七十六日目
玉藻様に叱られてしまった。
朝食の折にさっそく聞いてみたのだ。浄香というお薬をご存知ではありませんかと。
なぜそんなものを気にするのかと問われたので、素直に王太子様のお体のためにと答えたら、叱られた。
「良いか、そなたはリリカスの塔の上級魔術師じゃ。そなたのねだり事はリカドのねだり事、そなたの甘えはリカドの甘え、そなたの借りはリカドの借りになる。海賊の時もそうであろう? ラジャラスはそなたの苦言をリカドのものとして扱うた。ましてや王太子の御名を出せば、それは王太子のねだり事、王太子の甘え、王太子の借りになろう。それは王太子弱みということじゃ。国を支えるべきリリカスの塔の上級魔術師が国の弱みを晒してなんとする。」
私はたぶん、ぽかんとしていたと思う。
玉藻様が今日は部屋で頭を冷やしておれと仰って、とりあえず部屋に戻った。
部屋にいるうちに、じわりじわりと自分のしでかしたことが効いてきた。
私は、新米でもリリカスの塔の上級魔術師で、玉藻様は神威の遊の王。今、リカドと龍の島に対立はないが、それでも私が口を滑らせた事は、私から玉藻様には伝えてはいけない事だったのだ。
王太子様のお身体があまり丈夫でないことは、おそらく知れ渡っていると思う。でも、それだけなら単なる噂で風説に過ぎない。それが私が口を滑らせたことによって、「事実」に格上げされてしまった。
あまつさえそれを理由に、遊の王に協力を要請したようなことになっている。
大失敗だ。
私は多分、上級魔術師であるという事がちゃんとわかっていなかったのだ。
三馬鹿の大将に説教なぞしている場合ではない。私のほうが奴よりも重い名前を背負っている自覚に欠けていた。国の中ならいざ知らず、他国においてはリリカスの塔の名は私の肩にかかるのだし、リリカスの塔は他国においてリカド宮廷と同じものなのだ。
何も考えずに取り返しの付かない失態を犯してしまった。
そのことを指摘してくださった分、玉藻様はお優しい。そのまま放って置かれれば、私は自分の失態に気づきも出来なかったろう。