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異界のウタ ~Arma virumque cano~   作者: 霞弥佳
奈落へ堕ちゆくハイン
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Wollt Ihr den totalen Krieg?

「結局はな。五柱の勇者の伝承から始まったお遊びなんだよ」


 ベッドに腰掛けて背を丸めるエミリアは、吐きだすように言った。


「お遊び……とは?」


「言葉の通りだ。勇者伝承の真似事で一喜一憂していたオカルト信奉集団が、魔術の台頭によってマジの天威を手にするまでに至ったと……そういう事だ」


 魔術の台頭、と言われてもハインにはぴんとこなかった。物心ついた頃より魔術に関する技能制度は存在していたし、そもそも職種や環境によってはその後一切魔術を行使しない人間もざらにいる世の中だ。


「もっとも、どこからどこまでが人外の秘術だったのかは今となっちゃわからんがね。ただ、顛生具現なんつうシロモノがこうして在るって考えりゃ、太古の昔に暴れてやがった原初の勇者ってのも、あながち妄想の産物として片付けるわけにもいかなくなったわけだ」


 その身に宿す聖剣の欠片を意識しながら、ハインは胸元を撫ぜた。


 原初の勇者について目にしたのはいつだったか定かではない。大陸に伝わる、あらゆる英雄神話のひな形である人魔大戦を勝利でおさめた唯一無二、常勝無敗の戦神。厳密には聖書に記されていないにもかかわらず、宗派や都市によっては重要な聖人の一人として扱われている英雄である。


「東西戦争が始まるまでは、勇者様のおかげで辛うじてまとまってたわけだからなあ。大陸の英雄サマサマよ」




 はるかな昔、大陸世界の理性が未だ闇に覆われ、地に魔物と呼ばれる異形のモノが蔓延っていた時代。人々もまた猿人と半人(ケンタウリ)、エルフとの間に猜疑を募らせ、大気には畏怖と悪意が充ちあふれていた中、魔物の首魁たる魔王の討伐という偉業を成し遂げたのがガッリア・ベルギガの勇者である。現在では、大陸やブリタニアにおける正義のシンボルとして広く認知されている。


 かつて存在していた亡国の農村に産まれ、主から寵愛と使命を授かった彼はその慈愛の命ずるままに祖国を旅立つ。


 そのフォーマットから邪竜討伐(ドラゴンスレイヤー)の逸話の残る聖ゲオルギアスを始めとする升天教の殉教者の祖とも言われ、総本山であるローマにおいても明文化されていないながら、原初の勇者はヴァチカンの聖職者の思想にも多大な影響を与えていた。現在主流となっている聖堂の建築様式は勇者出生の地である共和国(ガリア)土着の建築様式を模倣したものであるし、ホリゾントの学園敷地に点在する教会も勇者伝承に登場する魔王城を模したバロック様式の伽藍を有している。


 勧善懲悪という、万人にとって受け入れられやすい至極単純なこの勇者伝承の図式は升天教の布教と統括に多大な貢献を及ぼしたが、中世後期に機を発する教会組織の腐敗に対する糾弾活動の激化が元となり、各地での勇者信仰への程度の差が浮き彫りとなった。


 宗教改革運動は旧帝国やヘルヴェチアで盛んとなり、贖宥状による神職の職権濫用が表ざたになるにつれ、かねてより諸侯勢力などの支配階級から辛酸を嘗めさせられていた下層民による武装蜂起が勃発。改革勢力内で行われていたはずだった急進派と、諸侯との交渉を旨としていた穏健派との諍いは大陸全土に拡大し、北方はスカンディナヴィアの半人(ケンタウリ)勢力がこの思想を表だって標榜する頃には、教会の権威主義を否定し聖書のみを信仰の拠り所とする新たな宗教形態として知られるようになった。


 新教の勢力は主に土着の信仰を既に有していたエルフや半人(ケンタウリ)、また大学で神学を専攻していた学生が主体となり、総本山であるローマや宗主に向けて抗議活動を行った。中世後期の暗黒時代は彼らと旧教、そして当時帝国内で隆盛していたヴィッテルスバッハ家を始めとする一大貴族家系との間で行われた宗教戦争の時代と言っても過言ではない。


