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異界のウタ ~Arma virumque cano~   作者: 霞弥佳
奈落へ堕ちゆくハイン
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激情

ハインリッヒ・アルベルト・シュヴェーグラー 17/04/1932

 駅前と各方面街道、アウトバーン方面に通ずるホリゾントの基幹街道から外れた枝葉(ドリフト)地区にまで入ると、納魂祭に浮かれる人々の熱気はずいぶんと薄まる。ピエロ帽や多彩な蛍光塗料、豊穣の妖精への奉納の意を込めた仮装の行列に、横目でちらちら眺めていたハインは疲労を募らせていた。


「酔っぱらったあ? 昨日は夜通し呑みにでも行ってたのかよ」


 紙包みのケバブ・サンドを両手にやってきたクルトが言った。


「極彩色の化粧で全身コーティングしてる集団が町中にいるんだよ。どこもかしこもそんな調子で、くらくらしちゃって」


「年数回の、文字通りのお祭り騒ぎなんだぜ。ユーモア凝らして神様お迎えする行事は、どこ行っても楽しいもんだよ」


「慣れてないんだ。前の学校、とんでもない田舎にあったしさ。現地の収穫祭も、遠目に眺めるくらいだった」


 ケヤキの樹のふもとに備え付けられたベンチに腰掛け、ふたりは羊肉の挟まった固い麺麭にかじりついた。


「おお、しょっぱいし辛い。ヨーグルトソースにしときゃ良かった……」


 舌を突き出すクルトの手にする紙包みからはみ出るケバブ・サンドには、真紅のホットソースが溢れんばかりに乗っかっていた。刻んだオニオンとパセリが混ざった色合いは非常に食欲をそそられるが、彼の様子を見る限り、一口よこせとタカる気にはなれなかった。


「しくったな。ノッポの拝火人が屋台の横でえっらいうまそうに食ってたもんだから、ついホイホイオーダーしちまったらこれだよ……」


「拝火の人が? 珍しいね」


「水牛みたいなでっかい巻き角でさ。ピシッと黒のスーツでキメたおねーさまだった」


 思えば、生まれてこれまで拝火の人々というものをハインは見た事がない。中等教育の範囲内、東西戦争の折にイスタンブールより大陸を席巻する戦時情勢に介入し、聖ラウラと共に帝国・連合間を停戦へと導いた――――当時の拝火勢力の首脳、国家元首であるカルカヴァン大統領をはじめとする部族の長たちは戦後も精力的に活動し、それぞれ退陣後も世界規模で理性あるもの(インテリジェント)の定義を啓蒙したという。


 が、ハインにとっては史実の知識以上のものはない。蒼い肌に金色の瞳、白目が魚醤のように黒い彼らは、中世期の人々にとっては『魔物』以外の何ものでもなかっただろうが、今の世でそんな発言をしようものなら袋叩きである。実際、新聞やラジオで見聞する拝火の知識人たちは周囲の猿人や半人(ケンタウリ)と何ら変わりはなく、それゆえ特筆するような印象をハインは持ち合わせていなかった。


「具合が良くないなら、一度寮に戻るかい?」


「もう一回りくらいなら付き合うよ」


 ハインとて、この祭りの雰囲気が嫌いなわけではない。実際に参加してみせるのは不得手だが、人々のテンションが足並みそろえて高揚するのを見るのは好きなのだ。


「路上でまた吐くなよな」


 にたりと笑って痛いところを突いてくるクルト。


 それに対し、ハインもまた笑ってごまかしてみせる。


 そうだ、これが日常ってやつなんだ。


 納魂祭という、街ぐるみで開催される行事の日を引き合いにして日常、というのもおかしくはあるが、まぎれもなく今のハインを取り巻く光景は、彼の求めた日常の空気を醸し出していた。


