第四幕 フラッシュバック
「……少し落ち着いたか!? 由佳里。」
「………うん。」
その日の夜、朝比奈家に戻った透と由佳里は、昼間の出来事をリビングで考えていた。
「由佳里の名前を知ってる人間なんだったら……もしかしたら中学の時の人間かもしれないなぁ。」
「………中学生の頃の!?」
「あぁそうだ。君は中学ではかなりの人気者だったんで、もしかしたら今日の僕らの記者会見を見て、やっかんで品川まで飛んで来たのかもしれない。」
透は中学生の頃の卒業アルバムを確認しようと、卒業文集などその頃のものがいっぱい詰まった段ボール箱を倉庫から取り出し、両手で抱えリビングに歩いてきた。
「透さん……大丈夫!? 重たそうよ…その箱。」
「バカにするなぁ…。これでも昔はサッカー部で鍛えてたんだからな。はははは!!」
透はよろけながら、由佳里に笑いかける。
「………あっ!!」
―――ガッシャーン
やはり、その段ボールは重かったのが、ついに透は箱を落としてしまい、箱の中をリビングにぶちまけてしまった。
――その時だった
〜〜〜♪♪♪
♪♪♪〜〜〜〜
その箱の中にオルゴールが入っていたらしく、突然オルゴールが音楽を奏で始めた。
―――!!!
…………これは!?
由佳里は、ふとそのオルゴールの音に懐かしさを感じ、床に転がっていたオルゴールを広い上げる。
「……ねぇ透さん!? このオルゴール、透さんの!?」
「………ん? これは確か……由佳里が記憶を失うきっかけになってしまった、10年前のあの事件の夜、君が助け出されて病院に運ばれた時にずっと大切そうに握りしめていたものだよ。」
「…………」
「私が、あの時の火事から助け出された時に、ずっと握りしめていたもの……!?」
由佳里は懐かしそうにそのオルゴールの音色に耳を傾ける。
オルゴールが奏でるビージーズの『若葉の頃』が、由佳里の身体を暖かく包み込んだ。
……………
………
…
『約束するよ………。50年先のクリスマスも、こうやって二人でこのメロディに包まれている事を………。』
急に由佳里の頭の中に見知らぬ男の子の声が聞こえてきたかと思うと……
次の瞬間――
脳裏に、緑で溢れる山の景色が広がる。青空が広がり、草木が香るその場所の向こう側には何か博物館のような建物が見える。
そして、そこで無邪気に駆け回る幼き子供たちの声。
『ねぇ…先生ぃ。なんで子供は結婚できないの!? オレ、由佳里の事大好きなんだよ』
『そうよ。そうよ。私も愛してるよ。』
先生と呼ばれる青年に話かけている幼い男の子と女の子。
まだ小学生くらいの幼い由佳里が、男の子と手を繋ぎその青年の前で無邪気に笑っていた。
…
………
……………
「……由佳里…。おい由佳里……。どうしたんだよ!!」
―――!!!
「………!? 私は…」
オルゴールの音色に包まれた瞬間、突然失った記憶の断片がフラッシュバックした由佳里は、透の声で現実に呼び戻される。
「……………」
「どうした!!由佳里!!」
「透さん……。私は…私は一体……!?」
突然に記憶の断片のようなものが蘇った由佳里は、一瞬何が起こったのか分からなくなり、小さく震えていた。
「どうした!! どうしたんだよ!! 由佳里!!」
苦しそうに頭を抱え込む由佳里に驚いた透は、由佳里の瞳を見つめ必死に心配する。
「オルゴールの音色を聞いているうちに、なんか懐かしい景色が頭に浮かんだの……。」
「懐かしい景色……!?」
「……うん。もしかしたら、失ったていた記憶の一部かもしれない……!?」
―――!!!
その言葉に一瞬驚いたように透は由佳里を見つめる。
「記憶が……戻ったのか……!?」
一言一言かみしめるように、透は由佳里に問いかける。
「………いや…。なんか一瞬だけ……遠い昔の自分を見た気がする。まだ小学生くらいの私……。」
「…………」
由佳里のその言葉に、透は少し考え込む。
「……なぁ由佳里。由佳里は……自分が失った過去の記憶……やっぱり気になる?」
「………うん。」
「…………」
「私は一体どんな風に生きていたのか…。そしてどんな人たちと関わりを持っていたのか、やっぱり気になるな。」
少し落ち着ついてきた由佳里はゆっくりとした口調で透に話した。
「だけどさぁ…由佳里。僕たちはこれから、結婚して二人で未来を作っていくんだから、今のままでもいいんじゃない!? 由佳里にとって大切なのは今まででではなく、これからなんじゃない!? これから二人で作ってゆく未来。」
「………だけど。だけど……透さん。私は…過去になんか大切なものを忘れて生きてきているのかもしれない!?」
「……過去に忘れもの!?」
その言葉に、透の表情は少しこわばる。
過去の記憶を失ってからの由佳里の記憶にあるのは、透と過ごした想い出だけだ。
――しかし
もしも、由佳里が過去を思い出してしまったら……!?
透は、自分の知らない由佳里の過去に少し嫉妬心を覚えた。
「過去なんて…いつかは時の流れに埋もれて消えてゆく…きっとそんなものさ」
まるで過去へ引き寄せられてゆきそうな由佳里の手を、透はそっと握り優しくささやく。
「なぁ……由佳里。二人で素敵な未来を作ってゆこう。」
「二人で素敵な未来かぁ。」
「あぁ、二人に必要なのは未来だ。」
気が付けば、透は由佳里の手をしっかり握りしめながら由佳里を抱きしめていた。
―――しかし…
二人の愛を少しづつ大きなものにしてゆこうとする朝比奈家を、まるで嘲笑うかのように外は秋の木枯らしが吹き荒れていた。
肌寒い秋の風が容赦なく吹きつける朝比奈家のリビングには、外から見ると暖かそうな明かりを放っている。
そして、容赦なく吹きつける秋風の中で、その明かりを物陰に隠れながらじっと見つめ続ける一人の男がいた。
「由佳里……。結婚なんて絶対許さねぇから……」
直哉は、そう小さく呟いやくと、木枯らしが吹き荒れる暗闇の中に消えていった。




