001 異世界転移
あの一戦の影響で異世界転移装置が暴走し、明の乗っている箱舟は異世界へと転移してしまった。何処か分からない場所に箱舟は着陸してしまい、明は一人ぼっちになっていた。究極科学の叡智で造られた箱舟も今はただの鉄くずと化している。こうなってしまった原因は分かっていた。最終決戦を交えた時に箱舟が大破してしまったからだ。大破させたのは紛れも無く自分の攻撃だったので、どうしても悔いは残ってしまう。しかしだからと言っていつまでもクヨクヨしているのは性分に合わない。だからこそ、この異世界の情報を集めた後に、箱舟を修理するための部品を集めようと思っていた。元いた世界ではまだやり直した事がいくつもあるので、いつまでもこの異世界に留まる訳にはいかなかった。そんな訳で、明は大破した箱舟から命からがら脱出した後、辺りを見回していた。どうやら此処は森の中らしく小鳥がピーピーと鳴いて合唱をしていた。自然が大好きな明にとって、この場所は癒しの空間だった。思わず深呼吸をしてしまう程のリラックス効果があった。
胸を張りながら両手を挙げて背伸びをしていると、嫌な音が響いた。なんと着ていた制服がビリビリと音を立てて破れてしまったのだ。この戦闘服には色々と魅力的な作業工程があって気に入ってたのに残念である。しかし破れてしまった服をいつまでも着ておくのは、誰かに出会った際に怪しまれる。明はその服を脱いだ後、箱舟の中にポイッと投げ込んだ。その辺りに捨ててしまうと痕跡が残る恐れもあったのだ。なので、この巨大な鉄くずも隠さないといけない。そう思ったので、箱舟に元から搭載されているステルス機能を使ってカモフラージュしていた。これで透明になったので当分はバレないだろう。明はそう確信しながら当てもなく森を彷徨っていた。そもそも、この世界の情勢がどうなっているか分からない状態で、歩き回るのはどうかと思われがちだが明にはそれなりの戦闘能力があった。少なくとも元いた世界では向かう所敵なしと言われる程の力もあったので、少々危ない目に遭おうとも切り抜けられる自信は胸の中に秘めている。
「ん?」
既に体内時計が三十分経過していた。このまま誰とも会わずに夜が明けそうだと思っていたが、目の前に人がいた。彼女は橙色の短い髪をしていてボーイッシュな女の子だった。顔だけ見れば可愛らしい御嬢さんに思えるのだが、首から下には如何にもな山賊ファッションをしているではないか。小動物と思しき骨で造ったアクセサリーを首飾りにし、動物の皮で造った毛皮の戦闘服を全身に着込んでいる。Tシャツ一枚の明とは大違いな格好である。そして右手にはメラメラと燃えている火炎が握り締められていた。どうやらあれは魔法の一種のようだ。明の元いた世界では魔法を生み出すために特殊な道具が必要だったのだが、この世界では体から魔法を放出可能らしい。
「おいそこの木偶の坊! 命が欲しければ金を置いていけ!」
可愛らしい顔立ちをしているのに、とんだ口の聞き方である。そもそも明は五十歳を手前にしたミドルエイジである。こんな年頃の女の子に強迫される義理も無かったので、明は首を横に振って申し出を拒否していた。
「おいおい、俺が金持ってるように見えるのか? どう考えても突然の出来事に驚いて腰を抜かしている哀れな中年親父だろう」
「ええい。うるさい! これでも食らえ」
彼女は右手に持っていた炎の球を投げつけてきた。その投球方法は元いた世界に存在しているエリア51と呼ばれた伝説のメジャーリーガーの投げ方にそっくりで感激すら覚えていた。無論、炎の魔法を目の前にして、ここまで余裕な態度でいられるのは明確な理由があった。投げられた炎は明に当たる前に消えたのだ。まるで存在自体を否定されたかのように空間から消滅していた。あまりの出来事に、山賊娘は吃驚した様子でワナワナと震え始めている。それもその筈だ。目の前で起きた現象は彼女にとっては未知だろうから。
「お嬢ちゃん。そんな危ない魔法を人に使っちゃ駄目だよ」
「バ、バカな……。貴様は魔法を消滅させる能力でも持っているのか!」
それは良く聞かれる質問だった。向こうの世界で何百回も聞いた質問だったので、もはや即答出来る。なので明は伝わりやすいように山賊娘に近づいていた。その道中にも何度も何度も火の玉をぶつけられるのだが、明に当たる瞬間に消滅していく。そして彼女と目の鼻と先まで近づいたと思うと、ニッコリした笑顔を見せながらこう答えた。
「これは能力じゃない。哲学だ」
「てつ……がく?」
「敢えて問おう。その魔法は物質的に存在しているのか? 俺達人間のように息をして飯を食べて生活をしているのか? 答えは否だ。魔法なんぞ所詮は幻想に過ぎない。俺はそれを知っているから魔法の存在を認めていないだけだ」
と言って、彼女の左手をそっと包んでいた。彼女の左手にはナイフが握られていたが、ブルブルと手を震わせていた。もはや抵抗する力を残されていないと判断した明はこの子に異世界の案内役になってもらう計画を考え出していた。あまりにも歳の差が離れているが、こう見えて明は二児のパパなので子供の相手をするのは得意だった。
「ご、ごめんなさい。命だけは取らないで」
「君のような若い子が山賊行為をするのは何か理由がある筈だ。その理由次第で君の結末を左右しようと思っている」
「実は悪の手先に両親を殺されて……仕方なく強盗をしているだけです。でも、今日でそれも終わりみたい」
「そうか。それなら詳しく話を聞かせてもらおうか」
彼女の話しが本当かどうか審議を確かめるためにも、更なる話を聞こうと決意するのだった。