三十八日目
酒を飲むのには酌が入用ということらしい。甲板でうっかり遭遇したら、いきなり酌を強要されそうになった。仕方ないので押し付けられる前に酒壺を割っといた。
手に持った壺がいきなり割れて驚いていたけれど、握力が強いせいだと納得していた。握力の強さは男らしさの重要な要素らしい。いっそ受け取ってから割ってやりゃよかった。
あの手の連中はいっぺんしっかり叩き伏せといたほうが話が早いんだけど、外交問題とかになっても嫌だしなあ。実家の兄の持論は「やるなら徹底的にやっとけ。その方があとから絡まれずにすむ。」だった。本当にそうできたら手っ取り早いんだけどなあ。
逆に思うんだけど連中は、そこをどう考えているんだろう。
船長から塔主の使いという私の立場を知らされてないわけはないし、もしも塔を軽視しているとしても、「王妃」リリカシアの重みならわかるはずだ。そこを気にしない「貴族」って、親は明らかに教育を間違っていると思う。
そもそも朝からの飲酒ってあらゆる階層でまず歓迎されないよね。
それ以上絡まれる前に、船長に呼ばれた。
別に助け舟を出してくれたわけではなくって、普通に相談だった。風見の爺さまも、漕ぎての頭も揃ってる。
なんでもこの先で海賊が出るらしい。
海賊というのは概ね小島の多いところに出るんだそうだ。
確かに見渡す限りの大海だと海賊だって大変だろう。
船長の相談は見張りと、襲われたときの対応の依頼だった。
人命、船、積み荷の順で優先。
これは割と得意分野だから、普通に料金をいただく。自分も乗ってるし多少は割引価格にしとくけど。
そういうわけで、見張りのみ銀貨七枚、海賊対応発生であと十五枚という約束で引き受けた。船に登られないのが一番手っ取り早いから、船の外側に魔法陣をいくつか配置する。
甲板とか船内は連中の対応のための魔法陣を仕掛けてあるから手間いらずだ。だからって連中がいて良かったとはちっとも思わないけれど。
今日はそれで忙しくなったので、もう連中にかまってる暇はなかった。いや、たとえどれだけ暇があっても、連中には決して構いたくなんかないんだけど。
何かの時の話合いにアジャが参加しているのはアジャがこの船で最も格式の高い乗客であり、同時に上級魔術師だからです。
上級魔術師は時に「危険物扱い」されるほどの魔術の実力を持ちます。