六十二日目
塔主様の御用を果たすために、夏の庭の朝顔の宮に謁見を申し込んだところ、明日の午前中にお許しが出た。商館の職員の話では異例の速さなのだそうだ。正直を言えば私もちょっと驚いた。当主様のお使いとはいっても、あくまで私的なものだし、私本人は上級魔術師になったばかりの小娘なんだから、さすがに優先されることはないと思っていた。よほど当主様と懇意にしておられるのだろうか。
今日はむしろ来訪者があった。
萩の御方。秋の庭の萩の宮の奥方様だ。
慌てて服装を繕って商館の客間に行くと、背の高い、凛々しい雰囲気の女性が待っていた。丈の長い袴に、大きな袖の長い上着は薄紫の下に緑を重ねて裾と袖口に色を見せ、一番上
には薄絹で拵えた魔術師の衣を後ろの裾を長く引くように羽織っている。
すごく格好よかった。
あまりベタッと女っぽい感じのしない姿勢のいい姿に、裾をひく神威の女性の装束が不思議なくらい似合っている。何よりもこれほどに洒落た魔術師の衣を見たのは初めてだ。淡く下の上着の色を透かす衣にはよくみると、地紋に大ぶり水輪がはいっていて、裾の方には銀糸で細い魚が何匹も刺繍されている。
向かいあい、挨拶をして萩の御方が何のためにここに来られたのかがわかった。顔が三馬鹿の大将そっくりだ。
「初めてお目にかかります。萩の宮室、イーラ·ガジェロと申します。この度は愚弟イールが大変なご迷惑をおかけいたしました。伏してお詫び申し上げます。」
淀みなく真摯な口上、凛々しい目元。本当に格好いい。三馬鹿大将が馬鹿でなければこうなるのかと思うと感慨深かった。
「三人の身柄は一度私が預かり、それぞれ別の場所で心身を鍛え直すべく手配しております。特に愚弟に関しましては甘ったれた性根を叩き直さぬ限り、決して俗世にはもどしません。」
目に力強い光が宿る。馬鹿の大将ではこの人に勝てるはずがない。
「ご丁寧なご口上確かに承りました。イール殿の事は船を降りればお国の領分。すべておまかせいたします。」
正直、三馬鹿大将の名前なんて忘れていた。いっぺんしか使ったこともなかったし。とりあえずこの姉上に任せておけば、まず問題はなさそうだ。
萩の御方の帰られたあと、晶屋に仕舞い込んであった一番いい服と靴を出した。化粧品もちゃんとチェックする。明日は早朝から支度をしなければならないので、きっちり揃えておきたかった。
夕食にはパンが出た。
薄焼きパンじゃない、小麦粉の一番食べ慣れた、普通のパン。商館にはパン焼き窯があるのだ。焼きたてのパンは本当においしかった。
お風呂で汗も流したし、明日に備えてもう寝ることにする。




