『入学編⑥』最後の一人
ギリギリになりましたが、なんとか年内に予定していた投稿完了です!
「さて、どうせまだ本格的な授業が開始までには時間がある。……これで全員なら、いっそのこと盛大に宴をしてもいいのだが」
ガッカリ王子がその場にいる全員を見回す。
「1、2、3……8人。そのうち、生徒が5人に教師が一人」
「一人足りませんね」
わかり切っていたことだが、この寮の最後の一人がまだ揃っていない。
「教師ルリス、最後の一人はいつごろ到着する予定になっている?」
「う~ん……ちょっとわからないですねぇ。最後の一人についてはあまり詳細な情報も入って来てませんし……」
「それは変だな。貴族ならば年鑑に示し合せればわかるはずだし、ギフト保持者ならば担当者もついているはずだ。だとすれば平民か?」
ガッカリ王子はああでもないこうでもないと、最後の一人について考え始めたようだ。
「オレたちはどうする? 暇だし、寮の探検でも行くか?」
「……そうだね。アレは放っておいてもいいだろう」
「あっ、アタシもいく!」
「わたくしもお供しますわ。ちょっと、あの方と一緒にいるのも大変そうですし」
ロールがそう言えば、当然のようにメイドさんの同行も決まる。
それぞれで今後の予定を決め始めた時、流れに乗りきれなかったルリスと立場上主人を放置して離れるわけにいかないドルーマンが恨めしそうな視線を向けてくるが逃亡は自己責任でお願いしよう。
「それじゃあ、行く――」
ヘラクの言葉が最後まで発される直前、二人を救う声が発せられることになる。
そして、それは同時に僕たちの逃亡失敗を告げる声ともなるのだった。
「お待たせして申し訳ありません。本日より、こちらの寮でお世話になります。ヘンウェン・キャバーグ……キャバーグ侯爵家の末女でございます」
そう名乗った少女は上から下まで全身に漆黒のドレスを身に纏い、どこか怪しげで退廃的な雰囲気を醸し出していた。
その姿を見た僕はまるで死が具現化したような感覚を受けるのだった。
◇◆◇◆◇
(死を体験したことがある僕と言えども、死を実感したことはない。彼女を見て、死を連想したのはあくまでも本体が割られた直後に暗転した意識……深淵に沈みゆく感じが似ていると思っただけだ)
そんな僕の感想を余所に、ガッカリ王子は侯爵家の令嬢と名乗ったことを訝しんでいた。
彼だけでなく、ロールもルリス先生も。つまりはある程度の身分制度についての造詣が深い人物は同じ疑問に辿りついているらしい。
「キャバーグ侯爵? 聞き間違いか? たしか、あそこの家にオレと同い年の子どもがいたなどとは記憶にないのだが……」
「わたくしもです。……失礼ですけど、あなた年齢を間違えてはいませんこと?」
「いえ。間違っていません。私は今年7歳になりました。王立学院への入学条件は満たしていると思います」
「……ふ~む」
ガッカリ王子考え込んでも碌なことを思いつかないんだからやめておいたら?
