二十日目
一つわかったことがある。
限度を超えて揺さぶられると、人間はもう酔わないものらしい。
昨日も一昨日もスープはでなかった。でも、そんなことは全然大した問題じゃなかった。凄まじい時化だったのだ。どのぐらいすごかったかというと、晶屋に入ることを禁じられたぐらい。
もしも船に何かあった時に晶屋に入っていると厄介なことになる可能性があるのだそうだ。晶屋の入り口は開いたところには固定されるものだけど、船の上などでは当然船に固定される。船が壊れると出口の固定が揺らいで消えてしまったり、漂流したり、船と一緒に海底に沈んだりしてしまうのだそうだ。
そんなことになったら結構悲惨なことになりそうなので、私は素直に晶屋を出て船室で大人しくしていた。大人しくと言うか
、寝込んでいたんだけど。
最近ちょっと船にも慣れたかなとか思っていたのだけど、甘かった。逃げ込める晶屋を封じられるとやっぱり船に酔う。ベッドの下に緩衝の魔法陣を仕込めば、ベッドの上だけでもマシな状態にできるんじゃないかって気づいたけど、そんな繊細な魔法陣の調整なんてできそうにないほどに気持ち悪い。これはしばらくは耐えるしかないかと観念して横になっていたら、物凄い揺れが来てすっ飛んだ。
本当にすっ飛んだのだ。ベッドから床に。
思いっきりぶつけた肩をさすりながら起き上がると、ベッドががっちりと床に固定されているのに気づいた。どっちにしても魔法陣を仕込むのは無理そうだ。
それにそこからはもうそんなことはどうでもよくなった。
揺れる、というより、すっ飛ばされる。
つねにぐらんぐらん揺れている船はさらにしょっちゅう突き上げられた。そのたびに体が浮く。わたしはベッドにこだわるのを諦めて、床で毛布にくるまった。
窓は開けなかった。
開けなくても雨だの波だののぶつかる音がひっきりなしにしていたからだ。
いつの間にか気持ち悪いのはきえていた。スッキリ爽快なわけではなくて、本当にそれどころじゃなかった。船は揺れていたし、突き上げられていたし、時々傾いてもいた。
水樽とパンの籠が届いた時はびっくりした。この揺れの中で複雑な船内を走り回れるなんて驚きだ。
でも考えてみれば彼らは嵐を乗り切るためにそうやって船をあやつっているわけで、水とパンを運ぶくらいは片手間でできる仕事らしかった。
自分では気づいてなかったけれど、ものすごくのどが渇いていたみたいで、水樽に口をつけてごくごくと飲んでしまった。エリシアあたりに見られたら、行儀が悪いと叱られそうだ。
パンはたべられなかった。
気持ち悪くはなくてもあんまり無茶苦茶に揺さぶられたので、お腹がすいてるんだかいないんだかわからなくて、食べる気にはなれなかったのだ。
時化はとても長かった。
なんだかもうこの世の始まりから揺さぶられてたんじゃないかという気がしてきた頃に、やっと雨がやんだ。
時化がおさまったあとも大変だった。
船にはいくつか修理しなければならない箇所がでたし、ジェムさんたちの船室は相当散らかってしまったらしい。それに水の入った場所もあって、できるだけ早く手当しなければいけない。
私の部屋の窓からも多少雨や波が吹き込んでいたけれど、それは自分でさっさと片付けた。
とりあえず水の始末に手を貸すことにして、走り回った。
備蓄の干し肉も幾つか水の入った籠があったので、肉を出して広げて乾かし、籠の方も乾かす。水が入った部屋はどれも私の部屋と同じように雨や波が吹き込んだか、流れ込んだかした場所ばかりで、船に水漏れがおきたりはしていないようだ。良かったと思う。
あれやこれやで二日も日記をとばしてしまった。
なんとか船内も落ち着いたし、大したことにならなくて本当に良かった。
晶屋の入り口は「晶屋の本体である晶石」が晶屋の内部に入った時には晶屋を開いた場所に固定されます。大抵の場合は「床」に当たる部分ですが、開き方を工夫すれば固定する場所は変えられます。