四日目
昨日の釣りは残念ながら、ほとんど何も釣れなかった。こういうこともあるさと船員たちは笑う。だから昨日の夕飯は肉団子とじゃがいもの煮込みだった。
釣りの成果は残念だったけど、おかげで他の乗客と知り合うことができた。予想はしていたけど、同じぐらいの年頃の女の子はいなかった。普通、未婚の女の子は船旅に出たりしないんだから、仕方がない。若いめからおじいさんちょい手前までのおじさんが、五人。三人が一組で、あとの二人も連れなので、一人旅なのは私一人だった。みんなリカドの人で、どちらのグループも商売のための旅なのだそうだ。
偉そうに夕食の献立を書いたけど、釣りの成果見たさについつい甲板に長居したせいで、昨日はすっかり参ってしまった。ちょっと落ち着いてから、食堂にパンとチーズを貰いには行ったけど、煮込みはちょっと食べられなかった。
同情してくれた調理人が緑色の柑橘を塩漬けにしたものをくれた。酸っぱくてしょっぱい。確かに体調が悪くても不思議に食べられる。すごく酸っぱいけど。
朝にはすっかり元気になって、朝食は食堂で食べた。
食堂に向かう途中やけに揺れてあるきにくいきがするなとおもったら、やっぱりちょっと波が高いそうだ。鍋みたいな大量の熱湯の入るものは危なくて使えないそうで、朝食は薄切りの燻製肉とチーズをのせて軽く炙ったパンだった。
本当に揺れがひどかったので、大急ぎで食べて晶屋に戻った。うかうかしてたら絶対に酔う。水ばっかり飲むのがちょっと辛かったので、ちょっと贅沢して花茶をいれた。
花茶というのはアジャの花を干して作ったお茶で、甘い香りとちょっと酸っぱい味が美味しい。アジャは葉っぱもお茶になるし、実も食べられるので、良く庭の隅に植えられていたり、生け垣になってたりする。実は私の名前の由来もアジャの木だ。
そういえばこの花茶もお餞別だった。お湯を沸かすのに使った晶炉も。
昨日は女子のお餞別のことしか書かなかったから、男子のお餞別のことも書こうと思う。
リリカスの塔は都にあるし、当主様も女性だから女子が確かに多いけど、それでも男性魔術師のほうが数で言えばずっと多い。ほとんど貴族階級ばかりの女子と違って、男子はいろんな出身のものがいる。例えば花茶をくれたジャンは薬師の息子だし、晶炉をくれたルイは晶石細工師を目指していた。練習に作った晶具を格安で分けてくれるいいやつで、私が愛用してる晶灯もルイが作ったものだ。その細工の腕を見込まれて、晶石細工の本場であるラザルの魔術師の塔への留学が決まっている。
ジョセフは大量の干し肉をくれたし、エルドレイは領地の名物だとかいう、小麦で作った乾物をくれた。塩と砂糖をくれたやつもいるし、しっかりした綱を作ってくれたやつもいる。
結果的に担いで運ぶのは不可能な荷物の量になったので、どうしようかとおもっていたら、エドに晶屋を貰ったおかげで助かった。人が入れないような荷物入れ専用の小さいのを買おうか悩んでいたのだ。なければ困るだろうとわかっていたけれど、塔主様に頂いた路銀の半分ほども消えてしまう金額だったので、なかなか手が出なかった。エドがくれたおかげで本当に助かったのだ。エドがくれたこの晶屋ぐらいのものだと、路銀がほとんど消えてしまう。晶具の中でも晶屋は飛び抜けて高価なものなのだ。
お陰で膨大なお餞別のあれこれは晶屋の床下と壁際にきれいに収まっている。立ち上がれないとはいっても荷物を片付けて寝床を作り、更に箱をひっくり返して座卓にするぐらいの広さはあって十分にくつろげるのだから素晴らしい。
忘れずにみんなにお土産を買って帰ろうと思う。おみやげで少々荷物が増えても、晶屋があるから大丈夫だろう。
鍋が使えない船中で、アジャがお茶を入れているのは晶屋の中だからです。
晶炉はかなり一般化している晶具で、魔力をそそぐと発熱の魔法に変換します。船の調理場も大型の晶炉を使っていますが、鍋がすっ飛ぶと危ないので時化ると汁物がなしになります。