そんな冗談も深刻そうな雰囲気に言うことが出来ない。
何がそんなに問題なのか、僕たちにはわからなかった。
悔しいが、それが生まれ持っての差。身分というモノなのだ。幸運なことに現生、そして前世においてもそれを実感する立場にいなかった僕にとっては未知の領域である。
「教師ルリス、彼女が言っていることは正しいのか?」
考えても思い浮かばなかったのか、この場で一番状況に詳しいであろう人物へと問いかけが行われる。
しかし、ルリス先生は考える素振りを見せることもなく即断で首を横に……否定を示した。
――ただし、それは彼女が嘘を言っているからではなかった。
「殿下。申し訳ありませんが、私にはお答えできません。先程も申した通り、私は彼女に関する情報を持ち合わせていないのです」
そう、ルリス先生もヘンウェンについては知らない。だからこそガッカリ王子の質問にも答えることが出来ない。
だが、その返答では彼を納得させることもまた出来なかった。
「では、ヘンウェン嬢に質問だ。……貴族名鑑にも載っていない、同じ立場のロール嬢だけでなく王子であるオレにまでその素性を認識されていない」
この時、僕は改めてことの重大さに気付かされた。
冗談交じりとはいえ、学院では平等。王子として扱われることを嫌がっている様子のガリレオが王子としての立場を自ら明らかにする。
それがどれほどのことかに気付いたために……。
「――君は本当にキャバーグ侯爵家の末女なのか?」
偽りは許さない。
この時のガリレオからはそんな気迫が伝わってきた。
もしも、偽りを述べたのならば、彼は迷いなく彼女を断罪していただろうことが手に取るようにわかった。
彼女がこの時、嘘偽りを述べなくてよかったと僕は後々になっても感謝している。
「ええ。間違いございません。……ただし、そう認められたのはつい最近のことです」
ヘンウェンはガリレオの気迫に気圧されることなく、それどころか表情を変えることすらなく淡々と答えたのだった。
「どういう意味だ? まさか、君は養子……なのか? だとすれば納得はいくが……いや、しかし――」
「――養子なら推薦入学扱いになる。つまりは、その情報が入ってきていないのはおかしい。そういうことね?」
先を越すように告げられた内容にガリレオは別段気分を害した様子もなく、こくりと頷く。
その眼は未だ弱まることなく、ヘンウェンに向けられており、彼女に続きを促した。
「……質問にお答えします」
それに対し、ヘンウェンは聞かれることがわかってはいたが発するのが不快なのか眉間に深いしわを刻みながらさらに感情を消して答えていく。
「養子ではありません。記憶にはありませんが、間違いなくキャバーグ侯爵家の娘です」
「そうなると、最初の質問に立ち戻らねばならん。……悪いが、身元のハッキリしない者を学院に置くことはできない。間違いなくキャバーグ侯爵家の者だというのならば存在が秘匿されていた理由を教えてくれ」
「……いいでしょう。それであなた様の気が晴れるのでしたら」
◇◆◇◆◇
「私は秘匿されていたわけではありません。生まれてすぐになかったことにされただからこそ、私の存在が世間に出てこなかっただけです」
ヘンウェンはガリレオだけでなく、この場にいる者全員に聞こえるように声を張った。
まるで自分の痛みを知り、同じ苦しみを味わえと言っているかのように。
「殿下、とお呼びすべきでしょうか? あいにくと不勉強でお名前を知りませんが……」
「……いや、この場ではガリレオと呼んでくれて構わない」
心の叫びに何かを感じたのか、僕たちと出会った当初のように少しくだけた口調で応えるガリレオ。
ヘンウェンはガリレオの要望に応えることはなく、あくまでも殿下と呼び初めて質問を投げかけた。
「――私の母、キャバーグ侯爵夫人をご存知ですか?」
「……? ああ、知っている」
ガリレオはそれがどういう意味を持つのかはわからなかったが、真摯に答えた。
「たしか、今から7年ほど前に亡くなったと聞いている。死因は知らないが、君の年齢を考慮すると何か関係があるのだろう?」
「はい。母は私を産む代わりに死にました」
続けられた言葉に、僕たちは誰しもが息を呑んだ。
「――私が殺しました」
「なっ……!? ど、どういうことだ?」
誰もが何も言えなくなった中、それでもガリレオは気丈に振る舞った。
だが、その声は上擦っている。
無理もない。
生まれたばかりの赤ん坊。そのはずの彼女が実の母親を殺したと言い切ったのだから。
「母は私のギフトの最初の犠牲者です」
「ギフトだと!?」
ガリレオが僕たちを代表するように驚愕の声を上げる中、彼の侍従であるドルーマンだけはヘンウェンの言葉に納得を示していた。
「……なるほど。ギフト保持者だからこの場にいるということですか」
「どういうことです?」
僕は思わず、問いかけていた。
ギフトが関係しているというのならば僕にも無関係ではない。いや、そうでなくても尋ねずにはいられなかっただろう。
「……おそらくですが、彼女の言っていることは正しいのでしょう。真実かどうかはともかく、彼女のギフトの影響で母君つまりはギャバーグ侯爵夫人がお亡くなりになったのは間違いない。……少なくとも、侯爵家ではそうなっているということです」
「…………?」
「つまり、死因が彼女にあるとギャバーグ侯爵はそう考えたということですよ」
「そんなっ! 彼女の父親がですかっ!?」
信じられない。
それが僕の正直な気持ちだった。
「……信じられないのはわかりますが、それほどに強力なギフトということでしょう。生まれたばかりの子どもがやったと確信するだけの強力な、ね」
そんなバカな……。
では、彼女の父親は生まれたばかりの愛しいはずの赤子が自分の母を殺したと信じたというのか?
