この愛よ届け
殺意によって形成された凶弾による応酬、その一瞬の隙を突かれ、ヘンリエッタは遠く見据えていた仇敵ウンブリエルの接近を許した。
突き出された肘が活性魔力の防御を破って鳩尾に突き刺さり、ヘンリエッタは胃液を散らす。間髪入れず襟首を鷲掴まれ、続いては口内に銃口を挿し入れられる。計四発の45口径弾頭が咽頭部をはじめとする下顎付近を叩き飛ばし、周囲に血肉と皮の破片が噴水のように舞った。
五発目が撃ち込まれるより先に銃身を噛み砕くが、その圧力で下顎がばしゃりと外れて元に戻らなくなった。すかさず攻性魔力を脚部に生成、後方に跳躍し距離をとる。
「がぶっ、ごぼげっ」
悪態の一つでもついてやろうと思ったがこの有様だ。最も、話せたところで吃音のヘンリエッタの言葉が届くかどうかはわからない。
「よそ見とはいい度胸だわ。え? あんたもあっちの瘴気に充てられた女よろしく、アダムカドモンに情でも移った口なわけ?」
ああそうさ、その通り。それの何が悪い、我が主のために我が命尽きるまで燃やし尽くす。それこそが我が大願なのだ。それ以外に何がいる、前世では死に目にすら立ち会えなかったのだ。この再開を天の思し召しと取らずなんとする? いくらでも替えの利く自分の身体を引き換えに、たった一発の弾丸で主の窮地を救えたのだ。七十年ぶりに、そう、七十年も待ったんだ。雌伏の果てに奇跡が在った。
――――ワタシの人生は間違っちゃいなかった!!
活性魔力で損傷個所を修復するのと並行して、次なる攻勢へ移るべくヘンリエッタは新たな武装を虚数の海から喚び寄せる。七十年前、修道院では樵の真似事をさせられていた彼女が虚空から取り出したるは、『電動のこぎり』の異名を取る汎用機関銃剣。ドラムマガジンの取り付けられたそれを握り、ウンブリエルに向けて弾幕を張る。当たらない。布を割く耳障りな銃声だけが取り残され、ウンブリエルの腕の一閃と共に銃身が斜めに切断される。
「さっきからポンコロポンコロかましてくる割りには、手品みたく銃だの鉈だの節操なく繰り出すだけで芸がないもんだわね。ああ、つまらない」
ウンブリエルの貌が、路傍の汚物を眺めるように歪む。噛み砕かれた回転式拳銃に代わって右手にあるのは、細身の白刃が美麗に輝く長剣ただひとつだけ。
「遠縁の……姉妹の……初対面……準備さえ整えば……もっと楽しませて差し上げられたのに」
鮮血を噴き散らしながら、再生しかけの喉で返答するヘンリエッタ。
「その身の程知らずの身内ヅラが、どれほどあたしの神経を逆撫でしてるか考えたこともないんでしょうね」
憤怒から語気が強まり、眉間の皴が深くなる。長姉ベリンダ譲りの美貌がさらに歪み、軽蔑と憎悪を溢れんばかりに込めた視線がFCAの恥部たるヘンリエッタをねめつけた。
「どこの馬の骨が撒いた胤から産まれたかもわからない、人間でもなく半竜でもない、生物のなり損ない風情が、いったいどこの誰の許可を得て十三騎士に列聖したのか」
小鳥の如くに高く細やかな声、怒気を含んで低くなってもなお愛らしいウンブリエルの恨み節。単語のひとつひとつがヘンリエッタの耳朶に届くたび、ミルクがビスケットに染み渡るように、じんわりと愛しの姉妹からの生の感情が染み渡り浸透する。人間だけが有する絆を実感できる。人間として産まれることのできなかった劣等生であるヘンリエッタの四肢が、充実感と肯定の念で満たされる。
彼女らは蒙昧な瞽になり果て、権力に固執し傾倒する血統主義者。己の妄信するFCAの二元的世界観に拘泥する眠れる森の美女にして、半世紀もの間、外界から途絶された空間で潔癖症めいた精神性を育み続けてきたラプンツェル。生ける童話のプリンセスに他ならない。ヘンリエッタを魅了した白痴に似た、庇護欲にほど近い感情があふれ出して止まらない。
