021 急な運動は腰に負担を招く
目の前で叫んでいるのは金髪の女性だった。身長が高くてモデルのような体形をしている。顔立ちも美しくて一輪の花のようだ。男は美人のお姉ちゃんに弱いと言われるが、それは本当なのかと明は確信していた。彼女を一目見た瞬間に、周りの景色がスローモーションで動いているような感覚を抱いていたのだ。明は既に妻を病気で亡くしているので早くから孤独感に苛まれていた。家に帰って女性という存在がいるかいないかで自分の精神状態は大きく変わってくる。だからこそ、目の前の女性にトキメキを覚えてしまった。そんな自分に罪悪感を抱きながらも困っている女性を見逃せる筈も無い。そう思った明は方向転換をして、過ぎ去っていく人影に焦点を合わしていた。
「追いかけるぞ、エレナ!」
そう勢いよく言って飛び出そうとした瞬間、腰に激しい痛みを覚えた明は地面に転がって七転八倒していた。ぎっくり腰とまではいかないが、それなりの痛みを感じてしまったのだ。無残にも地面に這いつくばっている明を見て、エレナは心配そうな様子で体を揺さぶってきた。急に明が、打ち揚げられた魚のように跳ねているのに吃驚したのだろう。涙目になって心配そうに腰を触ってきたのだ。その瞬間、明の腰に更なる痛みが生じたのは言うまでもない。
「旦那ぁ! 大丈夫ですか!」
エレナはモミモミと腰を揉んでくるのだが、それが逆効果となり全身に強烈な痛みが生じてしまっていた。とたんに明は苦虫を噛みしめたような顔で悶え狂う。
「痛い痛い痛い、その手が主な痛みの原因を作ってるぞ!」
「え? あ、ごめんなさい……」
とたんに、ションボリした顔で俯いていた。少々悪い事を言ってしまったようだが今はそれどころではない。強盗に逃げられそうな上、美人のお姉さんの前で醜態を晒してしまっているのだ。
しかしこれ以上、情けないオッサンの羞恥を晒す訳にはいかなかった。明は腰の痛みに耐えながら何とか立ち上がった。既に明の顔はしかめっ面になり、顔から汗を大量に噴出していた。このように、人は40代後半になると何もかも上手くいかなくなるのだ。急に走ろうとして腰を変な方向に曲げ、痛みが生じるなど日常茶飯事だ。上手く対応していかないとこれから先が危ぶまれる。ただでさえ、この世界に湿布は無いのだから。明はそう思いながら息を整えた後、全神経を集中させながら駆け出していた。まだ腰には激痛が走っているが四の五の言ってられない。目の前の悪を見逃す程、明は甘くないのだ。