「彼女の容姿も原因かもしれませんね。たしか、侯爵も夫人も髪色は栗色。瞳は侯爵がグレーで夫人がライトグリーン」
「……彼女はどちらも黒、ですか」
「……ええ。それも不吉なほどに真っ黒です。気が動転している時に自分とは似ても似つかない子ども。取り乱す条件としてはピッタリかと」
「父は私を母殺しとして監禁しました。生まれた赤子は死産ではなく、そもそも生まれなかったことに。母親が妊娠していた事実すらも隠し通しました」
「……執念、いやまるで怨念だな。よもや王家にまで隠し通すとは」
「そして、私は監禁生活を最近まで続けていました。ただ、そこで変化が訪れたのです」
「――学院からの使者が来た。ですね?」
「そうか! 王国ではギフト保持者を把握している! つまり、いくら隠してもどこにいるのかはすぐに調べがつく」
「……そうです。そして、そうなってしまえば、父に隠し通すことはできませんでした。監禁生活が終わり、それからは世間に出しても恥ずかしくない程度の教養を身に着けさせられました」
「これはその時の傷です」
そう言って、彼女はドレスに合わせたレースの手袋を外してみせた。
「「「!?」」」
そこには幾重もの傷があった。
鞭で叩かれたようなものから、皮膚を焼いた痕……様々な傷跡が。
「父は私を殺し切れなかった。どんなに憎く思っていても亡き母の願いを破れなかった。それが弱さでした。だから、監禁生活なんてあいまいな方法を取ってしまった。そうすれば私が死ぬとでも考えていたのでしょうが、知識を与えないものだから死ぬことも出来なかったのです」
「私のギフトは災厄。幸運と引き換えに代償を背負わせる力です」
「幸運と引き換えに? どういう意味だ? 災厄ならば一方的なものではないのか?」
「……いや、違うよ」
僕の呟きは思った以上に大きく、一斉に視線が集まる。
僕はゆっくりと歩いて行き、ヘンウェンの手を取ると彼女の瞳を見つめながら告げた。
「与えられるだけの幸運なんてありはしない。幸運にはそれ相応の対価が必要だ」
そう、お金を払うという対価で恩恵を受けるように。
「対価は時には試練と呼ばれ、過ぎたる試練は災厄になる」
博打で借金が嵩み、身を破滅に導くように。
「求めるモノが大きいならば、努力を怠ってはならない。道を歩くことを諦めてはならない。諦めた者にはそれまでの努力を裏切った代償が支払われる」
「おそらく、ギャバーグ侯爵夫人は彼女を授かったことに幸福を感じていたはずだ。欲が出るほどにね」
「……どういう意味だ?」
「ドルーマンさん、ギャバーグ侯爵家のヘンウェンを除いた家族構成は?」
「侯爵、それに男児が4人と女児が5人です。うち、長男と次男は彼女が生まれる時にはすでに成人に。長女の結婚も控えており、ヘンウェン様を除いて全員に自家と同等あるいは有益な関係の婚約者がおります」
「わかったかい? つまり、夫人は欲をかいたのさ。さらに他家との外交手段が増えるとね」
もちろん愛しさもあったはずだが、強欲が過ぎたね。
「それに、君は生まれる前に気付いた。だから、出産に大きな試練を与えた。……もしかしたら、生まれるまでに幸運もあったのかもしれないけどね?」
そしてその対価を払いきれなかった。
結果、命を落とした。
だけど、それを誰かのせいにするのは間違っている。
何はともかく伝えなくては!
「君は間違ってなんていない! その気高さは誇るべきだ!!」
思いの丈をぶつけるように叫ぶ。
「っ!!」
「……ぅん、ありがとう」
そう言って、彼女は大粒の涙を流した。
波乱の顔合わせとなったが、こうして僕たちは新たな生活をスタートさせた。
深夜のテンションで一気に書き上げた話なのでところどころおかしいところがあると思います。よければご指摘のほどをお願いいたします。 ブヒッ!




