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リリカシア=アジャ-アズライアの日記  作者: 真夜中 緒
航海編
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三日目

 今朝、初めて朝食を船の食堂で食べた。

 一昨日は船に乗り込んだのが昼前だったし、昨日は起き抜けに水を貰いに行って、そのまま箱をもらってしまったので、なんとなく気が急いて、パンとチーズをもらうだけで済ませてしまったのだ。

 食堂でとる朝食にはパンとチーズの他にスープがついてきた。豆と茸と、なんだかよくわからないものが入っている。何なのか聞くと、干した海藻を切ったものだった。だしが出るんだそうだ。茸も干したものを使ってあるそうで、味付けは茸と海藻のだしと塩だった。意外に味がしっかりしていて美味しい。パンの上にチーズをのせて炙るのも、食堂だけの楽しみだ。船は火を焚く所を厳しく制限しているから、食堂以外に乗客が使える火の気はない。食事が終わるぐらいまではなんとか持ったんだけど、やっぱりちょっと気持ち悪くなってきたので、晶屋に戻った。

 すっかり具合が悪くまではならない内に戻ったせいか、ゴロゴロまではしなくて済んだ。あまり気持ち悪くないのは助かるけど、それはそれでちょっと暇だ。だからと言って調子に乗って外に出ると、すぐに具合が悪くなるのもわかっている。さて、どうしたもんだろう。

 そういえば、晶屋以外のお餞別について書いてなかったなと気がついた。まるでこれでは晶屋以外のお餞別はもらってないみたいだ。そんなことはもちろんなくて、私はそれなりにたくさんのお餞別をもらっていた。

 いくらなんでもお餞別をくれる友人が、一人だけってことはない。

 だから、暇な間にお餞別について書いておこうと思う。

 まず塔主さまからは魔術師の衣を頂いた。これはお餞別と言うよりも、下賜されたという方が正しいと思う。普段着ているようなのではなくて、上等の織物でできた、ちょっと長めの衣だ。

 持って帰るとエリシアを中心に友人達が協力して、衣の縁に刺繍を入れてくれた。魔術師の衣に定められた色である灰色の地に、白と少しだけ金糸も使って施された刺繍は、派手すぎない程度に衣に優美さを加える。私としてはその衣の下に自分自身の晴着を着ればいいだろうと思っていたのだが、そこは友人たちに却下された。私の晴着では幾分丈が短くて釣り合わないというのだ。私をそっちのけにした友人たちの議論の結果、晴着はアリアの一昨年の晴着の丈を、私に合わせてつめてくれた。アリアは塔の仲間たちの中では一番背が高く、胸が大きい。アリア本人は今年の晴着である裾を引く優雅な衣装を提供してくれようとしたのだが、それはあまりに申し訳なかったし、他の友人たちからも止めが入った。

 「裾をふんじゃまずいわよ。」

 「そもそも、胸が合わないでしょ。ガバガバよ。」

 友人たちの見立てでは胸がきつくなって入らなくなったという一昨年の晴着のほうが私に合うということらしい。

 実際には一昨年の衣装の胸も大きすぎて、エリシアが手際よくつめてくれた。

 そうやって友人たちの協力で出来上がった私の魔術師の礼装は、今まで持ったことがないような優雅な代物になった。足首の丈のドレスは臙脂色で、裾と袖に人差し指を縦におけるほどの幅のあるレースがついている。その上に羽織る魔術師の衣には、ドレスに合わせて更に臙脂の模様を足した刺繍が、縁に沿ってぐるりと施されていた。髪をまとめるための飾りはドレスをつめた布で、マリーダがこしらえてくれた。靴は流石に私が持っていた「いい方の靴」でいいかという話になったが、徹底的に磨き上げられ、布の袋に収められて、神威で礼装を身につけるまでは開けないことを厳命された。

 「塔主さまのお使いなんでしょ。神威で変な格好をしてうろついてたらリリカスの塔の恥になるんだからね。」

 私がもともと持っていた晴着といい方の魔術師の衣もきっちり整えられ、魔術師の衣に自分でちょっとだけ施していた刺繍には徹底的に手を加えられて、「神威で普段に着る服」に指定された。更に勢いづいた彼女たちは私のなけなしの衣類を全て回収し、徹底的な洗濯と繕いを施した。そのおかげで私はまる三日借り着で過ごす羽目になった。帰ってきた衣類はどれも今までになくパリッとしていて、二枚ある普段用の魔術師の衣のどちらにも目立たないように地と同じ灰色の刺繍が施されていた。

 「刺繍針が暴走したのよ。」

 エリシアはそう言っていたが、意図する場所とは違う場所にそれようとするか、そうでなくともサボりがちな刺繍針しか扱ったことのない私にはただもう驚くばかりの早業だった。

 更に彼女たちからは「ささやかな心遣い」がたっぷりと差し出された。しみ抜きの魔法陣、髪を整えるための香油とそのレシピ、簡単な芋や豆の料理の作り方。

 「アジャは大技は得意だけどこういう基本的な小技が抜けてるからね。染みだの鈎裂きだのはさっさと治すのよ。そのままになんかするんじゃないわよ。」

 一応同世代では唯一の上級資格合格者なんだけど、一言も言い返せなかった。試験にしみ抜きの課題がなくて、本当に良かったと思う。

 なんだかんだ書物をしている内に体調もすっかり戻ってきた。ちょっと外へ出て歩き回ってこようと思う。今日は潮目が良さそうだから釣りをしようかと話している船員がいたから、探してみるのも面白そうだ。

 魔術師の衣は世界共通の規定があります。

 

 色は灰色であること。

 二枚の布を合わせて背中心を縫い、前身頃は縫わずに身体の前に垂らす形であること。

 袖はつけないこと。

 

 地域柄で長さや刺繍の有無、衣のとめ方などが変わります。

 聖白銀の輪と違い、初級資格者の着用も認められています。

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