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異界のウタ ~Arma virumque cano~   作者: 霞弥佳
錆びた栄華の残滓
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仄暗い蒼の中

 シャフトの空洞内をワイヤの駆動音が幾重にも反響する。くぐもった規則的な機械音だけが決して広くないケージ内に響く。ハインの思考が無理やりに均される。壁に備え付けられた電気式の照明は、眠気を誘うような暖色系。光量は非常に心もとない。少し気温は蒸し暑く、息苦しいとまでは行かないまでも、厚めの掛け布団を纏っているようだ。ついぼんやりして、時間感覚までもがあいまいになる。昇降路の全長がどれほどか知る術はないが、かれこれ十分以上は降下しているような気もする。


 長く埋まったまま発掘を待つ遺跡がごまんと点在するホリゾントの土地に、ここまで広大な地下施設があるというのは、まったく不可解極まりない。この異様なシャフトの長さといい、どうにも一方的に化かされるばかりで事態が進展しているようには思えない。そんなやきもきした気分と、ケージのかすかな振動が余計にハインの考えを鈍らせた。


 やがて不意に脚に荷重がかかる。ゴゴン、と重々しげな音を立ててから、ようやくケージが停止した。やがて全ての音が止む。薄暗がりの静寂の中でつんと感じる刹那の耳鳴り。心臓の鼓動が、やけに大きく体をゆする。


 ちらつきで寿命の近さを訴えていた照明が立ち消えると、重々しげにケージの扉が開いた。コンソールのパネルは依然として無反応であり、沈黙したケージが再び動きだす事はなかった。 


 扉の外には人一人ようやく通り抜けられそうな通路が続いており、奥から射し込むかすかな青い光の筋が石組みの床や壁面に伸びている。ハインはケージから出ると、壁に掌を充てて通路の奥へ向かった。ケージとは違い、外部はひんやりしていた。光の出所は袋小路ではなく、永く年季の刻まれた木製のドアが取り付けられていた。数枚の木板を釘で打ちつけただけの粗末なものだ。ところどころささくれて、劣化によって生じた隙間からは、涼やかな湖面に射すような光が漏れている。耐久性にも何があるだろう、錆びついたヒンジやノブを極力破損しないよう小さな閂を外し、ハインは扉を開放した。


 外開きのドア板を開け放つと、そこには左へ続く通路が伸びていた。床は緩く角度のついたスロープ状になっていて、円柱の側面を囲って下降する螺旋を描いている。淡いブルーの灯りは、壁際の床に備え付けられた窪みから周囲を照らしていた。床や壁面はゴム板やプラスチックのようにすべすべしていて、青の照明を受けて薄ぼんやりと発光している。奥へ目をやっても壁には一切の継ぎ目がなく、また一切の滲みも汚れもない。


 ハインには、それが実に異質で現実離れした、創作の中にのみ片鱗を表す異世界の技術のように思えてならなかった。材質はコンクリートでもなければ、加工されたモーゼル・スレートでもない。サイエンス・フィクションの中でのみ存在を許された材質が、架空の技術をもってここに顕現しているとしか思えない。足元を妖しく照らし出すこの青い光も、どういったメカニズムに因るものなのか皆目見当がつかなかった。今のハインは、一般的に扱われている『魔術』現象を目で捉えることができない。ゆえに、これが一介の咒式設計士が拵えた子供騙しでないのはすぐにわかる。その特性を踏まえて浮かび上がる事実といえば、一つしかない。



――――顛生具現使いが、この先にいる。



 スロープを歩みながら、ハインはわずかに鼓動が高鳴るのを感じた。


 それが確かならば、そいつは一体誰なのだろう? ゲオルギイ・ラプチェフ――――グレゴール・フルーク本人か、それとも彼の瘴気に犯され文字通りの傀儡と化した少女たちか。ブロッホやディートリヒの予想では前者である確率は低いという事であったが、それでも可能性がないとまで言いきってはいなかった。


 先のエレベータの存在を鑑みるに、あれはブロッホを弾き、ハインだけを導くために用意された小道具だろうと思われた。すなわち、結界の主の敷いた館内の第二障壁。ハインリッヒ・シュヴェーグラーというただ一人が有するえにしの糸を手繰り寄せる為のもの。



 ――――だとすれば、誰が僕に会いたがっているのだろう。



 記憶を蒸し返し、反芻。堆積している記憶の積層を、ミルフィユにフォークを突き立てるように探りこむ。この事態にあって、天涯孤独も同然の自分の存在を求める者とは誰なのか。記憶はしっとりと甘いクリームの添えられた生地のようにさくさくとは切り進めない。悪夢を体現する過去の記憶は、重油の如く思考にまとわりつき影を差す。


 自分に会いたがるとは、いったい何のために? 家族同然の人間を奪われ、居場所を焼かれ、今度は何を奪いに来るというのだ? 


