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SAYA:2019 いつかこのロッカーを開けるあなたへ

作者: 志室幸太郎

 放課後になって、私は友だちとのささやかな世間話を済ませたあと、教室を出た。

 私は平静を装ってサークル棟へ向かうが、内心は走っていきたいくらいだった。


 サークル棟の三階はとても静かだ。

 以前はこのサークル棟も埋まっていて生徒たちで賑わっていたらしいけど、今は少子化やらなにやらで生徒数も減ってしまって、それに伴い当然部活も減った。

 学校には申し訳ないけど、私にとってはありがたいことだった。

 三階の一番奥の教室の扉を、私は開ける。


 中に入ると、うっすらカビの匂いがした。

 教室のほとんどは使われなくなった机と椅子で埋まっている。奥の方にはロッカーが並んでいるが、積まれた机に隠れてほとんど見えなかった。

 私は鞄をお腹にかかえるように持って、しゃがんで机の下を覗き込んだ。


「よっ」

「や」


 あまりにも短い挨拶を、私とミツルは交わす。

 ミツルは読んでいた文庫本を閉じて微笑んだ。


「おいで?」


 私はにやけるのをこらえながら、机の下を這うようにして進んでいく。

 机のトンネルを抜けて教室の奥まで行くと、二畳ほどのスペースがある。

 私たちは二人とも両親が厳しくて、お互いの家に遊びに行くことができなかった。高校生なのでお金もあまりない。

 だから私たちは、学校に私たちの部屋を作ってしまったというわけだ。


 鞄を置いて、寄りかかるようにしてミツルの腰に抱き着いた。


「んー……」

「猫か」

「いたっ」


 ミツルは私の頭を軽くチョップして、それから優しく撫でてくれた。

 こうなってしまえば私は本当に猫のようなものだ。ごろごろと鳴くしかない。


「なに読んでたの?」

「官能小説」

「え!?」

「嘘だよ。今度映画化が決まった推理小説」

「アホ」

「いたたた」


 私がミツルの太ももをつねると、ミツルは痛がりながらも笑った。ミツルはMなのかもしれない。

 しかし私は、これがミツルの演技であることを知っている。

 ミツルはほとんど怒ることがない。私がなにか失敗しても、ミツルを傷つけるようなことを言っても、彼は「いいよいいよ」で済ませてしまう。

 なぜこんなにも優しいのか。


 ミツルは、あらゆることに興味がない。


 彼にとって日常の様々な出来事は、良いことであれ悪いことであれ、この世界で起きる当然の出来事として受け入れてしまう。

 軽口を叩いたり笑ったりするのも、円滑に生きるための油程度にしか考えていないようだ。

 きっと私が別れようと言えば「わかった」と言うだろうし、私が死んでしまっても「仕方ないことだ」と思うに違いない。

 

 だからこそ。ミツルがこうして私と一緒にいてくれることが嬉しくもあった。


 私が興味をなくさない限り、ミツルはこの状態を受け入れ続けてくれる。

 ずっとこのまま一生を終えるのも悪くない。


 だけど、あまりに私に興味を示してくれなくて面白くないこともある。

 私を放置して、彼がまた文庫本を読み始めたこともその一つだ。


 なので私は柄にもなく、ミツルをいじめたくなった。

 私はミツルに寄りかかっていた体を起こして、文庫本を取り上げた。


「サヤ? ――ん」


 ミツルの唇に、私の唇を重ねる。

 一瞬戸惑ったが、やはりミツルはこんな私のいじわるも受け入れてくれた。未だに緊張して強張ってしまう私の唇を、溶かすように舐めて、ついばむ。

 ミツルの顔がひんやりしているように感じるのは、おそらく私の顔が熱くなっているからだろう。

 脳内でなにか危ない薬が大量に分泌されているらしい。キスだけだというのに、あまりの快楽に自然と声が出てしまう。

 もうダメだと思って唇を離すと、唾液が糸を引いた。

 ミツルはうすく微笑んでいるが、きっと私はだらしない顔でミツルを見ている。


「どうして欲しい?」

「……好きなようにして」


 本当にミツルがしたくてしているのか、「好きなようにして」をミツルなりの解釈で実行しているのかはわからない。

 とにかくミツルは、私にキスをしながら、私の背を支えてゆっくりと横たえた。


    ・・


「はあ……」


 私はミツルの胸を枕にしながら目を閉じて、外から聞こえてくる生徒たちの声を聞いてため息をつく。


「どうしたの?」

「なんか背徳感が……」

「それがいいんじゃないの?」

「アホ」


 言いながら、ミツルのお腹をぽんと叩いた。


「……サヤ」

「……なに?」

「本読んでいい?」


 私はほとんど跳ねるように起きて、ミツルの顔に文庫本を叩きつけた。


「痛いよサヤ……」


 そう言いながらも、ミツルは横たわったまま文庫本を開く。

 私は大きなため息をついて、鞄からペンとノートを取り出した。

 そしてミツルの隣に横たわる。


「なに書くの?」


 ミツルは文庫本に目を走らせながら訊いてきた。


「手紙」

「誰に?」

「新しい彼氏」

「それは残念だ」


 嘘つけ。

 私は何を書こうか少し悩んでから、隣にあったロッカーの扉を見てペンを走らせる。


 “いつかこのロッカーを開けるあなたへ”

 コロンシリーズの世界を舞台に、二人で繋がりのある話を書いてみようという企画です。

 ウサギ様による後編も併せてお楽しみください。

 「MITURU:2029 いつかこの手紙を綴ったあなたは」

 http://ncode.syosetu.com/n0871di/

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