 アパートメントの一室のガラス戸から、額を押し当てて仮装を眺める幼子。


 広場の欄干に手をかけ、互いに伴侶とともに祭りの風景を楽しむ老夫婦。


 白昼堂々、どこに行ったかわからなくなってしまうほど些細な発端からの喧嘩に励む若者たち。


 それを見て、赤勝て白勝てとはやし立てる野次馬たち。


 向こう数日続くであろうこの日常の延長は、果たして今と変わらぬままでいられるものだろうか。ぽつりとそう考えて、ハインはかぶりを振った。余計な事に気を取られるべきじゃない、今の自分が位置しているのは非日常の側ではないのだ。思考のギアをいたずらに持ち上げるべきではない。


 今は、今だけは日常のハインに徹しろ。クルトの同居人、ホリゾント高等部の学徒。そんな、ただのハインリッヒ・シュヴェーグラーでいるべきだ。


 今だけは、この憎悪と怨嗟は封じ込めておかねばならない。ハルヴァの事も、何もかも。ここに非日常は必要ない、今はこのひと時を謳歌しなければならないのだ。




 ハインの意識に空白が生まれた。


 穏やかに横たわる日常という大河に、一筋の非日常という汚濁のノイズが紛れ込んだ。人の身から外れつつあるハインは、その切欠を見逃さなかった。


 ベンチから広がる光景は、ごくありふれた市街の、普段より昂ぶった気風がわずかに流れ込んでくる午後の景色。


 ケヤキの樹が植林された煉瓦敷きの広場の周囲には、閑静な集合住宅が建ち並んでいる。住民の大部分は駅前周辺の地域まで足を延ばしており、人影はハインとクルトを含めてもごくまばら。


 ハインが、その顔を見つけたのは必然というべきか。


「ハイン……ハイン?」


 怪訝そうな顔でクルトはハインを覗き込む。しかし、ハインは眼前のある浮浪者然とした男に視線を注いでいた。小汚いベージュのファーコートを着込み、下半身はありあわせの襤褸で覆っただけ。縮れた長髪を振り乱しながら覚束ない足取りで塀と塀のすきまへやがて霞のように消えていく。


 一見すれば、取るに足らない人生の落伍者。ハインら学徒には縁のない、そして積極的に関わりあうべきでない人種。


「ごめん、やっぱり部屋に帰るよ」


「はっ? あ、ああ」


 クルトの応答も待たず、ハインはベンチから弾けるように駆けだした。目指すは男のいた路地の裏手、石畳を蹴り上げ、喧噪の混じる風を切って疾走する。


 興奮に震えていた顎が徐々に落ち着いてくると、次にハインの口端は歪に持ち上がった。


 歓喜をたたえた小刻みの吐息が漏れ、そして息切れする様子を微塵も見せない。


 どうしくれよう、野郎の首をこの手におさめたのなら、どんな方法でその薄汚れた卑しい命を終わらせてくれようか。謝罪を肛門のような口からひり出させ、虫のたかる頭を踏みにじり――――ハルヴァの味わった屈辱を、奴自身の身体で晴らしてやろう。


 胸骨を砕き、心の臓も肋骨も割り開いてやる。


 芽生えたのは底知れぬ加虐の感情だった。あの男の苦しむさまが見たい、あの男の命乞いが聞きたい、男の命が絶えるところが見たい。


 あの男に覆われ、地の底に押し込まれたハインリッヒ・シュヴェーグラーを復権させなければならない。あの男という存在を滅ぼして、ハインリッヒ・シュヴェーグラーの正当性を新たに示さなければならない。


 自身のなかで喪われた名誉を取り戻さなければならない。その甘美な名誉を自らちらつかせ、ひとりでにハインのギアが高まっていく。比例するように激情は勢いを増し、興奮だけがハインの意識を占めはじめる。



――――殺す、死なせてやるよ、フルーク。



 開けた住宅街からアーケードの暗がりに差し掛かると、シャッターの閉じられた店舗群が軒を連ねていた。ここにも人気はなく閑散としており、ハインの革靴が奏でる乾いた靴音だけが反響する。


 クルトのいる広場からさほど離れてはおらず、せいぜい百メートルかその程度。先ほど目にしたフルークの後ろ姿があった塀の路地からここまでは一本道である、この付近にいなければこちらの存在を察知され、逃走されたか。