 旧教を国教とする帝国で根強く浸透した勇者信仰は、しかし続く近代でいたずらに戦火を広げる原因ともなった。新教と旧教の対立の他に起こったのは、王族同士による勇者の血統の奪い合いであった。


 近代を目の前にようやく大規模な戦が鳴りを潜めると、帝国内での為政は勇者の血と共に実権を手にした大貴族(マグナート)達によって行われるようになった。貴族、王族による近親相姦によって交配が進められ、勇者の血は帝国中枢でゆるやかに、しかし途切れる事なく広まっていった。王権神授と勇者の血統による支配の正当性という二説が合流した事により、結果的には閉鎖的な帝国主義、貴族主義が一世紀以上に渡り帝国を支配し続けたのである。


「そして来る東西戦争時代。この頃になりゃ帝国はもう死に体だな。古代のパックス・ロマーナの再現ならず、阿呆な貴族は中央でラリラリ、まともな家系は血友病でもろとも全滅。エルフやドワーフのくそブルジョワに半ば国庫を握られ……辺境では農民が平気で数世紀遅れた生活してるような有様だ。信じられるかァ?」


「その時代から……まだ百年も経ってないんですよね。当時はホリゾントも森の中に埋まっていたとか」


「そうさ、百年も経っちゃいねェんだよ。あのとんでもねえ戦争から……勇者サマが実際に地に現れてからよお」


「勇者が実際に……いると?」


 先のベルンハルデの言葉が思い出される。


『あなたも私も、五柱の勇者の末裔。勇者様が黙っておめおめ殺されるなんてことはないわよね?』


「五柱の勇者……とかいうやつが、本当にいるっていうんですか」


「あたしやテメェのようなトンチキが十三人もいるのを見るに、どうやらそうみてえなんだよなあ。ま、末裔ってくらいだ。帝国内探しゃそこまで稀少じゃあねえだろ」


 確かに勇者と呼ばれるほどの聖人ともなれば、その親族の末裔までもが神聖視されるとも考えられる。しかし、その血筋に該当する者が揃って顛生具現という秘術に精通しているものか? たとえ先天的なものであっても、外部にその存在を知られず数十年を過ごせるものか?


「ここでいう五柱……五人ってのはだ。原初の勇者が遺した威光の体現――――聖剣にマスターとして選ばれた五人を指している。五人の末裔に五本の聖剣、実にシンプルだろうが?」




 東西戦争の折。


 オリエンス連合勢力は破竹の勢いで帝国東部を進軍、瞬く間に主要都市と街道を陥落させ、帝都シュティレンヒューゲルを包囲。機甲大隊を中心とする陸軍勢力の奮戦虚しくものの数日で制圧が完了し、皇帝一族までもが拘束された。


 開戦から数週間が経ってもなお首脳部や、その直下に位置する国教騎士団は前線の状況を把握できておらず、時の参謀総長が騎士団の実質的瓦解に気づいたのは、連合の先遣隊に帝都の目と鼻の先へ進入された後。近代化されていた筈の歩兵の武装は時代遅れのマスケット銃とバヨネット、虎の子の機甲大隊では士官の根本的な練度の不足、そして粗悪な弾薬や部品による相次ぐ装備の不全によって満足な戦車部隊の運用もできず、敗走を重ね続けた。


 よしんば装備や士気が充実していたとしても、当時のオリエンス連合軍の進軍ペースは帝国部隊の展開速度を大幅に上回っており、前線ではオートバイや鹵獲した翼竜、新兵器である携行機関銃などが順次投入されていた為、開戦からの不利を覆す事はほぼ不可能であった。


 二等市民として区画ごと隔離されていたドワーフやオーガを始めとする人種が正規軍の盾として徴用されるなどの、戦時特有の差別行為が他国の記者によって世論へリークされたのも痛打となった。


 戦前より中央議会では人権派の半人(ケンタウリ)議員が議席数を増やしていた事もあり、帝国内部では猿人社会の上位に位置している貴族の多くは被差別民に対する強い嫌悪感を抱いていた。リークによる打撃は、のちに国際社会からの制裁というかたちで彼らに加えられる事となった。


