百二十四日目
晶屋から出るとなんだかどんよりした曇り空だった。結構肌寒い。
朝食には昨日の雑炊の残りを食べて、笠を被り、水筒を持って出発した。しばらく歩くと塔らしきものが見えてきた。結構近くまで登ってきていたらしい。かなり近づいたところでもう一度晶屋をあけてリカドの普通の服と魔術師の衣に着替えた。
魔術師の塔に魔術師が行くのに魔術師の衣を着ていないのはおかしいだろうと思ったのだけれど、私が持っている龍の島の魔術師の衣というと、宮さま方に着せ替え人形にされた時のと玉藻様に頂いたのしかない。
あの、どこから見ても貴婦人風の衣装は山を歩くと場違いどころの話じゃないし、龍の島の旅装束の上に普段の魔術師の衣を上手く着付ける自信もない。そのぐらいならいっそ全部着替えてしまえと思ったのだ。
幸いちょっと肌寒いくらいだったので肌を覆うリカドの衣装でも辛くはない。本当に久しぶりに「普段の私」らしい格好をするのは、なんだか変な感じでもあった。
着替えると、明らかに合わないので笠も晶屋に置いて、本当に身一つと言うような格好で魔術師の塔の門を叩いた。
龍の耳の塔。
龍の島、唯一の魔術師の塔にして、世界最東の塔。そして唯一の上級魔術師の所属しない塔でもある。
つまり私が塔に入っている間は、私が塔の最上位者になるのだ。
吾作さんの話では塔をまとめているのは厳格な女性魔術師との話だった。厳格、というのは身分の秩序にも厳しいということだろうと思う。もしそうなら、ちょっと面倒なことになりそうな予感もあった。
で、予感はあたってしまった。
なんというか、ちょっと頭の痛い状態だ。
明日からどうしたもんだろう。
魔術師の塔の塔主や首脳陣に上級魔術師を配するのは、まず塔の本来の目的である魔術の研究や後進の育成のためです。
また、国内の上級魔術師の数は戦力としても数えられるので、どの国も上級魔術師の獲得には熱心です。
龍の島は神の恵みが厚いため、魔術戦力の必要がなく、民も魔術に触れることが少ないため、魔術師や志願者の数が極端に少なくなっています。
歴代の龍の耳の塔の塔主にも上級魔術師はほとんどいません。