00.000 別れ
窓のない石造りの廊下が長く続いている。
所々に青白い鬼火が発する光がゆらゆら揺れている。ウィルオウィスプと呼ばれる生きる鬼火達は、普段は人懐っこく歩行者にまとわりつくのだが、今日は震えるばかりで悲しげに漂っている。
長い廊下の先は暗く、先を見通すことはできなかった。
鬼火の光すら通さない闇に向かって、僕はゆっくりと歩いている。
「行ってしまわれるのですね」
突然、声をかけられ、後ろを振り向くと、14,5歳ほどの少女が立っていた。
今通り抜けたはずの場所だが、彼女が走って追いかけてきた様子はなく、見通しの良い廊下に隠れる場所はない。まるで幽霊のように現れた少女。
「あぁ・・・できれば、まだここにいたいが・・・。それは無理そうだ」
すっかり動きが鈍くなった右手を見せながら、僕は微笑んだ。右掌は半透明に透けている。
「ほら、もう、この世界にいるだけの力がないんだ」
「・・・そうですか」
少女は口をきつく結んだ。
「もう・・・帰っては来ないのですか?」
「今日は珍しく質問ばかりだね」
「・・・・・・」
少し意地悪な質問だったかな。
「可能性は無限だよ。未来でも、過去でも、現在でもね」
これは僕の口癖だ。ある意味、さっきよりも意地悪な答え。少女は、しばらく僕を見つめ、それから小さく笑った。
「最後まで、それですか」
「当然。そうでなくちゃ、『僕』らしくないだろう?」
にんまり笑いながらウインクする僕を見て、あきれたように顔を振る。
「今だから言いますけど、私、その口癖、嫌いでした」
「うん。知ってる」
「知ってて、口癖にしていたんですか・・・・・・いじわるですね」
少女はしばらく頬をふくらませていたが、しばらくすると元の表情にもどった。僕も笑顔をやめて、少女を見つめる。
「アリシアの事を頼んだ。あの子はまだ小さい」
「分かりました」
「ずいぶん良くなったけど、まだ『あいつ』が出現した原因は分からない。気をつけて」
「分かりました」
「・・・・・・うん。君に任せれば安心だね」
「分かっています」
僕は、もう一度微笑みながら少女にウインクする。
少女は、もう答えず、ただ目を伏せた。
「じゃあ、また会おう」
僕は廊下の先、何も見えない暗がりに歩き出した。
「・・・これから、どうするつもりですか?」
僕の体が闇の中に半分消えた時、少女の声が聞こえた。
「さぁ・・・特に決めてない」
僕は振り返る。薄れていく意識の中、少女の顔を見た。
「でも・・・そうだな・・・・・・とりあえず幼稚園にでも行くさ」
少女の目からは、涙がこぼれる。
やれやれ、これじゃあ暢気に寝ていられないじゃないか。