瞽を演じているのなら、艶やかなる嬌声で祝福の光を。
聾に陥ったのならば、しとどに濡らした股ぐらで愛護の囁きを。
暖かな母の慈愛に包まれ、女帝となるべく畏敬と羨望を注がれ続けたヴィッテルスバッハ四姉妹。それに比べ、この身体に流れる血のなんと醜く汚らわしいことか。清き聖竜の祝福を受け、太陽よりも眩く輝く彼女らのなんと美しいことか。
それは愛であり、情念であり、性欲であり、また憎悪であった。
ベリンダを愛してやりたい、ウンブリエルに抱かれたい、ミランダに舐められたい、ロザリンドに犯されたい。自分という肉を、白竜たちの血で満たしたい。そう強く想うが故の、羨望という名の嫉妬。
勝ちの決まった戦だと、
外の世界を舐めくさったメスガキを、
ふんじばって泣かせたい。
「あなた方が愛おしくてたまりませぬ……ウンブリエル・ヴィッテルスバッハ……心の臓が……火柱を上げて……肉を焦がさんばかりに……」
今宵はなんてすばらしい夜なのだろう。四姉妹との謁見が叶った上に、七十年前の出逢いを彷彿させる邂逅に立ち会うことができるなんて。本能のまま食らい繁殖するだけの半竜では到底味わうことのできない、数奇なる運命がもたらした暴力的なまでの快感。憎い、憎い、その美貌が憎い。愛しい、愛しい、その浅慮と不寛容が愛しい。たまらぬ、たまらぬ、幾多もの信奉者の敬慕に満たされ、熟れに熟れたその肉体がたまらない。
尊ばれるべき至高の美、これを壊して殺したい。臓腑を弄び、これを罰され糺されたい。
疎んじられるべき痴愚なる傲慢、これに愛され殺されたい。これを罰して糺したい。
相容れぬふたつの倒錯した愛情が、ヘンリエッタの顛現術の起点となる願望であった。高貴なる勇者の血とひとつになりたい、殺し殺して殺されたい、人間らしくめちゃくちゃにされたい!
マリアンヌ公と同じくらい、母や御館様の寵愛を受けてきたのでしょう? ずるい、ずるい、私も混ぜて。もはやワタシは戻れないの、汚泥と糞便を啜るあの頃には戻れないの。
何故ならワタシは知ってしまったから。人間だけが、智慧ある生物だけが味わい得ることのできる、栄光と名誉という名の甘露を! 高貴なる最上の支配者から齎される珠玉の多幸を!
この穢れたる肉体を照らし上げ、赦しの灯にて祝福をくださる聖性の虜になってしまったのだから!
「あ、あッ……いけません……ウンブリエル・ヴィッテルスバッハ……これ以上、これ以上……私をた、た、滾らせないでくださいまし……この薄汚れた体には……本当に……これ以上は、毒にしかなりません故……」
何かを得た時の喜びを味わうためには、先んじて手元にあるものを擲たねばならない。無粋な自然の野性で不感を絶頂させる事はできぬ、理性に裏打ちされた機関の抽挿運動こそが、不毛なる荒野に瑞々しき植生を繁茂させるのだ。
無から有へ、雄飛から雌伏へ。野性から理性へ、徳義を背徳へ。免罪を得る快楽を求めるための、マゾヒスティックな半永久的上下運動。無類の甘美を味わうためには、まずは喪失を経なければならない。
智慧ある人間とは、敬虔であろうとなかろうと、潜在的に困難に立ち向かうようにできているマゾヒストなのだ。それこそが、無から有を与えられたヘンリエッタの結論であり理解であった。
「一人で勝手におかしな盛り方して、相手を求める方がおかしいわ。会話するつもりがないのなら、そこらで犬と交尾でもしてなさいな」
淫靡な告解を遮るように、ウンブリエルは冷ややかに言った。
「達磨に、なった後でさあ!」
ウンブリエルの刺突が喉に迫ろうとも、ヘンリエッタの高揚は留まるところを知らない。
達磨、達磨、だるま!
