『ぶたさん貯金箱』異世界へ
思い付いたままに書いてみました。他の作品も連載中なので更新は遅いでしょうけど、よろしくお願いします。
まあ、ほぼあらすじ通りの元『ぶたさん貯金箱』が異世界でも貯金するお話です。
※ちなみにタイトルは金命=きんめいと読みます。天命と迷ったのでそう読んでいただきたいっ!
――バンッ!
ドアを荒々しく開くその音が、懐かしくそれでいて儚く聞こえたと思ったら僕の意識を覚醒させた。それは今際に聞いた自身の砕ける音を彷彿とさせた。
「生まれたのかっ!」
慌てたように駆け寄って来たのは、人間の男。おそらく大人だろう。
「ええっ、見てください! とっても元気な男の子ですよ!」
すると男の声に応えるように女の声が聞こえた。
それもすぐ近くで。
その段階になってようやく僕はおかしいと思った。
(近い…というより、伝わってくる?)
まるで直接響いてくるような声。出所を探るべく、意識を集中させると薄ら曇ったような感覚に包まれた。
これは、夏の暑い時期や冬によく見られた現象だ。
自分ではどうにもできないのが歯がゆくて仕方がない。
「おっ! 目を開いたぞっ!!」
「あらっ! ほんとうねっ!」
僕は愕然とした。
薄ぼんやりとしか見えないが、二人ともが僕を見つめているではないか。
「うふふっ、ママですよ~」
「パパだぞ! わかるか?」
この時、ようやく人間に生まれ変わったことに気付いたのだった。
◇◆◇◆◇
僕の話をしておこう。
僕は豚だ。
飛べない豚だ。
おっと! 飛べない豚だからと言って侮らないでほしい。僕はただの豚じゃあない。
かの有名な『ぶたさん貯金箱』だ。
しかも、持ち主が大事にしてくれていたことで心の宿った付喪神さ。
前世では、地球の日本という国にいてそれはそれは大事にお金を蓄えていったものだよ。
僕の持ち主は幼い頃からずっと使うでもなくお金を貯め続けた。それこそ貯めるのが趣味って言ってもいいぐらにね!
そんな持ち主だけど、別れは唐突に訪れた。
「これで夢が叶う」
そう言って、最後に一万円札を入れるとそのまま僕を大事に持ち上げたのさ。
僕はそれで確信したね。
(…ああ。ようやくこの時が来たか)
貯金箱の仕事はお金を貯めることさ。
だけどね、お金っていうのはただ貯めればいいってものじゃない。いずれ使うべき時には使わなきゃいけないモノでもあるんだ。
だから、ハンマーを振り下ろされる瞬間は別れの悲しみとようやく役目を果たせたという嬉しさがごっちゃ混ぜになってしまっていたよ。
さて、これで前世の身の上話はおしまい。
これからは現世の話をしよう。
◇◆◇◆◇
「お~、今日もお前は可愛いなぁ~リムニル~」
デレデレとした男、名をアドニル。
今世の僕の父に当たる。そして、父が呼びかける僕の名はリムニルだ。
「あぅ~?」
人間…というよりも生き物としての感覚がないから比較的普通の赤ん坊と同じように時々の感情の赴くままに行動している僕は、仕事はどうしたの?と訴えてみた。
まあ、まだ首が据わりきっていないから適当に手を伸ばしてみるだけだ。
「可愛い~」
やはり駄目か。
この父はどうやらかなりの子煩悩らしく、一度こうなったら誰にも止められない。
小さいとはいえ、自分の店を持つ者であるのに嘆かわしいことである。
僕は前世の経験から金を大事にしない奴にはそれなりに厳しいのだ。
これは早く仕事に戻るようにせねばっ!
そう意気込んだものの、部屋の外から聞こえてくるドタバタという音で決意は崩れ去った。
「マズイッ!?」
おそらくは母だろう。
アドニルは慌てたように懐から小さな巾着を取り出した。
「……せっかくのへそくりが見つかってしまうっ!」
なるほど。
どうやら、アドニルはただ暇つぶしに僕の所に来たわけではないらしい。
アドニルと僕は一つの共通点を持っている。
それは金が好きだということだ。
ただし、アドニルの場合は集めるのが好きなのであって使う方にはなかなか消極的なようだ。
そして、母は小さな商店で余裕があるわけでもないのだからある程度以外は家計に回せるべきという考えの持ち主。
こうして度々、隠してはケンカに発展する場面をもう何度も目撃している。
それにしても、母はアドニルが金を隠すことに関しての嗅覚が異常だと言わざるを得ないな。
「どうするっ? どうすれば…」
やれやれ。
そんなに困るのならば、僕に会いに来る前に隠せばいいものを…。
「そうだっ!」
と、アドニルはなにやら名案を思い浮かべたらしい。
ここはお手並み拝見といこうか。
「リムニルっ、頼む! 預かっててくれ!」
がっかりだよ。
アドニルは私の体の下に巾着を隠すとバレないようにそそくさと部屋を出て行ってしまった。
遅れて部屋の前を通り過ぎる足音が聞こえたところをみるに、上手く撒けたのだろう。
それにしても、僕にお金を預けるとは…。
ここは本気を見せねばならんな。
これでもお金を預かることに関しては一家言ある僕だ。
このお金は絶対に守り切って見せよう。
ひとまずは別の場所に移さなければ、さすがに体の下にあると気になって寝苦しい。
「だっ!」
最近覚えたばかりの寝返りで巾着の上から移動し、何度か繰り返すことで巾着を外に出す。
さて、問題はここからだ。
出したはいいが、どこに隠すべきか?
