五十八日目
朝一番に内海への関を通った。
両側に陸の迫った細い海峡は、まるで河口のように見える。その両側のどちらにも砦が建てられていて、太い綱が何本も渡してある。風見の爺さまが、綱の二本の間に板を渡した橋があるのを教えてくれた。見上げると確かに吊橋らしい物が見える。綱はどれも私の胴回り程もあって、何か問題があったときにはこの縄が全部降ろされて海峡を塞いでしまうらしい。
どちらの砦の物見にも厳しい兵が配置されていて海峡を渡る船を睥睨している。関を抜けた所に更に山城があって、その麓には軍港が作られていた。その軍港に一度船を入れる。
山城の裾に作られた来客用の館で、城を預かるという太守に拝謁した。
一応自前のいいときの服に、髪もきちんと上げて身なりを整え、塔主様の書状を持参する。
「リリカスの塔の御使者ですな。この関城の太守冬松宮にございます。」
太守は壮年の男性だった。冬の入る宮号を名乗るということは神威の四季の庭に宮を持っているのだろう。
神威という都の中央を占めるのが「四季の庭」と呼ばれる広大な庭園だ。庭は東西南北の四つに分けられ、東と南が女宮の住まう場所でそれぞれに春と夏の名が当てられ、西と北は秋と冬で男宮に当てられているらしい。神威の宮制度は他国から見ると難解なものだが、宮と呼ばれる者たちが神威の最高位の存在であることはわかる。つまり太守は、はるばる神威から赴任しているということで、この場所がとても重視されていることがわかった。
型通りの挨拶と贈答品の交換。無駄なようでいてこういう儀礼は馬鹿にできない。それは国同士の敬意とかなんかそういうものの確認とか表明なのだから。
と、塔主様に言われた。
なんかそういうものの部分ははっきりとは覚えてないけど。
国の外交なんて、全く私の柄じゃないし、私に手には負えない。でも上級魔術師の資格を取るとそういうものが義務として乗ってくる。今回の旅立ってだからこそ出ることが出来たとも言えるのだから、悪いことばかりじゃないのはわかるのだけど。
太守とは形通りの謁見に終始した。お陰でとても助かった。神威でもこんな感じですむといいなあ。
今晩は太守の饗応を受けなくてはいけない。
どうか無難にすみますように。
宮とは四季の庭に建つ建物の名であり、そこの主の名でもあります。関城の太守は冬の庭の松宮の主です。
宮は神の恩寵によって選び出されますが、その方法は秘されています。