百八日目
朝から小雨。
意気は上がらないけれど、たいした雨でもないのでいつも通り出発した。
景気づけに晶屋で炒っておいたアジャの種を幾つか懐に入れて、食べながら歩く。カリッとしてホクっとして仄かに甘い。懐かしい味だ。子供のころから食べ慣れた味。
暖炉のそばの籠にいつでも入っていて、適当に灰に埋めて焼いて食べる。たまに埋め方が悪いとびっくりするほどはぜて、叱られた。晶炉で炒る時は蓋をしっかり押さえて炒る。音と衝撃が消えたら焼きあがりだ。
リリカスを出発したときはまだ夏になっていなかった。今はリカドも夏の盛りだ。草原の草が伸び、砂漠に僅かな雨の降ることもある季節。
家畜の仔を大きくするのに、みんなめいいっぱい働いているだろう。
小雨のせいで誰もがちょっとうつむきがちに、そして足早に歩く。でも小雨なので、人通りは少なくない。
笠に雨の当たる音で雑音は消えてしまうこともあって、不思議なくらい静かだった。連れのいる人も言葉少なにただ黙々と歩く。
四十番まで歩いたところで休憩をとった。
きゅうりの漬物をかじる。ここの茶屋は甘味よりは漬物に重きをおいているようで、茄子や茗荷、瓜や青菜の漬物もある。きゅうりが美味しかったので夕飯用に、刻んだ漬物を取り合わせて買ったのだけど、結構重いし湿った荷物になったので、こそこそ晶屋をあける羽目になった。箱膳の中の器に包みを置く。
「うわあ」
晶屋を出たところで叫ばれた。見られたらしい。
慌ててその場を離れて街道に紛れた。
ちらっと見た影は若い男のようだったが、若い男なんて街道の上にうじゃうじゃいる。別に悪いことをしてるわけじゃないんだから、聞かれれば説明もするが、できれば目立ちたくはなかった。
出来るだけ足早に歩いて、日のくれた頃に四十五番宿についた。こんなにも歩いたのは初めてだ。なんとか泊まれるとこも見つけ、炊事場で初めてご飯を炊いてみた。ちょっとおこげが多いけど、まずまずの炊き加減だとおもう。
夕食は炊きたてのご飯と漬物。残ったご飯は最後に残っていた貝の甘辛煮を混ぜておむすびにした。
やっぱりとても美味しい漬物だった。
晶屋に驚いた人が、あんまり気にしてないといいけど。