 重油より浮かび上がるのは簒奪者。牙と刃と、おぞましき性器をもって弱きを組み敷き蹂躙する暴力の象徴。祈りを砕き純潔を精液で腐らせる邪智暴虐の所業そのもの。暴風。迎え撃つには、こちらも相応の暴風で武装するほかにない。


 言の葉の一切は雑音と切って捨てられるのであれば、拳を鍛え刃を磨かねばなるまい。二度と屈辱に甘んずるつもりはない。


 そうだ。来るがいい簒奪者。今度は僕の命を狙ってこい、それともサミィたちみたいに正気を奪うのか。それならば結構、この身体が目当てなら好都合だ、顛現術士を打倒するよりまだ楽というもの。何せその時は、自らこの命を――――



 スロープを下った先にある広間の天井は、学内聖堂の尖塔ほどではないにせよ高かった。内装は先の通路と同じく飾り気は皆無に等しく、ただ淡く青に光っている。


 広間の中央には下りの階段があり、足早にそれを目指そうとしたその時。ハインの鋭敏になった聴覚は、自分以外の足音を逃さなかった。音の数は自身のものと合わせて二重――――いや、それ以上。三重の靴音が聞こえていた。スロープの床はアスファルトや石畳ほどではないにせよ、硬く冷たい音を響かせる。 

 ハインがたった今察知したのは、まさしくその音だった。


 首をごくわずかに動かすと、視界の隅にスロープへと繋がる道がもう一つ存在している事に気づいた。この広間に繋がる下りスロープは、二つあったという事になる。他方のスロープの出口には人影はない、おそらくは湾曲している通路の奥に姿を隠しているのだろう。


 上衣から拳銃を取り出し、トグルを引いて初弾を装填する。振り向きざまに銃口をスロープ側へ向け、ハインは両手で保持したまま叫んだ。


「出てきてください! 姿を見せてくれるのであれば、こちらは何もしません」


 初めて実銃を抜いたという実感は、より不自然に筋肉を強張らせた。


 鼓動、一拍目。


 鼓動、三拍目。まだ誰も姿を現さない。


 鼓動、六拍目。気のせいだったのだろうか? できるなら、そうであってほしいが……


 鼓動、十二拍目。銃身が震えている。極度に張り詰めた緊張の糸は今にも切れかかっている。


「す、すいません。別にあとを蹤けてたわけじゃないんです、私は」


 女にしては低めの、やたらと部分部分が早口な狼狽とともに通路から躍り出たのは、一八〇センチをゆうに越える長身の女だった。黒髪は毛先の整っていない茨のようなじゃぎじゃぎのボブカットで、垂れ目がちな瞼の奥にある昏い群青色の瞳は、いかにも卑屈そうな印象をハインに抱かせる。皺だらけのブラウスと妙な折り目が縦横に入った脛丈のスカートは、彼女が几帳面さとは無縁であることを示していた。


 不美人ではないものの、視線を落ち着きなさげに頻繁に動かすので、とても女として娟麗とは言い難い。他人といることを極端に煩わしく感じる人種だろうとハインは思った。


 女はハインの構えた銃を見るや否や、猫背をびくつかせて両手を上げた。


「無理、無理無理無理無理だっての。銃は無理。いかにあんたがワンアクションでどうにかできる自信があっても無理だから。ほら、こっち来なさいよ」


 同行者は女の即座の投降に呆れたような溜息をつくと、いとも簡単に両手を上げて彼女の傍らに立った。背の丈は女の腰ほどで、ハインよりも小柄な少年――――否、少女だろうか。

 

