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リリカシア=アジャ-アズライアの日記  作者: 真夜中 緒
神威編
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八十四日目

 まだわからないことのほうが多いけど、忘れないうちに昨日の事を書いておこうと思う。

 昨日は朝から雨だった。

 神威に来てから本格的な雨は初めてだ。小雨とか、夜のうちに降ったとかはあったけど。

 午後から商館に行こうかと思っていたのだけど、雨がやまなかったらどうしようかなとか考えながら、いつも通り玉藻様の午前の仕置に控えていた。身につけていたのはもちろん長袴と単で、それが初動の遅れになったと思う。

 昨日は来客も少なくてそろそろお茶でも飲もうかと、玉藻さまと話していた時だった。

 総毛立つ、というのはああいう感覚なのだと思う。

 見れば玉藻さまも同じ感覚を覚えているのがわかった。

 何かがあった。

 「花街じゃな。」

 眉を顰めて玉藻さまが呟く。

 ざわめく不愉快な不協和音。それを感じて初めて分かった。ここがどれだけ調和した場所だったのか。

 花街はすぐ側だ。むしろ遊女達それぞれの楼に囲まれたところに花街がある。

 「誰か、物見を」

 「私がいきます。」

 ただの侍女では無理だ。男衆でも。

 さっと立ち上がり単を肩から落とす。

 「馬をお借りします。」

 晶屋の入り口を開け、長袴のまま滑り込んだ。袴も脱ぎ捨て一番着慣れた服に袖を通す。

 帯を結びながら晶屋から飛び出した。

 雨のおかげで人通りが少なくて、町中でも馬を飛ばせたのは助かった。それでもおそすぎたぐらいだったから。

 最初に目に入ったのは鮮やかな色彩だった。

 雨の中でも目を引く赤の小袖に、黒地の帯。単や袿は羽織ってはいない。

 乱れて半ば解けた髪が、雨で顔や首筋に張り付いている。

 馬から飛び降りて駆け寄るとその浮女と目があった。

 怖い程虚ろな目。

 ぞわりと全身が総毛立つ。

 見ると、遠巻きに廓の男衆が囲んでいる。建物の中からは他の浮女が覗いていた。

 誰も近づけないのだ。あまりにも異様な雰囲気なので。

 指で捕縛の魔術の印を結ぶ。

 細く力の糸を紡ぎ、絡め取ろうとした。

 でもそれがひどく難しい。浮女のまわりの力の流れが明らかにゆがんでいる。

 これは魔術だ。それも強引に力を取り込み発動する、かなり強力な魔術。

 そのころになって遠巻きにしていた男衆がじり、と近づいてきた。多分私が浮女に近づいたせいもあったのだと思う。

 「下がって。」

 とっさに腕を振って制した。

 「馬を連れて行って、下がってください。」

 一人が私の乗ってきた鹿毛の手綱を取った。

 守りきれないと思ったのだ。

 何か起きたら彼らも、鹿毛も守りきれない。

 浮女から目をそらさず、深呼吸をした。

 発想を変えようと思う。

 無理に外側から絡め取るのでなく、力を取り込む流れに乗って術に絡みつく糸を送り込む。糸は術がため込んだ力を吸い出して解放する。

 これもよく、塔でいたずらに使った術だ。

 誰かが術を練っているのにそっと仕掛けると、力がたまらず術はうまく発動しない。あんまりお互いにやり合っていたので、力を吸い取られないように術を発動したりできるようになった。

 この術を仕掛けた魔術師にはそんな経験はなかったようで、面白いように糸は吸い込まれ、力を開放し始めた。

 問題は、それでは術を解けなかった事だ。

 力を取り込む速さが速い。多分私の術より僅かに。発動を遅らせることは出来ても、防ぐのは難しいかも。

 力を吸い出す糸を辿って術を探る。

 解除が出来ないなら、術の正体がわからないとこれ以上の対処が出来ない。

 でも、手繰った術は虚ろだった。浮女の内側に虚ろが宿されている。虚ろは力をひたすらに吸い込んでいた。

 ここで私は自分の勘違いに気がついた。術はすでに発動している。力をひたすらに吸い込んで無効化するのが術の正体だ。

 でも、なんのために?

 「ここが神威の花街だからだ。」

 答えは背後から聞こえた。

 「花街の力を削ぐつもりなのだろう。あの娘はもうダメだ。」

 そこにいたのは男宮だった。唯一顔を知っている萩の宮と、あと二人。

 「虚ろを閉じる間、もう少し抑えてくれ。」

 三人が浮女を取り囲む。次々と姿を結んだのは蜘蛛だ。無数の透き通った光る蜘蛛が、次々と糸を吐き消えてゆく。その糸は浮女を囲む繭になり、凝縮されてゆくように浮女の中に吸い込まれてゆく。浮女の内の虚ろを包み、縮んで消えた。

 死んだ浮女は緋色といった。

 十七歳、三年目の浮女だったという。私と同じ年だ。

 緋色の客は、緋色の部屋で死んでいた。

 首に魔術師の輪がかかっていたのは意外でも何でもない。

 前後の状況から見ると、この客が緋色に術をかけて無理心中をはかったのではないかという。苦しまずに死ねるようにかけた衰弱の術が暴走したのではないかと言うのだ。

 でも、そんな訳はない。

 輪から見て、中級中位程度の男が一人であの術を使えたはずがない。

 何かあるのだということはわかっていたけれど、消耗が激しくもう動けなかった。

 それが昨日。

 玉藻さまのもとにも色々な知らせが届いてはいるけれど、まだ決めてとまで言える話はない。

 ただ、昨日楼に帰り着くと玉藻さまがとてもねぎらって下さった。私は、浄香の借りに匹敵する仕事を出来たらしい。

 本当に、あれはなんだったんだろう。

 神威の宮の内、女宮はほとんどに庭のそとにでません。男宮は冬松宮のように神威の外の仕事につくことも多いです。

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