以前だったら、肚に隠すのだが、今やったら確実に腹を壊す。
かといって柵に囲まれている状態ではどこかに隠しに行くこともできない。そもそも僕はまだ歩けないのだ。
「あう?」
(……おや?)
考えすぎて知恵熱が出そうになっていると、巾着が淡く光り出していた。
いや、巾着だけじゃないぞ!
僕もだ!
僕も光り出しているじゃないか。
「あうばぁ~!!」
困惑する中、眩い光に変わり目を開けると巾着がぺたんこになっていた。
《スキル『貯金』を発動しました。現在の貯金額は1000ルピヨンです》
気付けば謎のメッセージを受け取り、僕は意識を失ったのだった。
◇◆◇◆◇
「さぁ~、愛しのお金ちゃ~ん。迎えに来ましたよ――えええええっ!!」
(……んぅ? 騒がしい)
いつの間にか寝ていたらしい。
気が付けばアドニルがバタバタしている。
僕を持ち上げたり、布団を捲ったり…。
まったく。安眠妨害も甚だしいな。
「あばぶぅ!」
「うわあっ! ご、ごめんよ~リムニルぅ…」
一声泣いてやるとようやくやめてくれたようだ。一体なんだというのか。
「う~ん。それにしても僕のお金はどこにいったんだろう?」
……金?
「あぁ、リムニルはわからないか。ほら、これに入ってた物だよ」
そう言ってアドニルが見せてくれたのは巾着。
ただし、先程までと違って中身が入っていなかった。
「おかしいよなぁ…。たしかに、隠しておいたはずなんだけど」
アドニルがうんうん唸っているが、僕はそれ以上にショックを受けていた。
(お金を守ることに関しては絶対の自信があったというのに…! くそっ、赤ん坊の体が恨めしい!)
「…まさか、エルか?」
エルというのは僕の母の名、つまりはアドニルの妻の名でもある。
たしかに、彼女ならば僕が寝ている間に上手いこと回収できるかもしれない。
「……いやいや、妻を疑うなんてどうかしてるな。それに、エルはずっと僕を追いかけていた。そんな時間はなかったはずだ」
ふむ。つまりは他の人物か。
だが、僕を起こさずに行動できる人物なんてエル以外にいるだろうか?
「あぁ~どこに行ったんだよ僕のお金~!!」
(まったくだ。どこかにあるなら早く出て来いっ!)
《預かっていたお金を引き出しますか?》
(……ん?)
心の中で叫んだら、何やら変な声が聞こえて来たぞ。
空耳か?
《現在は1000ルピヨンお預かりしております。いくら引き出しますか?》
どうやら空耳ではなかったらしい。
ルピヨンという単位には聞き覚えがないが、この世界の通貨だろう。
もしかしたら、謎の声の人物が善意で隠してくれていたのかもしれないな。
(そうと決まれば話は早い。さっそく全額引き出そうじゃないか!)
《かしこまりました。それでは全額引き下ろします。よろしいですね?》
「あいっ!」
最終確認に、元気よく答えると、再び僕の体が淡く発光し、気が付くと僕の手の上にお金があった。
(ふぅ~よかった。これでなんとか…)
僕は安堵していたが、その光景を見ていたアドニルは呆然としていた。
「……へっ??」
それからは大変な騒ぎだった。
「凄いわっ! リムニルはギフトを授かっていたのね!」
「りむ、しゅご~い!」
「ほんとすごいよっ!」
今、室内には普段は入らない姉と兄も含めた家族全員が入っている。
エルは僕を抱きかかえ、豊満な胸に埋めるようにして喜びを表していた。
どうやら、謎の声だと思っていたのは僕の力だったらしく、この世界ではギフトと呼ばれるものらしい。
なんでも1000人に1人ぐらいの確率でしか現れない力で、多くの者が出世したりして歴史に名を遺してきたのだとか…。
いまいち、ピンとこないがとりあえずみんな嬉しそうでなによりだ。
ちなみに、一通り騒ぎ終わった後、アドニルはにっこりと凄味のある笑みを浮かべたエルによって僕が預かっていた1000ルピヨンを没収され泣く羽目になったのだが、それはさすがにどうしようもないことだ。
ご意見・ご感想をお待ちしております。
あると創作意欲が湧いてきますので是非!