「何百年前の事やってんだって話だな。綺麗に身支度した議員先生が豚だの馬だのに捕らえられて首チョンパ、あるいは蜂の巣。あとは腐るまで晒し者とは笑えたぜ」


 クラシックな前装式小銃を担いで行儀よく行軍する帝国軍。対する東方連合軍は人権問題を名目に参戦した汎スカンディナヴィア共同体をも抱え込み、これを完膚なきまでに叩き潰した。

 

 ブリタニア発祥の、史上初の航空兵科である翼竜騎兵(ドラグーン)もこの戦いが初の起用であり、甚大な被害を連合軍に加えたが、それも致命的な差とはならず帝国は敗北を喫した。そもそもブリタニアが参戦した最大の事由は魔王軍――――拝火勢力の帝国領進出にあった。


 ガッリア・ベルギガの勇者による勝利がもたらされてから、拝火と名を変えた魔王軍はイスタンブールより東の地域に封じ込められる形となっていた。地中海沿いには帝国軍が駐屯し、その極めて攻撃的且つ排他的な性格から、拝火側もまた国境を不可侵のものとして扱っていた。


 明確な勇者信奉でなく、神獣であるドラゴンに信仰を寄せるブリタニアもまた帝国に酷似した反拝火の精神を有しており、同時に東方連合に対しては西欧社会を侵犯する大陸の癌であるとして敵対していた。


 戦時中、拝火勢力は戦乱の早期終結を図るべく西側の覇権国であるブリタニアへ幾度となく活動提携を持ちかけたものの、いち兵卒にまで浸透した差別意識もあり、ごく限られた兵站の支援のみに留まった。翼竜騎兵(ドラグーン)部隊の貸与の例もあったとの報告もあるが、融和政策の強調を目的とした捏造という見解が有力とされている。


「その時魔物野郎どもに寝返りやがったクソカスが勇者の一人……五柱の勇者の聖ラウラだよ」


 教科書にも載っている、誰もが義務教育で一度は目にする名前のひとつであった。


「東西戦争ってのはな。あたしらからすりゃあ、五柱の勇者同士の殺し合いでしかなかったんだ。拝火に寝返った勇者、帝国の為に命を賭した勇者、連合に着いた勇者、ローマに着いた勇者……聖剣のとばっちりに、バカな政治家や貴族が付き合わされたってだけなんだよ」


「そんな……」


「その中で、勇者や聖剣相手に戦った……ヘルヴェチア連邦(エルフ)の側には、リヒャルトという男がいた」


 男の名は、リヒャルト・ヴァイルブルク。


 エミリアの言は続く。ヘルヴェチア財務省から外相を経て、陸空軍司令部までもを総括するまでに至った人物であり稀代の知識人、また近代史におけるプロパガンダの天才。


 国土の大半が山脈と森林に覆われ、共和国(ガリア)に匹敵する戦力と軍備を有しながら中立を標榜するヘルヴェチアにおいて秘密裏に帝国残存勢力を支持し、戦後の親帝国組織FCAの創設に深く携わった人物の一人。その類まれなる政治手腕は汎スカンディナヴィアと旧帝国首脳部の大部分をFCA支援に傾かせ、諸国にそのシンパとなる結社を置く事で大規模な啓蒙態勢を確立させた。早期に航空戦力の配備を実現させる事で連合やブリタニアに対する牽制策を講じたのも、国枠主義の育成を目的としたものとされる。


「しかし、そんな奴でさえ勇者を相手にしたらタダじゃあ済まない。現にヒョロガリの青ビョウタンとはいえ、奴もブリタニアくんだりまで行っておっ死んでるわけだしな……」


 リヒャルト・ヴァイルブルク――――FCAが真に聖者の使徒の集団へと至ったという事実は、帝国貴族ヘレネ・ヴィッテルスバッハの再来に起因する。


 東西戦争当時は国教騎士団の一人として東部国境で防衛の任に当たっていたが、戦線の拡大と想定を大幅に越える軍備損耗に伴う連絡交換網の破断の為、長らく戦闘中行方不明(MIA)として処理されていた女将校。