 しかし、除籍されたとはいえフルークもまた十三騎士団のうち一人だった人間である。顛生具現の扱いにはあちらに利があり、ハインを迎撃する事も不可能ではないはず。


 だが、もうそんな事は構わない。


 あの男の悲鳴が聞きたい、皮膚を剥がしてやりたい、懇願されたい。


 僕が上で奴が下、その事実を踏みしめたい。


 思考する力は欲望と興奮に上書きされ、取らぬ皮算用を頼りに快感を欲し続ける。

 

 鼓動が高鳴り、汗がインナーシャツを蒸らしていく。蒸気した皮膚に、ひんやりとした空気が心地よかった。荒い息は疾走によるものではない。


 両の手の甲には五芒の方陣が輝き、既に『弦』は稲妻の如き蒼の光を伴って顕現している。もう限界だ、待ちきれない。首を絞めたい、刈りたい、斬り飛ばしたい。殺したい。


 例えるなら、膨張しきった水風船か。


 欲望を放つ対象が未だ現れず、ハインは張り詰める興奮にへどもどした。歯を食い縛りながら店舗と店舗の隙間を探っていくが、憎き仇の姿はどこにもない。


 どこだ、どこだ、どこだ、どこだよ。ふざけるな。


 生来癇癪持ちでないハインは遂に焦れったくなり、手近な店舗のシャッターを蹴り飛ばした。鉄製のシャッターはひしゃげ、アーケード中に破壊音がやかましく響き渡った。


「誰かと思ったら……あなた、意外と堪え性がないのね」


 沸騰しかけるハインの頭に冷水を浴びせかけた声の主は、唐突に彼の前に現れた。まだ調べていない店舗の陰から姿を見せたのは、ベルンハルデ・ヘンシェルだった。先日と変わらぬ制服姿で、ぴんと伸ばした背筋から気が気でないハインを冷ややかな視線で射抜いた。


「あなたがここにいるという事は……そう、さすがに(えにし)を持っている人間という事かしら。『抜刀』まで至っていなくても、因縁ある相手を目ざとく感じる事はできるわけね」


「それって、つまり……」


「お察しの通り。ずいぶんと小汚くなったグレゴール・フルークを発見したものでね」


 ベルンハルデはあくまでも冷静、どこまでもポーカーフェイスを崩さない。そう思いきや、彼女は視線を下にずらすと、ふっと鼻を鳴らした。


「欲望が顛生具現の源とはいえ、その状態で走り回るのはまともじゃないわね。少し落ち着きなさい」


 生徒をたしなめる教師のように、ベルンハルデは言った。見下ろす先にあるのは、ハインの腰――――極度の興奮から痛いほどに屹立し、天幕を形作る勃起だった。


「なっ……こ、これはっ……」


「私達相手ならまだしも、余所でそうして歩いていて捕まるのはあなたじゃないかしら。興奮するのも結構だけれど、慎重になりなさい」


 気恥ずかしさからぐっと奥歯を噛み占め、ハインは目を伏せた。


「それで……逝き急ぎのお坊ちゃん。もうあの男の気配は感じられなくて?」


「はい……僕も、ここに来て見失ったんです」


「となると……腐っても序列Ⅴか。自身の魔力発露の制御にも心得があるわけね」


 涼しい顔でベルンハルデは状況を反芻する。しかし、反してハインの心中は穏やかではなかった。


 先の失態もあるものの、一つは先日の学園敷地での一件による。仕掛けてきたのはディートリヒと彼女の方ではあるが、脚を飛ばした事がハインの中で尾を引いていた。


 ふと見ると、斬り飛ばしたはずの彼女の右脚は欠損なく、軽く包帯が巻かれているのみ。魔人としての練度の差か、ハインは少しほっとした。考えてみれば当然だ、実力の差がありすぎる。あのビギナーズラックがなければ殺されていてもおかしくはない。それがたとえ稚気からの模擬戦でも、ハインにとっては命を懸けた死合いに他ならない。


