六十八日目
今日は朝食のあと、玉藻様の仕置を見学させていただいた。
下ろした御簾の陰から様子を見ているようにとのお言葉で、午前中の間玉藻様の脇に控えていたけれど、これほど繁雑なお仕事が玉藻様の肩にかかっていようとは、思っても見なかった。
客人の殆どは相談者だ。
先々の心配や、大切な決断に対する相談を受ける様子は、占い師に近い。ただ違うのは玉藻様は「わからない」ということを、躊躇いなく口にするということだ。
「そもそも妾が授かるのは大きな流れのあり方じゃ。個人の行く末などむしろ浮女の仕事よ。小さすぎて妾には見えぬ。」
見ているうちにわかってきたのは、神から知識や啓示を受けるのは、宮様方ではなく遊女の役割なのだということだろうか。その遊女たちが大きく受け取ったものを、個人に合わせてとらえ直すのが浮女たちの仕事なのだろう。
宮様方の役割は、精霊を魅了する技で(言い方は悪いけれど)精霊を使役することにあるようだ。
遊女たちも神を魅了するからこそ訪いを受けるのだけど、遊女たちへの訪いは彼女たちとの交わりに特化している。
「神と言うのはの、結び目じゃ。」
玉藻様はおっしゃる。
「小さい結び目はすぐに出来てすぐに解ける。大きい結び目は固くなりすぎることも多い。それをほぐすのが遊女よ。力をほぐしてまわす。わかりにくいかの。」
ちょっと、わからなかった。
ただ、神が結び目だというのはなんとなくわかる気もする。
午後早くまでは玉藻様のそばに控えて、そのあとは昨日買った櫛で汚れを落とす櫛を試作した。
目立ちすぎない感じに、装飾的な図案に直した魔方陣を入れた櫛は、中々うまくできたと思う。
夕食を食べたあと庭の方を見ていると、玉藻様が楼に入っていくのが見えた。
高く結った髪を櫛と簪で飾り、灯りに映えるつやつやした紅の袿に、大きく結んだ広い帯。色香の匂い立つような艶姿だ。
楼は神を迎えるための建物で、玉藻様以外ははいることができない。
力の結び目を、ほぐすための遊女。
いつかちゃんと、理解できるようになるのだろうか。