 その神威のもとに集う(パーティ)を束ねる、最優の五柱の勇者。


 そう告げたエミリアの口端が、高揚からかわずかに吊り上った。


「総帥ヘレネ・ヴィッテルスバッハ――――我らが(フューラー)の天恵によって、真に聖剣同士、勇者同士が目論んだ、人間同士の代理抗争が始まったってわけだよ。FCAと、それ以外のくそ勇者のな」


 ああ、あれは本当に凄かった。心が躍って飛び跳ねた! まるで自分が歌劇の主役のようにも感じられた! おとぎ話が目の前で紡がれている、このあたしの目の前で本物の歴史が大地に刻まれている!


 ペースは変わらぬものの、明らかな昂ぶりをみせるエミリアの口調。


「そう思ったのはあたしだけじゃなかったみたいでな。他にも似たような身の程知らずのトンチンカンが何人かいたさ。ヴァイルブルク卿も、そうして勇者に魅せられた一人だった」


 FCAにもたらされたのは、一本の古びた剣。


 剣身は錆びが目立ち、柄の装飾はあちこち欠損していた。


 かつてはガリアの王の宝剣として権威を誇示していたのだろうが、一見しただけではそれがなまくらと呼ばれるものとどこが違うのか見分けがつかない。


 しかし、確かにその威光はあったのだ。


 勇者の血が誰よりも濃く顕現した者が手にすることで、それは確かにこの世に目覚めたのだ。


「聖剣ジョワユーズが(フューラー)の手で目覚め、聖ラウラの持つ聖剣と神威をぶつけ合った。かの聖アリスが崩御した、ブリタニアのキャメロット事変も……根底にあるのは勇者同士の兄弟喧嘩だよ」


「それじゃあ、かつての勇者は……僕らのように、顛生具現を使って戦っていたっていうんですか」


「逆だ逆。あたし達がパチモンなんだよ。魔術もなしに必死こいて勇者同士の戦いについていこうとした、ヴァイルブルク卿の悪あがきってな」


「なら、顛生具現は……人間の手で考案されたものだと?」


「技術の確立は紆余曲折経たみてえだが、そんなところだ。そして、その目的は……」


「……」


「五つ。五つ分、ハシラの神格をブチ殺して儀式を完遂させる事。人形(アダム・カドモン)も顛生具現も、すべてはその為だけに用意されたモンだ。しょっぺえザコの魔術師いびって悦に入ったり、ちびちび小銭稼ぐ為にあるんじゃねえんだよ」


「五つ……」


 五という数字に、ハインはやはり五柱の勇者と彼らの儀式との関連を感じていた。


「どう伝承と繋がってるかはカールにでも聞けや。必要最低限、テメェが誰をブッ殺せばいいのかだけ簡潔に教えてやるよ」


 殺す。


 己の品位の完成の為には殺人をも厭わないという矛盾した選択を、ハインは改めて突きつけられたような気がした。


「カーシャ・ベルジャーエヴァ」


「なっ……!?」


「サモアール・プーシキナ、ゼフィール・ダヴィドヴァ、そんでついでにマルティン・シュヴェーグラー」


 エミリアの告げる名は、どれもハインにとっては想定外のものばかりだった。明確に排除すべき対象であるとは夢にも思わぬ面々であり、おぞましいグレゴール・フルークの手によって汚された人々だった。


 およそ仇と呼べるものではなく、それはハインの戦う理由そのものともいえた。


「何を……言ってるんですか。どうして……」


 ハインの戸惑いには意も介さず、エミリアはさらりと言ってのける。


「こいつらを、他の騎士より先に殺せ」


「だからどうしてッ!? 意味が分からない、なぜ僕があの子達を殺さなきゃならないんです!!」


「そしたら、次は他の騎士の連中も殺せ。五人分、きっちり耳揃えてブッ殺せ」


「エミリア・ハルトマンッ!!」


 エミリアは怒号にも動じず、やはりどこか嬉しげな伏し目で視線をハインに向けている。


人形(アダム・カドモン)ってのはな。あたしら側が用意した撫物であり贄……ウィッカーマンと言ってもいい。その身にハシラの神々を降ろして、その上で殺す。連中の意義は、壊れる事にあんだよ」