 もう一件は、昨夜の一件である。


『十三騎士団のメンバー、五人を贄として人形(アダム・カドモン)の身代わりに差し出す』


 という、エミリアからの提言。


 五柱の神格を降ろす器として相応しい人間、顛生具現を修めた者が必要なのであって、十三人の中では指定はない。ただ、十三の中から五人を捧げればいいだけ。


 それは、騎士団全員に対しての謀反と言っても過言ではなかろう。面子から犠牲を出さない為に人形(アダム・カドモン)が用意された過去がありながら、それを無碍にする行いだ。ハインにとっては僥倖ともいえる提案だが、しかしエミリアの心中は未だに察する事ができていない。


 無論、そんな案をブフナーやアガーテ、眼前の彼女にも話す気は毛頭ない。


「ん……これ? 気にしないでいいわ。素人のラッキーパンチに目くじら立てる気ないから」


 ハインの視線に気づいたのか、ベルンハルデは身をかがませて右脚の包帯を取り払った。薄くわずかに傷が残る程度で、ほぼ完治していると言っていい。


「それに……ずいぶんその能力と仲が良くなったみたいじゃない。一晩で、まるで何かあったみたい」


「何かって……何でしょうか」


 怜悧な視線を、今度はハインの腕に投げかける。今でこそ五芒の方陣は手の甲から消え失せているが、ベルンハルデがハインの弦について言及している事は間違いない。


「カール・クレヴィングに、何かしらイカサマでもしてもらったのかしら? それとも地力? いずれにしても、私にいじめられてから今までの間……何かあったのかと思って」


 恐らく、ベルンハルデ――――騎士団のメンバー全員、何がしかの探知能力を自前で有しているのだろう。目視でフルークを追ってきたハインと異なり、気配を追尾してきたベルンハルデの行動からしてもそれは明らかだ。


「ずいぶん沢山……それもねっとり動かせるようになったのね。見違えるようだったわ」


「だから、何が……!」


「あなたの顛生具現よ。さっき、あなたが盛って元気になっている時……つい一昨日には糸の一本を張り巡らせるだけが限界だったあなたが、あそこまで器用に弦を動かせるようになるなんて」


「それだけじゃ要領を得ません。一体、何が言いたいんですか」


 無意識に興奮を高めた結果、自身の能力を顕現させてしまった。ベルンハルデはそんなハインの能力の機微をも読み取ったのだろうが、彼女はまだ発言に含みを持たせていた。


「お友達の一人でも、死なせてきたりしたんじゃない?」


「――――ッ!」


 知っているのか?


 ハルヴァ・アダイェフスカヤが昨晩果てた事を、彼女は知っているのか?


 どこで? どうやって知った? 何を通して!?


「私がこう考える事が不思議? 別におかしくはないでしょう、私達ヴェーヴェルスブルクに私怨あるあなたがそうしない理由がないわけでもない。ごくごく簡単な事。フルークなんぞ知った事か、儀式まとめておじゃんにしてやろうって考えるかもしれないって」


「言いがかりです」


「それじゃあ誰かに『抜刀』のレクチャーでもしてもらった? かなりマシになってるわよ、あなたの能力」


「……」


「あなたが何を考えているかどうかは知らないけど――――」


 昨夜の顛末を、ベルンハルデがすべてを把握できるはずがない。あの場には自分と、エミリアと、ハルヴァしかいなかったのだから!


「まさか、あなた自分が狙われないとでも思ってる? もう、既に人形の欠番は出てる。誰かしら一人死ぬ羽目にはもうなってるんだから。お分かり?」


「狙うっていうのは……何なんでしょう?」


「しらを切るの。まあ、いいけど」


 うっすらと微笑を浮かべ、ベルンハルデは若干うわずった声を出した。


「せいぜいがんばったら? 狂犬とこそこそ嗅ぎまわって、仲よくまぐわうのがお似合いかもね、フルーク子飼いの捨て犬さん」


「……」


 嫌疑をかけているのはみえみえだった。ベルンハルデは、明らかに何がしかの疑いを抱いている。彼女は、そこから誰から入れ知恵を授かったかもちらつかせてみせた。警戒に伴って、全身が総毛立った。