 身体のバランスは妖精民族(フェー)のそれと同じようにも感じられるほど華奢で、白磁の柔肌にはおよそ生物感がみられない。プラチナブロンドの三つ編みをうなじに垂らしていて、その人間離れした痩躯や顔つきから、正しい性別を窺い知る事はできない。見る限り体つきは未成熟で、そして中性的アンヴィバレンツであった。身なりは気鬱さを隠そうともしない長身の女とは対照的に簡明直截、白のカッターシャツにサスペンダー付きの紺のスキニーパンツを清潔に纏っている。パンツのベルト部には、金具で革のナイフシースが提げられていた。『彼』はハインがその存在に目をやるより先にナイフの柄を指差し、やがてゆっくりと金具を外してシースごとナイフを床に置いた。


 おずおずと銃を下ろしたハインを見て、銀髪の方がぼそりと口を開いた。


「どうも。思っていたより誠実な人のようで」


 不敵。表情からは、毛ほどの降伏の念を感じ取れない。ナイフを手放したのは投降でなく、眼前の黒衣の不審人物に向けての挑発か。しかし、それを追求するだけの余裕はない。


「何をしにここへ来たか、話してもらえますか」


 ハインの問いに両名は顔を合わせ、やがて長身の女が名を名乗った。


「アル、アルマ・ヴィルケ……です。ホリゾントの学生で、二年生です。あの寮に住んでて……へへへ」


 愛想の欠片もない下世話な愛想笑いもそこそこに銀髪が手で制し、改めて彼はハインに視線を合わせた。


「同じく……ええと、いとこのジークフリト・ヴィルケ。ホリゾントには、その……アルマ姉さんのところに遊びに来ているだけです。部屋は駅前のホテル・クローネ四二八号室。付添は無し、いわば幼年学校卒業の一人旅、です」


 ともすれば白々しくすら思える口ぶりで、ジークフリトは名乗った。信じてもらえなくとも構わない、とでも言いたげな雰囲気。姉と称されるアルベリヒと比較しても、あまりに成熟した人格の持ち主のように思える。


「ここへは学園敷地を探検しているうちに迷い込んでしまったようです。資料館が施錠されていなかったので、地下に保管されている東西戦争時代の銃砲を見学しているうちにこんなところへ」


「資料館ですって?」


「はい。こちらを昇っていけば……おそらく、辿りつけるのではないかと」


 ジークフリトはかぶりを振り、背にしているスロープの奥を示した。


「なにぶん、士官学校への進学を希望しておりまして。かの有名なFCA航空騎竜猟兵団が実際に使用していた火砲が寄贈されていると聞いて、つい浮足立ってしまったのです」


 確かに、入学時のオリエンテーリングでもそのような事は教員から教わった覚えがある。だが、学園の資料館がこんな結界の奥底に繋がっているとは俄かに信じ難かった。さりとてハインの辿った道筋も到底納得のいくものではない、この館の法則を地上の一般常識に照らし合わせるのはナンセンスだ。問題は別の点にある。


 館の深部にまで進入できた以上、このジークフリトかアルマのどちらか、もしくは両方が騎士団、そしてハイン本人に近しいえにしを有している可能性が十二分にある。ハインと同じく、彼らにも結界の主に招かれるだけの資格がある。それが、ハインが警戒を解かぬまま二人と距離を置いている最大の理由だった。


 仮にジークフリトたちが、例えば儀式完遂の遅延に痺れを切らした白の大隊(ヴァイス・バタリオン)側の刺客だとすれば、彼らの気配の察知がワンテンポ遅れた時点で既に喉を裂かれていてもおかしくない、顛現法に関して駆け出しもいいところのハインなど容易に始末できるだろう。それほどの手練れであるなら、そもそもこうして対峙する必要などないはず。ゆえに、明確な殺意を二人が抱いているとは考えにくい。


 この場で彼女たちが虚言を口にするメリットはあるだろうか。ジークフリトの語った身の上はこの際重要ではない。ハインにとっては、彼女らが有害か否かがわかればよい。そう思案すると、やはり直接的な害はないように考えられる――――その思考に到達して、ようやくハインはわずかに身体の強張りを緩めた。


