百十七日目
朝からまた雨が降った。たいした雨ではなかったけど、ちょっと億劫な気持ちになって午前中は宿にいた。
船は食事付きではないそうなので、食べ物は用意しなくてはいけないし、寝具も自前だそうだ。一通りの準備はあるから別に困らないけれど、荷物をどう持ち込むのかは考えどころだ。
大荷物を持つのは嫌だけど、荷物が小さすぎてもおかしいということになりそう。
どうしようかなとうだうだしているうちに、雨がやんできた。とりあえず昨日の鶏肉は買いたいので宿を出た。
食べ物以外の店も冷やかしてみる。ここでも煌の絹織物が目についた。それから刺繍をした龍の島の薄絹。木綿はほとんど見かけず、やっぱり一番多いのは麻だ。触ってみると神威の麻よりも少し硬い。細く柔らかな麻糸を紡ぐのは技術がいるそうなので、神威の技術には追いついていないということなのだろう。
龍の島以外の装束を着ている者はまるで見かけない。神威ではポツポツ見かけたのでそこもかなり違う。
思いついて、港のそばの店を覗きに行った。やっぱり思ったとおり、船員や船の乗客相手らしい店がある。大判の風呂敷が色々揃っていたので、一枚買った。風呂敷一つ分の荷物では多分少なすぎるだろうと思ったので。
櫛や手ぬぐいも置いてあったので、いつも懐に一つ入れてある櫛を店主に見せて買う気がないか交渉してみた。
船旅じゃなくても便利な品だと思うけど、私の中ではやっぱり船のためのものという意識が強い。あの髭地獄はかなり印象深い体験だった。船酔いしながら、他人の髭の手入れをする羽目になるというのは、かなり辛いものがあったので。
龍の島の髭面率はそんなには高くない。
でも烏帽子に押し込みっぱなしの髪は汗づくだろうし、手入れだってしたいだろうと思う。
店の主人は興味は示したけれど、数が十枚ちょっとでは商売にならないという。そもそもそういう商品は様子を見ながら投入して、売れるようなら日常的に扱えるようにしたいのに、制作できるのが旅行者では困るというのだ。符の書き方を教えることはもちろんできるけれど、値段は金貨の単位になるというと、無理だというので話は流れた。
こういう商談というのは、やっぱりなかなか難しい。
それはそれとして久しぶりに櫛を二十枚ほど買った。とりあえず作っておこうと思ったので。船が出るのは明後日だからどうせ明日は暇なのだし。
昨日の鶏と蕎麦と、あとは干飯を買った。
船では客は火を使えず、お湯をもらえる程度らしい。これなら湯漬けで食べられるそうで、船といえば干飯なのだそうだ。
夕食はちょっと残してあった葱も使って、昨日と同じものを作って食べた。
やっぱり肉は美味しい。