「余計な茶々入れるくらいなら、フルークに抱かれて死んでればよかったのよ」


 一言が、ハインの逆鱗を無神経に撫ぜた。


 きちんとたたまれた襟首を掴みあげ、ハインはベルンハルデの痩身を店舗の壁に叩きつけた。


「どこの、どいつのせいだと思ってる?」


「あら。何が?」


「こんな有様になったのは、僕らがこんな思いをしてるのはどいつのせいだって言ってるんだよ」


「さてね。あなた、好きでこの世界にしがみついたんでしょ? うだうだこっちに文句言わないで頂戴」


「好きで……やってると?」


「ええ。嫌なの? じゃ、何で生きてるの? 死ねばいいじゃない」


 焦げ付いた理性のたががついに外れ、ハインの拳が真っ直ぐベルンハルデの頬に向かって駆けた。


 しかし、ハイン程度の身体能力ではベルンハルデには敵わない。呆気なく握り拳を受け止められてしまう。


「お前らが死ね! 死ねよ! なんでおまえら生きてるんだよ!! 死ね!」


「そっくりそのままお返しするわね。何であなた生きてるの?」


「今はお前を殺す為だ! フルークも、お前も、皆殺しにしてやるからな!」


「ほらダウト。物騒な事を考えるものね、若い男ってみんなそう。何か新しいものを手に入れると、戦う事か厭らしい事にしか使わない。それしか考えられないのよ。ね、若い男の子? 生きてて楽しい?」


 一通りの煽りにハインの顔が赤くなるのを見届け、ベルンハルデは鳩尾目がけて貫手を突き立てた。


「ごぁッ……!」


 えずくハインに向かってもう一歩を踏み出し、今度はベルンハルデがハインの首を右手で掴みあげる。


「あなたみたいにね。自慰(マスターベーション)で騎士団のやる事に首突っ込んでほしくないの。結局はフルークと同じじゃない? 一人でお部屋でおちんちんしごいていれば済むでしょう、目障りだし気味が悪いのよ」


「好き勝手……並べ立てたところで……お前らが、くだらない儀式なんか企てるからッ」


「自分の性欲と数千年越しの悲願をいっしょくたにできるあなたの天秤ってどこ製? 自作? ばかみたい」


 全体重が首に圧しつけられ、呼吸が止まりかける。ベルンハルデの握力も弱まらない。


 ならば、とハインは意識を集中させる。顛生具現なら、あの『弦』の力で……


「指の五本でも一度、間接にそって細切れにすれば学習するかしら」


 眉ひとつ動かさず、ベルンハルデが呟く。次の瞬間、ハインの方陣とは比較にならない光量を放つ五芒星がベルンハルデの立つ石床に展開された。


 続き、外周の円に沿って数本の剣が、矛が、斧が、刀が――――黒光りし、幾人もの戦人の血を戦場から吸い上げたであろう刃を持つ武具が虚空から顕現し、突き立った。


「騎士団のメンバーなら、この時点で私の気質を読み取った上、私の顛生具現のタイプを完全に把握する」


 左手で床から抜き取ったのは、飾り気の少ない短剣。銘も掘られておらず、有象無象の支給品に思われた。高価そうでもない、大量生産された粗悪品。


 逆手で剣を構えたベルンハルデは、続いてハインの鎖骨にそれを突き立て――――押し込んだ。


「がっ……ああああっ!?」


 びりびりと筋がそば立ち、次の瞬間には強烈な熱と激痛が傷口から全身に広がり出す。

 

 噴きだした鮮血は白のワイシャツと紺ベスト、タイを赤黒く濡らし、傷の深さを物語る。


「ちゃちな糸くずがいくらかマシになったところで、調子に乗らないで」


「ぐっ……う、うぁぁぁぁぁ」


 短剣が刺さったままのハインを、ベルンハルデは片腕の力で放り投げた。


「今夜零時。儀式魔術の開始が、白竜(アルバス)立会いのもとで宣言されるわ。場所は学園の聖堂。忘れないでね」


 身を起こしたハインは渾身の力で深々突き刺さった短剣を引き抜き、床に投げ捨てた。


 短剣をチョイスしたのはベルンハルデの手心。それだけは疑う余地もない。その事実が、またしてもハインを苛んだ。


「躾もなってないんだから……せめて、シュタウフェンベルク卿やお兄様の前に顔くらいは出しなさい。オス犬」

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