達磨にしてくれるそうだ、腕や足を丁寧に、この美しいウンブリエル嬢が御自ら、手を煩っていただける! ワタシのために! ワタシだけのために! ワタシを見てくれている、ワタシという半竜に宿りしヘンリエッタの人格を見てくれている! ワタシが注目を浴びている!!
「Sturm♡」
闇に混じる、暗い緑の燐光が弾け、ヘンリエッタの心的絶頂を周囲に知らしめる。大階段から転げ落ちるように、快楽の津波が激しく押し寄せ打ちつける。自分は今、歴史に認められた表舞台に立っているという認識が。自分は今、浄き光の中にいるという強烈な肯定感が。ヘンリエッタという人格が鍛えた唯一無二の絶対法理が、今こそ形を持って顕現しようとしていた。
両手が握るのは、ヘンリエッタの身の丈を大きく越える顛現のやいば。赤褐色の錆にまみれた鋸を有する裁断機械。波打つ異様な装飾がそこここに施されたバロック調の鎖鋸状振動突撃武装。支配者に道具であれと望まれた被支配者、接敵後速やかに敵性勢力を掃討――――軒並み伐採することを指示された、畸形の英雄。
そして、マリアンヌの騎士であることを望んだヘンリエッタの精神性を体現した、抜身の裸体である。
――――ああ、ああ、見られている、義妹のつぶらな瞳に、ワタシったら、産まれたままの裸身を曝け出して居る! 罰して欲しさに、罰したさに耐えきれず、こんなにも不埒で爛れた淫欲をつまびらかに放り出して居る!
「な……にっ……!?」
機関部に火を入れ、鋸を回転させるヘンリエッタ。いやに高い駆動音を唸らせ、ウンブリエルの剣をいなす感覚で粉砕する。攻性魔力で補強されていたとはいえ、これほどまでに容易に両断できようとは、ヘンリエッタ本人も思わなかった。きっと、この場における愛の総量が彼女を上回ったからだ。きっとそうに違いない。言うなれば獣性に浮かされ、火照り雄々しく屹立する巨大な陰核亀頭。内燃機関を猥褻に喘がせる顛現釼は痛ましいほどに勃起し、高速で回転する鎖は潮を噴くように真紅の火花を迸らせる。
「ごめん……なさい……でも、でも私……耐えられなくて……切ないのです……」
「劣等のヒトモドキが……」
人間もどき、実に実にその通り。見てくれこそ猿人、さすれどもその身に宿る血潮は淀み淀んだ雑種そのもの。畸形に産まれ人外として育ち、やくざな魔術師に身を窶す、下種で下賤で下世話な外道。
「しかしながら、この胸の早鐘は、今宵の逢瀬にかつてないほど乱暴に高鳴っているのです」
昂る感情に反して、ヘンリエッタの滑舌は驚くほどにスムースであった。一片の誤りもないピアノの速弾きのように、すらすらと言葉が紡がれていく。天井知らずの心拍が早まるにつれて、生来の吃音を感じさせぬ食い気味の自己主張は、鋸の斬撃の隙間からウンブリエルへと無遠慮にぶつけられた。
「メリジェーヌの平均的な寿命は軍用に飼育していたFCAの調べによると三十五年からその誤差プラスマイナス五年ほどこれを鑑みるとなるほど確かに十九世紀当時の知恵ある猿人のそれと大して変わりはございませんワタシのような猿人の畸形にもそれだけの寿命が用意されていると考えるのはいささか浅薄ではございますが妥当にして納得いく理由ではないでしょうかウンブリエル嬢しかしながらウンブリエル嬢地上に生きとし生ける生物の生涯は心周期によって確定される定命の限りある儚きものであることはご存知ではありましょうが明快な例を挙げればごく一般的な猿人は一秒間につき一回の拍動をいたします一方栗鼠や鼠につきましてはこれが驚異のゼロコンマ2から3という値でございますこうした小動物が猿人と比較するとこちらは一年そこらの短い生涯でございますが天より定められた宿命ならばむしろその密度はヒトのそれと勝るとも劣らぬのではと考えたのでございます一寸の虫にも五分の魂とはよく言ったものでございますればワタシが言いたいことは何かといいますとねウンブリエル嬢胸腺に聖剣なる化外にも等しい寄生虫を住まわせた我々顛現術士その寿命あいや失礼我々の耐久年数はもって二千年程度と想定されておりまして無論これは頭も術も筋肉も使わず経年劣化を極限まで抑えての数値でありますゆえそれを踏まえてご理解くださいまし失礼これはこれはウンブリエルヴィッテルスバッハともあろうお方に対してまこと僭越でございましたそうそうそうすなわちは天より与えられた機能停止までの時間間隔というものは多様な生物種にとって三者三葉津々浦々でございまして肉体という蜜蝋を溶かして生命の灯を燃やしている事実は例え支配者足りえるお歴々にも否定することはできないのであると愚考しているのですおわかりいただけますかウンブリエル嬢各種生物が心臓を打ち鳴らすために用いるエネルギー量にはほとんど差がないことは科学が既に証明しております生物各個体の生涯に貴賤はございませんああウンブリエル嬢すぐにご理解いただけないのはワタシとて承知しております信じがたい真実を前に事実を無理に呑み込ませるわけにはまいりませんゆえああしかしウンブリエル嬢ワタシ自身これが狂信にほど近いものであることは弁えているつもりですこの信仰にも酷似した命題ともすれば人類が有史以来育んできた叡智の教義を冒涜せしめる大罪にも等しい思想でございますればそこに惹かれ拘泥するのもまた産まれし罪を負って大地に芽生えたアダムとエヴァの子らである我々の生まれ持っての性ではないでしょうかウンブリエル嬢しかしこれが誤謬だとは思えぬのですウンブリエル嬢考えてもみてくださいウンブリエル嬢は取るに足らない羽虫やアリそれもそれぞれ一個体の生涯に注目したことはございますでしょうかよしんば気まぐれに観察をしたとて高貴にして長命なる白竜のご令孫にとってはまばたき一回分にも及ばぬほど短く矮小な刹那に等しき灯の明滅でしかありますまい自然死しない事だけが取り柄のヘルヴェチア人でもそう感じる事でありましょう一方逆の目線でこれを捉えてみますとウンブリエル嬢や高等竜たちのなんと緩慢で優雅なことか我々下等生物の憧憬と讃頌を一身に浴びるに値する生態系の最上位上り詰めれば詰めるほどその時間感覚に差はついてゆきます我々にはその長い長い生涯がまるで映画のフィルムの数コマを切り取ったたった数枚分の画像としか認識することはできませんではワタシはこのまがいなりにも長命を得た身でウンブリエル嬢と同じ目線から同じ規模の生涯を謳歌することを目的としたでしょうか否否ありえませんそんな畏れ多いことできませんししたくもございませんする理由がありません定命の肉体に宿った我が魂は生態系を乱すことを旨とは致しませんワタシが求めますのはただ一つだけでございますねウンブリエル嬢舞踏でございます足並みと息をそろえた美しくも軽やかに愉悦を興す舞踏そして歌唱でございます生命体の存在理由である繁殖に連なる交尾なる行為を娯楽へ昇華したのは猿人以上に余生が存在する種族のみでございます娯楽の進化と発展は文化の爛熟にも比例します意識と社会のエントロピーが増大するにしたがって誕生したのが我ら用いる顛現術でありましてようやくワタシは鼓動を支配し貴女方のお目に留まる存在へと変態することができたのでございますここまでのうのうと生き永らえた理由は二つございますひとつは更なる生物的快楽の欲求もうひとつはああそうですわ前置きが長くなってしまって申し訳ございませんしかしこれだけははっきりと真実をお伝えしたかったのですウンブリエル嬢ワタシは貴女がたと交尾がしたいのでございますただ腰を打ち付け飢えを満たし求めるがまま性感を貪るような性交ではありません高尚にして綿密な打ち合わせの末に行われる高次元的生物干渉これこそがワタシの求めるもうひとつの求道なのでございます心の臓の拍動を合わせそのリズムの一致の末に真の精神的相互理解があるのですウンブリエル嬢」