「壊れるため……?」


「生の身体を持たねえ、とある神にこっちで身体を与えてやるんだよ。そうしねえと、こちとらも手出しができねえからな。顛生具現ってのは、人形(アダム・カドモン)ごと神格を殺す為にあるモンだ」


 ヴェーヴェルスブルク騎士団の目的は、儀式の完遂。その為には、ハシラの神と呼ばれる五柱を排除する事が必要不可欠。そして、人形(アダム・カドモン)とは五柱を降ろす為に造られた存在であり、それが用意できない場合に行われることはただひとつ。


人形(アダム・カドモン)は代替だ。つまり、他に贄たりえる素質を有する野郎がいりゃあ事足りちまうわけだよ。おい、ここまで言やわかんだろ?」


 すなわちハインのとるべき行動とは、


人形(アダム・カドモン)を使わせずに……誰か五人を贄にする事……?」


「正解」


「けど……待ってください。なぜ、なぜあの子達を殺さなきゃならないんです。ゼフィール達は……彼女たちは、確かに生きていたんです! 造られたとは言ったって、ちゃんと考えて、物言う人間だったんですよ!」


「神格が降りる前はそうだっただろうな」


「どういう事です……!」


「ハシラの神ってな、高等竜(エルダードラゴン)みたく形ある神獣じゃない。テメエの身体が無いが為に、そこらをフラフラぶらついてるような存在に過ぎねえ。そして、人形(アダム・カドモン)には予め内部に連中を喚起させる術式が施されている。ゆえにだ。テメェの報告にあった人形(アダム・カドモン)の豹変ってな、遅かれ早かれ起きるモンだったんだよ。そらフルークのクソが手を施したって事も考えられなくもねえがな」


 フルークさえ斃せば、あのゲオルギイ・ラプチェフを殺せさえすれば、これまでの日常が戻ってくる。憎悪をその一面に敷き詰めていたからこそ、矛盾していながらも品位ある生きがいとやらを仮初とはいえ抱くことができていた。

 

 手にした紅い弦は、奴の首を縛り上げるためのもの。そう信じ、決意する事もできようはずだったのに。


 その淡い願いは砕かれ、代わりに置かれた歪な希望はあまりに遠い。


「既に人形の方は一体ぶん欠員が出ているもんでな。誰かしら騎士団の方で生きた人間を工面しなきゃならん事態には陥ってるってわけだ。口にゃ出さねェが、連中も恐らく既にやる気なんじゃあねェかなあ?」


「いかれてるんじゃないのか……?」


「あ?」


「頭おかしいって言ってるんだ! 何が、何が楽しくてこんな事ができるんだよ! 贄だ何だって、あなた達の方こそ頭が中世で止まってるんじゃないのか!?」


「そう思うんなら、ぜひあたし達を皆殺しにしてみてくれや! そォなんだよ、あたしらお脳がスッとろいもんでよォ。老害(ロートル)がマスかきながら書き散らした妄想に縋る事しか考えが及ばねえんだあ!」


「少なくとも……仲間うちで人死にを出したくないから、人形(アダム・カドモン)なんてものを作ったんだろ。だのに、どうして……」


「知った事かよ。元はと言えば発案者はブフナーとフルークだからな、あたしは別段他の連中がくたばろうがどうなろうが構わねえ」


 エミリアの薄ら笑いに、ハインは意図せぬ悪寒に震えた。


 交流を育んだとて、やはりこの少女もまた魔人の一人に違いはない。彼女らにとっては、他人の存在など毛ほども価値がない。荒地に茂る雑草かそれ以下の、取るに足らないものでしかない。あまりに密度が濃すぎるために、他者を映すはずの視界がそう変容して久しい悪鬼。底知れぬ異物を孕むディートリヒやベルンハルデと同じく、人外の魔物にほど近い存在。


「そうまでして、何が欲しいっていうんですか……くだらない儀式の先に、一体何があるっていうんですか」

 

 そして、ハイン自身もまたそれに刻々と歩み寄っている。その事実に、途方もないある種の諦観を抱きながら。


(タマ)賭けるに値するほどの『楽園(アガルタ)』よ」

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