六十七日目
今日も玉藻様と朝食をご一緒した。
今日も朝食には卵の味噌漬けがついていた。玉藻様の好物なのかもしれない。
昨日は楼をまつりに案内してもらった。楼といっても本当に高く作られた楼は庭の中央に建てられたものだけで、他の建物は平屋で、庭を取り巻く細い形をしている。私が滞在しているのはもちろん平屋の一角だ。
「おや、面白いものをつけておるの。」
玉藻様が左手首にはめた木滴の腕輪に目をとめられた。
「良き香じゃが、ちと面白みにかけるの。」
そう仰って、髪に挿しておられた簪を一本抜き取られた。簪には丸い木の飾り玉がいくつも下がって揺れている。その飾り玉を下げた糸をプツリと切って、玉藻様が飾り玉を二つ抜き取られた。
「二つ、とりかえよう。」
私も自分の腕輪の糸を切って、二粒抜き取った。玉藻様の飾り玉と交換する。玉藻様の飾り玉も香木で彫ってあるようで、涼し気な香りがする。大輪の花をかたどった飾り玉は、木滴の玉より結構大きかった。飾り玉を二つ並べれば、木滴を三つ並べたほどの長さになる。なので自室で木滴の玉をもう一つ抜き取って、飾り玉も一緒につなぎ直した。腕にはめると、たしかに香りに表情が出たようだ。飾り玉の花の一つは芍薬で一つは牡丹というのだと、まつりが教えてくれた。
午後からまつりと街に出た。
まつりと同じような侍女の服を貸してもらう。
やはり胸まで上げた切袴に小袿、腰に巻くスカートのようなものは裙というそうだ。
髪は首の後ろできっちりと結び、履物は草鞋を履いた。足の指に引っ掛けるようになっている鼻緒に、可愛らしい濃い桃色の端切れが使われている。
侍女の着物はもちろん絹ではなかった。
かといって木綿でも毛織物でもない。
なんと草から作る布なのだそうだ。麻、というらしい。
借りた着物は薄く艶のある生地だったけれど、これが上等な品であるのは街に出るとすぐにわかった。もうすこし粗い生地の着物が普通だったので。
街は賑やかだった。店だけでなく、商品を担いで売り歩く者も多い。特に食べ物は売り歩き形式の方が多いくらいだ。
頭に乗せた籠に瓜を入れた女性。
天秤棒の両側に下げた桶に、魚を入れた魚屋。
大きな布でくるんだ荷物を背負う人。
布をそのまま荷物を運ぶのに使ったりするところは、ちょっとラジャラスとも似ている。
その布は露店で売っていた。
大きな麻の一枚布で、きれいな色に染めてある。同じ店で色とりどりの糸が売っているのは、自分で刺繍しろということなのだと思う。幸い、すでに刺繍を施した物も売っていたので、そっちを見た。
やはりあまり文様化されていない。
時に丸紋の形になっていても、やっぱり自然の形をかなりのこしている。
布の四隅にそれぞれ別の花の刺繍を施した薄紅の布を買った。
花は桜、撫子、紫苑、椿。
刺繍の出し方で季節感をあらわせるようになっているそうだ。今は夏だから撫子を一番目につくところに使えばいいと、教えてもらった。
まつりは濃い黄色の布を買っていた。虫がつきにくいそうだ。大切な着物を包んでおくのに使うらしい。
私も真似をして、黄色い布を買った。
それから、櫛や簪、髪紐などを扱っている店を覗く。
宮様方や玉藻様の身につけるような高価なものはなく、手頃で愛らしい品が揃っている。一番安い櫛はちょうど手のひらに収まるほどの木地のままの品だ。なんの飾りもない、本当に髪をすくための実用品なのだけど、丸味を帯びた形は不思議に可愛い。
この櫛になら簡単に魔方陣をのせられそう。
値段も櫛としては手頃だし。
ちょっと考えて、五枚買った。
まつりにはそんなにどうするのかと驚かれた。
まつり自身は赤い髪紐を買っていた。
それからちょっと買い食いもして楼に戻った。まつりおすすめの鞘に入った青い豆を茹でたのは塩がほどよくきいてて美味しかった。まだ育ちきらない豆を茹でたものなのだそうだ。
龍の島は本当に豆が好きなんだなあ。
小袿は略礼装として用いられることもある着物ですが、ここでは魔術師の衣がありますのでそのようには使われません。ここでの小袿は、単に短い袿です。