七十日目
今日は午前中玉藻様のそばに控えて、午後から秋の庭に出向いた。西にある秋の門をくぐるのは初めてだ。遊の王の楼は街の南東にあるし、リカドの商館は南側なのでそもそも街の西側に行くのが初めてだ。商館から差し回された牛車に乗って、結構久しぶりに魔術師の衣に手を通した。
毎朝、お風呂上がりには神威の衣装が用意されているし、街に出るにも侍女の服を借りたほうが目立たないので、そればかりを着ていたのだ。昨日商館に行ったときでさえ着ていたのは借り着の侍女服だった。
今日はせっかくのお呼ばれだし、一番いい服を用意した。
商館長夫人の力作も、ちょっと迷ったけど身につけた。靴は晶屋に入れたままだ。神威の社交では靴の出番は極めて少ないのがわかった。牛車で靴は履けないし、牛車からそのまま建物に入れるようになっているので、靴の出番がないのだ。カムイの建物はどれも靴を脱がなければ入れない。
西の門で名前を告げると、そのまま庭内に車を入れることを許された。萩の宮は庭園内に流れる川の川べりにある。
車から邸内にはいると御方の居間に通された。
「ようこそいらっしゃいました。」
今日の御方は緑の上に茶を重ねた上から、魔法使いの衣のたれを帯代わりに腰に結んで、上に羽織った茶の単の肩を脱いで、袖を垂らした着付けが何とも格好いい。本当にこの人はどうしてこんなに格好いいんだろう。
お茶をいただきながら近況を話した。遊の王の楼に滞在していることを話すとちょっと驚かれた。
「あの方はあまり表に出ておいでではないんです。わざわざ招いてまでお手元に置かれるなんて、ずいぶん珍しいことではないかと。少なくとも私がこちらに来てからでは初めての事ですね。」
御方がこちらに嫁いで来られたのは二年ほど前になるらしい。
馴れ初めをお尋ねすると少し照れながら答えてくださった。
「宮がラジャラスにおいでになった折に手合わせをいたしまして、それがきっかけに。」
御方は槍を使われるそうだ。
海賊騒ぎのときに弟御の方も構えは意外に様になっていたのだけど、どうやら武人のお家柄らしい。将軍を務められた祖父ぎみに姉弟揃って叩き込まれたのだそうだ。
「ただ、弟は今ひとつものにならなくて。できないわけじゃないんですけど何か一本抜けているというか。」
なんとなくわかる気はする。しかも聞けば二人は双子なのだそうだ。男女の双子でここまでいいところを全部姉にさらわれているというのも、なんというか大変だろうなという気もする。私は初めて同情めいた気持ちを奴に覚えた。
奴には奴の余人には図り難い鬱屈なりなんなりがあるのだろう。だからといってちっとも許す気にはならないが。
「すでに婚期も逃しかけておりましたし、弟のためにもい私がそばにいない方がということにもなって。」神威に輿入れしたらしい。こんなに格好いい人がなぜ婚期を逃しかけるのかは、ちょっとわかる気もする。絶世の美貌の夫を持ちたいかと言われれば、多分大抵の女子は躊躇するみたいなことなんだろう。
そうやってせっかく引き離した弟がたった二年で姉のもとへ送られてきてしまったのは、去年姉弟の師匠であった祖父ぎみが急逝なさったかららしい。もともとお父上は文官肌で、息子を扱いきれなくなったらしかった。
「私が直接迎えに参るべきでした。アジャどのにはご迷惑をおかけして。」
つまり奴はむくれていたのだろう、もともと。
そんな残念な奴の年齢は二十二歳だそうだ。私より五歳も上だったのか。
その後、萩の宮にもお引き合わせ頂いて(萩の御方が華奢に見える巨漢だった。)しばらく歓談して、お夕食も頂いてから帰った。楼の自室でほっとして、ちょっと可笑しくなった。ここだって滞在させて頂いてるだけなのに。なんだか変に馴染みつつあるみたいだ。




