八十日目
遊女の紫どのにお会いした。
玉藻様が大輪の牡丹なら、紫どのは同じ大輪でも菊だと思う。こぼれ落ちる艶やかさよりも、端正な清やかさに特徴のある美しさだ。
濃紫の小袖をきっちりと着た上に、縞の織り模様の入った上から鶏の尾羽を銀で刺繍した帯を結び、七宝を金糸で刺繍した白い単を羽織っている。結い上げた髪を飾るのは、飴色の鼈甲の簪と濃紫の髪紐。髪紐の結び目に龍がかんでいる意匠の金の飾りがあるのが面白い。
対する玉藻様も今日は気合が入っている。
しどけなく着た薄紫の小袖に、大きく鱗文様を銀泥で入れた薄青の帯。単は鮮やかな赤で裾に金泥で青海波を描いている。櫛は大きく斑の入った鼈甲で、簪は嘴から翡翠を下げた金の鳥。
「お姐さまごきげんよろしゅう。」
しとやかに頭を下げた紫どのは、顔を上げていたずらっぽく笑った。そんな風に笑うと、端正さがほころんで愛嬌がこぼれるようだ。
「今日は私の勝ちですわ。お姐さまは虎を忘れておいでだもの。」
玉藻様もにやりと笑い返す。
「なんの、妾の虎はそこにおる。」
実は私の衣装もなんだか気合が入っていた。胸高にはいた長袴はいつも通りだけれど、若緑の上に重ねた白い単の裾には銀泥の青海波。その上からいつぞや萩の御方がなさっていたように、魔術師の衣のたれを腰に巻き、白い単の肩を脱いで長く裾を引いている。その魔術師の衣がごく淡い灰色の地が縞上に透ける織りになっているので、下の白を透かしてごく淡い縞模様に見える。全部玉藻様が用意なさったものだ。
「異国の客人に虎は確かにうってつけ。やられましたわ。」
何がなんだかわからないでいる私に、玉藻様が説明してくださった。
「今日の趣向はの四神と決めてあったのよ。四神とは方向や季節に応じた神獣でな。夏の庭にも鳥の意匠があったであろう。」
あったのかもしれないけれど、気付かなかった。というかそれどころじゃなかった。
「で、春夏秋冬に東南西北の順で対応する。それぞれに龍と鳥と虎と亀じゃ。」
つまり縞模様は虎らしい。虎という生き物を私は見たことがないが、縦縞の毛皮なのだそうだ。
「さらに虎は大道に対応するとされておる。道、すなわち旅じゃ。」
なるほどそれで、私にうってつけだったのか。
「この紫はの、こう見えても妾の次に遊の王になる遊女じゃ。つまり大概の婆じゃの。のう、すでに百は越えたか?」
紫どのがころころ笑う。
「まあ、お姐さまの孫でも通る年ですわ。」
この方々を見ていると、だんだん感覚がおかしくなってくる。会話の内容はこんなのだけど、どう見ても妙齢の絶世の美女なのだ。これだけの美女は王宮でも見かけたことがない。
ちなみに紫どのが玉藻様を「お姐さま」と呼ぶのは、姉妹だからではなく遊女や浮女は先輩の事を「姐」と呼ぶ習慣があるからだそうだ。
お話するのは楽しかったけれど、迫力に当てられてしまって少しくたびれた。