七十七日目
朝、いつも通り朝食を取りに玉藻様のお居間に向かった。
朝食の前に昨日のお礼を申し上げた。
昨日の失態は失態として、その失態に気づかせてくださった親切にはお礼を申し上げるべきだと思ったので。
その私に、玉藻様は焼き物の壺を一つ差し出された。口には蓋がされ、さらに蝋か何かでしっかりと封がされている。
「浄香じゃ。」
それから香炉を取り寄せられ、香炉とおなじ盆に乗せてあったやはり焼き物の蓋付きの器から黒い丸薬のような物を取り出した。
「これは、練香という。砕いた香を梅肉や蜜で練り上げた物での。同じ配合でも時々や合わせる者によっては別物になったりするのが面白きところじゃ。」
聖白銀の盃のようなものに練香を入れ、三本に分れた足の間に月光糖を落とす。月光糖にふっと息を吹きかけるとふわりと小さな炎が立ち上がった。細いくちばしと優美な翼の鳥の姿を結ぶ。ほどなく香りがゆるやかに広がりはじめた。
甘くて華やかな、それでいて少し胸の痛むような香り。
これは玉藻様の香りだ。
「浄香もかくのごとくして使う。浄香と申すは宮の合わせた香の一種での、あわせられるのが梅の宮と菊の宮の二人だけゆえ、誰にでも手に入るという訳にはゆかぬ。しかも神威においてこそ力を発揮する類のものじゃ。西のリカドでどの程度の役に立つかはわからぬの。まあ期待し過ぎぬことじゃ。」
そっと壺を手に取る。
壺はひんやりとしていた。
「妾は情に厚いでの、ちょっと気に入っておる小娘が友人の兄上のためにねだり事をするなら、聞いてやるのもやぶさかではない。」
今は胸に納めておく。そう言われたのだと思った。
もしもそれが必要な時が来たら、「小娘の友人の兄」がリカドの王太子であることが表に出てしまう可能性はある。だって玉藻様は王なのだから、国のためにはなんでも使わなければいけない。その時にはこの温情は王太子様の受けた温情になる。
それでも、私は静かに頭を下げて謝意を表し温情を受けた。
その後朝食を頂いて、午前中は玉藻様のお側に控えたあと、午後から商館に向かった。せっかくの浄香を王太子様に届けてもらわなければいけない。自分の犯した失態のことは、追加の手紙にして塔主様にことづけた。
口を滑らせたのはもう仕方ないとして、受けた温情が王太子様にかかる前に少しでもお返しできるといいのだけど。