「やかましいわ阿呆が」
理不尽な結果に、憤りと悔しさが綯交ぜになった表情で歯を食い縛るウンブリエル。今にも癇癪を起しそうな雰囲気を醸して忌々し気にヘンリエッタの剛直を睨みつけるも、意外にもその場に踏み止まって、それ以上の手の内を晒すようなことはしてこない。ヘンリエッタの顛現術に秘められた性質を警戒しての様子見か、しかし徐々にウンブリエルの表情はぬかるんだ沼地のように崩れていく。
「さっきから聞いていれば、何が息を合わせるだあ? まかり間違って受精しただけの人間もどきが、あたしたちに向かって対等に踊れだと? 笑わせないでよ。あんたは下、あたしは上、身体をどんだけイジったところで付け焼刃にもなりゃあしないのよ」
「ああ、ああ、ああ!! 一字一句、お聞きくださったのですねウンブリエル嬢! 羽虫の囁きにも等しいワタシの陳情を!! みなまで言わずともわかりますわウンブリエル嬢!! 言葉が通じたそれだけでこのヘンリエッタシュナウファーは満足でございます今宵の出逢いは決して忘れませぬ例えこの世が泡沫の如く飛散したとて我が魂の残滓がこの事実を語り継ぐことでございましょうウンブリエル嬢しかしああ哀しいかな今夜はそろそろ閉会が近づいてまいりましてございます妹君ともどもまたお逢いできる日を楽しみにいたしておりますゆえ」
「何をぬかしてやが――――」
紅い大気を貫く、甲高い鳴き声。それは汽笛であった。
霊園に広がる漆黒の森林、木々を割き闇を払ってその場に参上したのは、全長二十メートルを越えるくろがねの弾丸。動輪とピストンをけたたましく騒がせるのは、かつては帝国軍の補給線維持に活躍した旧国鉄12形蒸気機関車。『咒性』による物質創造と転換に長けたヘンリエッタの『抜刀』の産物。細部まで再現が施された精巧な模造品である。
ろくに減速もかけず、連結器の代わりに爆発反応装甲を有した先頭車両前面はウンブリエルを爆炎と共に轢き飛ばし、その小柄な体躯をホリゾントキュステの夜景へと追放せしめてみせた。
「今度は万全の支度をしてお迎えいたしますゆえ、暫しお待ちくださいまし!!」
黒煙にまかれ放物線を描いて飛んでいくウンブリエルを横目に、暴走特急はドリフトをかけて今度はその妹君に先頭を向けた。
「なんじゃありゃあ」
驚愕三割、好奇心が七割ほどの奇天烈な表情でヘンリエッタの具現化させた玩具を見つめる四姉妹の末妹ロザリンド。
そして、その傍らにはアダムカドモン――――ハシラの神霊を宿した英傑のまがいものと、その聖剣に選ばれし身元不明の夢見がちなクソガキ。ええいどいてくださいまし、轢き飛ばしてしまいますよ。命が惜しかったらさっさと乗ってくださいな、キセルでいいから早くなさい。出発進行!!
先頭車両の強力なヘッドライトは、汚泥のように満ち満ちた紅い暗黒を豪快に引き裂いて進みだす。
その煙室の上に仁王立ち、技術と理性の落とし子ヘンリエッタは希望を抱いてついに発車する。純白の改造制服と、ぎらぎら煌く銀の頭髪を靡かせて。胸に芽吹きし愛のまま、欲望のままに、肥溜めに産まれ硝煙を香水代わりに育った彼女は、心からの嬌声という汽笛を奏で始めたばかりである。