六十四日目
昨日の正餐は大変だった。
まず、商館職員に徹底的に着飾らされた。
商館が所持している宝石で髪は飾り立てられたし、どこから出てきたのかごく薄い布の長く裾を引く魔術師の衣と同じ形の上着を、魔術師の衣の下に着せられた。色は鮮やかな紫で、ドレスとよく合ってるけど、かなり華やかな印象になる。
裾には銀糸で単純化した孔雀の尾羽の模様が大胆に刺繍され、魔術師の衣の裾からこぼれおちるようにも見える。この刺繍は商館長夫人の手によるものだそうで、私は彼女に神威のエリシアの名を謹んで贈りたい。きっと彼女も暴走する刺繍針の持ち主なんだろう。
帯は上着の前のたれだけをとめて、後ろは肩から流れるようにまとい、帯の結び目にはやはり商館の所持する宝石が飾られた。
化粧も商館長夫人の手で徹底的に施された。
たぶんすべて終わったときの私はほとんど別人だったと思う。
面白がって見物に来た船長も、その他のみんなも、口をあけて見てたから。
それも思いのほか美しくなってはっとしたって感じじゃなくて、本当にあいた口が塞がらない感じで。
で、結局、とても感謝することになった。
正餐というのは結局格式ばった宴みたいなもので、それはもう華やかな代物だったのだ。昼間の服装だと確実に場違いというぐらいに。
飾り立てた宝石と、商館長夫人の力作のお陰でなんとかそれほど場違いな事にはならずにすんだ。もちろん、先に用意した正装が結構華やかなものだったという前提もある。
本当に、自分のもともとのいい時の服で済ませなくてよかった。用意してくれた全員に心からの感謝を捧げたい。
神威の宴は男女別で催されることが多いそうで、昨日も春と夏の庭の宮様方が出席しておられた。
夏の庭の広い蓮池に、細長い御殿が渡されているのが会場で、涼しの御殿と言うそうだ。
その涼しの御殿のぐるりの戸をすべて開け放って、御簾(簾のいいやつ。豪華な布の縁がついてる。)も巻き上げて、風の通りを良くしてあるのでとても涼しい。よく見ると川船でも見たみたいに、吹き込む風が姿を結んでは解けてゆく。
池のぐるりに篝火がたかれ、御殿の簀子(戸の外の廊下みたいなところ)にも篝火があったけれど、それで熱いということはなかった。篝火にも風と同じく姿が結んで解ける。
一番面白かったのは室内の灯台で、白いパリッとした紙で覆われた中には揺れる光が、私には手を取り合って踊っている影のように見えた。
蓮池には背の高い蓮と、水に浮かぶ睡蓮が様々に植え込まれて、華やかで涼し気な景色を作っていた。蓮池の畔にある宮は蓮の宮だそうだ。
蓮の宮という方ももちろん席においでになった。
白い薄物にごく淡い紅を重ねて、その紅がほのかに上の白にうつっている。一番上の魔術師の衣はごくごく薄く、長く引いた裾には蓮の花の刺繍が施されていた。髪は見事に蓮を模した銀の簪を一つつけているだけで下ろしておられる。
蓮の宮様だけでなく、髪は櫛や簪でかんたんに飾るだけで背に流すのが、宮様方のお好みのようだった。そういえば萩の御方も髪はそのまま下ろしておられた。
私は春の王と夏の王の間の座についたので、居並ぶ宮様方を一望することができた。もちろん宮様方をからも私がしっかり見えたと思う。見の置きどころがないとはこの事だ。
春の王は梅の宮さまで、夏の王の落ちついてしっとりした感じに比べると、おっとりと可愛らしい感じの方だった。魔術師の衣の下に桃色の濃い薄いで重ねた色合いがとても似合っておられる。
宮様方は皆、魔術師の衣を纏ってはおられたが、魔術師の輪はつけておられない。これは神威の「宮制度」が魔術師制度と別のものだからで、塔で学んだ通りだった。魔術師の衣の方はむしろ神威の物が原形で、魔術師の側が取り入れたらしい。
食べ物は女性好みのあっさりした物が多かった。
大根と青柚子のあえもの、粘りのある真っ白な薯を刻んで香草とあえたもの、ほっくりとした小さな丸い芋をゆでて甘味噌をかけたもの。香魚という魚の塩焼き。白い身の魚に細かく包丁をいれて茹で、花のように開いたものに、梅の実の漬物を叩いたものをあえたもの。
なぜこんなにはっきり覚えているかと言うと、両王が左右から解説して下さったからだ。
料理は珍しくて美味しいものばかりだったし、場は始終和やかだったけれど、本当にくたびれた。
あんまり疲れていたので、商館に帰ってそのまま寝ようとしたら、商館長夫人に有無を言わさずお風呂に入らさされた。
化粧をしっかり落として髪の手入れをし、疲れをほぐすためにも入浴は重要だそうだ。
さすがに今日は朝寝坊をさせてくれたけど、明日はまたご招待が入っているそうだ。