二十九日目
朝からまず宿を探した。新しい船が入ってくると探しにくくなるかと思ったので。
「底辺の宿はやめとけ」とのお達しがエドから出ていたので、そこそこ小綺麗な宿を探した。港からあまり離れてないところのきちんとした厩のある宿に決める。銀貨5枚。安くはないけどまあいいとする。
部屋を決めるとすぐに街へでた。明後日の夜明けには出港なので遊ぶとしたら今日明日しかない。明日の夕方には船に戻るつもりだから今日は目一杯街を見て回るつもりだった。
朝の市場は午後とは違う活気に満ちていた。なにが
違うかというと、たぶん「これから働くぞ」ってとこだと思う。魚とか、買い込む量が違う。あからさまに業務用って感じ。市場でも私みたいにほとんど冷やかし目的な感じではなくて、必要なものを買いに来てますって感じの人が多い。
どう考えてもうろうろしてると邪魔な感じだったので港に一度戻った。港には船の船員や乗客相手の屋台が一日中出ていて、座れる場所もある。うまく港の仕事の邪魔にならないように配置されているのが、よく考えてあるなあって感じだ。
すっかり気に入ってしまった薄焼きパンの屋台が出ていたので、そこで朝ごはんを食べることにした。
そこで知った驚きの事実。薄焼きパンって実は芋なのだ。
見たことのない芋の皮を剥いてすり潰し、しっかり混ぜて粘りが出たものを平たく伸ばして焼く。生地は結構しっかり灰色なのに、焼けたパンは狐色なのが面白い。いつぞやおすすめされた木の実と蜂蜜の甘いパンを試してみることにした。
銅貨五枚、たしかに安くない。でもとても美味しい。この木の実はアジャの実の種みたいに、種を割って中の仁を食べるのだけど、アジャの種と違ってカリカリした食感が美味しい。ちょっと炒ってあるのか香ばしくて、それが蜂蜜とよく合う。
今日出港する船なのかいくつもの樽を積み込む船。
私が乗ってきた船からは逆に樽が降ろされている。昨日、空いた樽だけでなく、すべての水樽を空にして手入れをしていた。水はすべて必ず新しい水にするのだそうだ。その樽を降ろしているらしい。そういえば、私が船を下りるときには洗濯屋が荷物を取りに来ていた。
朝食を食べ終わると改めて市場に行った。
さっきの慌ただしさが落ち着き、普通にそこそこ賑わっている。鮮やかな布を売っている店を見つけた。この布が絹でも毛織物でもない。なんだろうと思っていたら、木綿だと言われた。木綿というのは木から取れる綿なんだそうだ。薄く織られた布の手触りはさらっとしている。絹ほど柔らかくないし、艶もないけれど、これはこれで素朴な感じがしていいと思う。
よく考えると昨日借りた浴用着もこの布だったような気がする。昨日はお風呂に舞い上がってて気付かなかった。
よくよく見ると市場でも一番着ている人が多いのは木綿らしい。なんで今まで気づかなかったんだろう。
古着屋にまわってみたけどこちらは意外なくらいに木綿がなかった。たいていは毛織物で、革製品も置いてるのはリリカスとあまり変わらない。値段はリリカスより高いけどそれは別にフシギではないと思う。島で羊をたくさん飼うわけにはいかないだろうと思うので。
街で見かける女性はみんな、胸の上からふくらはぎくらいまである布を巻いて、上からもう一枚肩にかけているみたい。流石にその格好をする勇気はなかったので、布を一枚買って二枚に切って、肩と脇を簡単に縫って着てみた。(私だってそのぐらいはできる。)上から魔術師の衣を羽織って帯でとめると、結構それらしく見える。その格好であるいてみると、この布はとても涼しいのがわかった。ちょっと張りもあるし結構風が通る。ズボンは毛織物のままだから一層その差がよくわかった。
リカドに比べるとラジャラスは蒸し暑い。
リカドも夏の昼間はかなり暑いけど、ずっとカラッとしている。リカドでなら毛織の服で日差しを遮るだけで随分しのぎやすくなるけど、ラジャラスでは衣類の風通しを良くして、ある程度肌を出したほうが楽みたい。
木綿は南の土地を代表する繊維です。他の土地ではほとんど栽培されていません。西のリカドでは遊牧が盛んなので、最も一般的な衣類は毛織物になります。
西の芋は淡い黄色ですが南の芋は黒っぽく、潰すと灰色がかって見えます。