 現在ハインと面識のないメンバーといえば、現在空白の(ツヴォルフ)、エミリアが覚醒に携わったというⅩⅢ(ドライツェーン)(ノイン)のレギーナ・アンデルセン、そして首魁である(アイン)、カッサンドラ・シュタウフェンベルクの計三名。


 エミリアに言わせれば能力開花すらおぼつかないであろうⅩⅢが、ハインを尾行するだけの余裕はないだろう。動機については、例えばベルンハルデが何がしかの方法でエミリアとの内通を看破した事――――希望的観測ではあるが、あれが鎌かけである可能性もないわけではない――――を考慮すると、儀式の不確定要素を排除する為に、(ハイン)と同じく新参のⅩⅢを彼女が尖兵として利用する事も容易に浮かぶ。だが、それが合理的であるかといえば、否である。


 今現在をもって、ハインがエミリアの意向に賛同を示した事を直接意見したメンバーは皆無。


 人形アダム・カドモンではなく、同胞を贄にして楽園へ至るという蛮行は、表向きにはつまびらかにされていない。階梯第二位ツヴァイディートリヒの妹ベルンハルデがすでに疑心を剥き出しにしていながら、である。


 畢竟、他の面子も表面的には騎士団、ひいてはFCAへの義を通すべきであると建前で主張してはいるものの、各々の腹案には全く同じ同胞殺しの考えが鎌首をもたげているとも考えられよう。幸いにもすべての人形が壊れたわけではない、せめて残ったものだけでもハシラとして捧げなければ。身内に手を下すのは、そのあとでもいいだろうと。そんな形だけの体面がいずれ崩れ去るとしよう、その時欠番の代わりに捧げられるのは、間違いなくハインかⅩⅢ(ドライツェーン)であろう。人形の代わりの犠牲として、いわば秤にかけられるわけである。


 しかし、たとえⅩⅢが保身に向かった思考で(ハイン)に矛先を向けようと、先の建前が行為に抑止を与えるだろう。よしんばアルマ、ジークフリトのどちらかがⅩⅢ(ドライツェーン)だったところで、今この場で殺傷目的の害意を向けてくる可能性は低い。そうハインは判断した。


「――――わかりました」


 セイフティをかけ、拳銃をしまう。手袋は脂汗でじっとりと湿っていた。


「それで……あなたは? その恰好からして、僕らと同じ学生の身分ではないようですけれど」


 漆黒で覆われた、かつての帝国を魅了した国粋主義の象徴と賛美される事さえあるFCA謹製の礼服。一介の生徒がお目にかかる事などそうそうないだろう、ハインとて実際に袖を通すまでは史学の教科書で目にした以外にないのだから。


「お、表はまだお祭りやってるみたいだから……き、きっとその、仮装の一環……だったりするんですかね」


 アルマが目を瞬かせ、視線をちょろちょろさせながら言った。


「仮装、か……」


 単なるコスチューム・プレイであるのなら、服を脱ぎ捨てるだけですべて夢として何事も無かったかのようにベッドで目が覚めるなら、どんなにいいだろう。


「――――とにかく、急を要するのでなければ、ここから立ち去ってもらえないでしょうか」


「ああ、その……邪魔だってんならすぐにでもお暇しますよ、私も他人に関わるのなんかまっぴらですし……なんですけど、その……」


「ここで何らかの異常が発生しているというのは、僕のように魔術とやらに疎い人間でもすぐにわかります。しかし、僕らとて手ぶらでここから消えるというわけにはいきません」


 ジークフリトの表情は揺るがない。目と目が合ったその時から、ハインはひしひしと感じていた。幼稚さを垣間見せ、飄々と無邪気に振る舞うアルマの弟分――――この少年の醸す情調は、明らかに堅気のそれから逸している。魔性といってもいい。横のアルマとは桁違いの密度を誇る、城塞の如き威圧感。舌先三寸の小手先で彼の意志に干渉する事は不可能だろう。この怖いもの知らずは、決して張子に描かれただけのものではない。


「……冗談で言っているわけじゃない、僕は本気で警告しているんです。ここは、普通の人間がいていいところじゃないんです。あなた方がどういった通路を辿ってきたかはわかりませんが、それは重々わかっているはずでしょう」


「ええ、まあ……」


 アルマが目を伏せ、ジークフリトは言葉を濁した。同じくプロパガンダ広告に埋め尽くされた地下通路を目にしたかどうかは定かではないが、やはりあちら側の道もまた奇怪な様相を呈していたのだろう。


「実は人を探してるんですよ。きっとここにいるんじゃないかと思って、こうやって長々降りてきたんです――――も、もちろんこいつ(ジークフリト)は関係なしに、私用があったわけで……資料館では学芸員の真似事をしてるような人間なんですけど」


 節々を噛みながら、ようやくアルマはその知人についてを語り終え、「お見かけになりませんでしたか」と閉めた。


「いや、ここに来るまでは誰とも会っていません。学芸員と仰いましたが……その方もホリゾントの人間でしょう。教員の方ですか」


「多分……違うと思うんですけど……頭は私より黒めで、普段は制服……夏服で、スカートおっぴろげてひらひらさせてる変態……なんです。見た目は女で声も女、名前は」


 アルマはジークフリトに目配せし、やがてその名を口にした。


「あの人肉ポリバケツ……カール・クレヴィングっていうんですけど」


「カール……?」


 突如、ぎゅっと心臓が縮まるような気がした。


 (ゼクス)、カール・クレヴィングの存在を彼らは知っている。少なくとも、ハインと同じように面識がある。眼前の人間がⅩⅢ(ドライツェーン)もしくは(ツヴォルフ)であるという仮説が真実味を帯びたといってもいい。この場における危険度こそ過剰に反応するほどのものではないだろう。だがハインの緊張は、先ほど銃を手にしていた時よりも強く張り詰めていた。


「知らない名前です。それに、あちらの道でも僕はそんな人物は見かけていない」


「それなら尚の事、この場所が危険ならば一刻も早く彼を捜し出すべきです。尻尾を巻いて逃げるわけには」


「話を聞く限り、そのカール・クレヴィングはホリゾントのいち生徒のように思えます。ここは恐らく正式な学園敷地というわけでもないでしょう、こんな僻地にまで生徒が潜り込む事など……確かなのですか? 俄かには信じがたい話です」


 あくまで情報を漏らさぬようシラを切り、なるべくなら無知無能を装う。拙いながらも、ハインはエミリアの受け売りを実行する。


「信じがたいというのはお互い様。僕らとしても、あなたの仰る危険な事態、そしてあなた本人にもまったく信頼は置けない」


 淡々と広間に響くジークフリトの声。


「しかし、この場は危険だと咎めるという事は、あなたは根っからの悪人じゃあない。資料館に地下から進入して盗みを働こうとしたものの、急に良心に目覚めて嘘八百を吹聴するまぬけな悪党というのも否定できないが――――まあ、理由もなしに他人に発砲して快感をおぼえる人種ではない。そうと見込んだ上でお願いがしたいのですよ」


「お願い……?」


「やましいもの、見せたくないものがあるわけでないのなら、どうか我々に知人を捜索させてください。あとはこの下にあるフロアだけなのですよ。あなたが僕やアルマに危害を加えないのであれば、あなたの邪魔は絶対にしません。あなたが何者か、という事に関しても詮索はしない。相互に不干渉。という事で、いかがでしょうか?」


 落ち着き払ったジークフリトは、そう言い終ると身をかがめた。床に置いたナイフシースに平手を向け、「取っても?」と表情でハインに促す。ハインは小さく頷いて許可した。


 アルマ、ジークフリトの発言の数々は、いかにも自分たちは別の目的を秘匿していると主張しているかのようだった。好意的にそれを解釈するのであれば、ハインと同じくカールによって境遇を弄ばれた事に関する折衝だろうか。この二人もまた、否応なしに顛現法とハシラの儀に巻き込まれた被害者なのか?


「わかりました。しかし先にも言ったように、この環境を作り出した首謀者が何を目的としているのかは僕にも予想がつきかねます。僕が先行しますので、安全が確認でき次第、お二人はカール・クレヴィングを探してください」


「こちらの事情を汲んでくれて助かります」


 ナイフシースを腰に戻したジークフリトは微笑みを浮かべ、おもむろにその白いてのひらをハインの前に差し出した。この笑みには含みがある。そう思わせる為の、偽装術としての表情。できるだけハインは感情を表に出さぬよう努めつつ、ジークフリトの手を握り返した。


「こちらこそ」

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