旅は私だけだし、連れのいる乗客は固まって動くことが多いから、食堂なんかではちあわせても挨拶するだけになることが多い。けれどもその人は一人でいる気安さからか話しかけてきて、いっしょに食事をとることになった。
ちなみにお連れの方は二日酔いだそうだ。
「お嬢さんたいしたもんだね。その年で上級魔術師はめずらしい。同期のなかではいちばんだろう?」
「探せばけっこういるんですよ。」
あけすけな賞賛にちょっと困って笑う。
「リリカスの塔の塔主さまとか。」
敬愛する塔主さまは私と同じ十七歳で上級の資格をとられたはずだ。
「それこそすごいじゃないか。リリカシア様と同じだなんて。」
なんだか一層褒められてしまって、本当に面映いというよりも困った。
リリカスの塔の主は双王妃のリリカシアが務める。
と言うよりも、リカドという国はむしろリリカスの塔から始まったのだそうだ。
初代の王と王妃となる少年少女がたどり着いた当時、リカドのある西の地は魔術師の塔の他に、何もないところだった。少年少女は魔術師の塔の主に教えを乞い、荒れ地を開墾し、やがて二人はそこにできた国を収めることになる。その時、魔術師の塔の主の一人娘が、国を共に支えるべくもう一人の妃となった。それが双王妃制度の始まりだそうだ。王は国を治め、リリカシアは都を治め、リアーナは宮廷を治める、という言い方をすることもあるが、リリカシアは門地でなく魔術などの実力が物を言い、平民出身者も珍しくない。逆にリアーナは血統が重視され、有力貴族の姫や外国の王室から嫁いでくることも多いらしい。
もちろん塔主さまはリリカシアなのだけど、魔術師の塔に所属する者は伝統的にたんに塔主さまと呼ぶ。国内七箇所の塔のすべてをリリカスの塔がまとめているために、塔の頂点であるリリカシアを国の師とも呼ぶ。王の子すべての嫡母となり、養育に責任をもつリアーナを国の母と呼ぶのと対にして王を支える双王妃のあり方を示す言葉とされていた。
この話題を長々続けるのは辛かったので話題転換を図った結果、話は船上生活の不便な点という無難だけれども切実なところに流れた。
ジェムさん(そういう名前だった。)は退屈なのが辛いそうだ。
「普段は忙しくしているからね。一日二日ならともかく、こう毎日暇だとだんだんつらくなってくるねぇ。」
私がお風呂に入れないことを嘆くと、そこも同意してくれた。
「たしかにこれじゃ塩干しにでもなってしまいそうだねぇ。でも、見たとこお嬢さんは結構小奇麗なようだけど。どうやっているんだね。」
私が汚れを落す術の話をすると、びっくりするぐらい食いついた。
「お礼はするから、その術を頼めんかな。服がゴワゴワしてたまらないんだが、そうたくさん着替えもないもんで。あと、せめて頭と髭をなんとかしたい。」
確かに髪や髭が見るからにゴワついている。
とりあえず銅貨三枚と話をつけて、食事の終わったあとに髪と髭の汚れを落とした。
これが、とても喜ばれた。
結局ジェムさんのお連れの汚れも落としてあげて、銅貨9枚の儲け。いずれ路銀は稼ぐつもりだったけど、船の中で稼げるとは思っていなかった。ちょっと幸先がいい気がする。
魔術師の資格は大きく三つにわかれます。
初級は日常的に魔術を使いこなせる程度です
魔術師の輪はつけられませんが、魔術師の衣は着ます。
中級の資格をとると魔術師の輪を授かり、魔術師の塔に所属します。
上級魔術師の資格はかなり難しく、長く学んでもとれないことは珍しくありません
それぞれの資格はさらに細かい階位にわかれます。