雪の日
不意に吹きつける雪粒まじりの強風に、ベルンハルデ・ヘンシェルは思わず身震いした。
彼女とその同僚が歩くその通路――――雨風を凌ぐガラス窓は砕け、粉雪で装飾された石床に散らばっている。ベージュの壁紙はそこここが焼け爛れ、カアテンは形なく炭化し窓際に積もっている――――そこが不似合な鉄火場となってから、さほど時間は経っていない。
かつては多くの少年少女をかかえ、巣立ちまでのわずかな時を見守り続けた小さな学び舎も、こうなってしまっては形無しだ。
周囲に漂うのは、据えた焼け跡の臭気。そして、鼻腔だけでなく思考までひりつかせる異臭。人の脂肪が焼けたにおい。
流れ込む冷風で臭気はかなりましにはなっているものの、ベルンハルデは未だ焼死した遺体は苦手だった。体表面のあらゆるものが黒く焼け焦げ、裂けた皮膚から生焼けた肉が見え隠れするようなものは大の苦手だ。てらてらと光るピンクのそれが露出しているのを想像するだけで吐気を催す。
彼女とて、並みの一平卒とは比較にならないほどの修羅場をくぐってきた経験はある。
殺めた人数も、周囲に点在する焼死体を作り上げた本人には及ばないものの、百や千ではまだ足りない。世間一般でいう、弱者を無差別に食い物にする連続殺人者とはわけが違う。
しかし。
どういうわけか、焔にまかれて絶命した遺体だけは、だめだ。
理由こそ釈然としないが――――その落ち窪んだ、闇を携える眼孔や半開きの口腔が視界に入ると、どうしようもなく感じるのだ。言いようのないざわつきと焦燥を。
「体調がすぐれないか。確かに、冷え込んできたしな」
隣を歩く同行者――――エドゥアルド・ブロッホは、ぼそりと彼女の身を案じた。
同年代の少女にくらべると長身といえるベルンハルデだが、ブロッホの体躯はそれを遥かに越える。帝国の一般的な猿人(二本ずつの腕と脚を持ち、二足歩行で生活を営む人間)男性の身長は180センチ前後であるが、目分でも彼は2メートルはゆうにある。
ベルンハルデと揃いである黒服に包まれたその肉体は、いわば鋼鉄の帯に包まれた肉の鎧。正面切って相対すれば、その内包されている肉の密度に圧倒されることだろう。
「この有様を見るに、ハルトマンが制圧担当に抜擢したのはアンデルセンだろう。様子振っておいて、する事はこうしてえげつない。苦手だよ、あの女は」
無骨な岩を加工もせず切り出したかのような容貌で、はかなげにぼやいてみせるブロッホには、伝承に登場する原亜エルフの粗暴さ醜悪さは微塵も感じられない。現在でこそ、そうした種族や形態に対する差別的発言、あからさまな侮蔑の意を有する表現は、あくまで表面的だが批判される案件である。とはいえベルンハルデは、ブロッホの恵まれた巨体と聡明な言動との間に生ずる落差に対し、おかしみと同時にかすかながら親しみすら覚えていた。
「気分が悪いか」
「いえ、別に」
事もなげに返答するが、ブロッホほどの男がそう言うのだから、やはりどこかで無意識のうちにそうした仕草を見せてしまったのだろう。ベルンハルデは改めて背筋を正し、歩を進める。
「ベル・ヘンシェル。きみはまだ、アンデルセンの切り札は目の当たりにはしていなかったかな」
「はい、存じません。未だ私は、与えられた力を最低限修めたばかりである若輩の身。アンデルセン女史の『抜刀』など、私にはまだ……」
「それはごもっともだが、あまり謙遜が過ぎるのも良くない。いずれは全員を『抜刀』させてやるくらいの気概でいるのが一番だ」
『抜刀』
ベルンハルデにも与えられた、人知を越えた能力の解放。
体系的には一般に扱われる魔術の枠組みのうちの技術ではあるが、もたらす現象はそれらの比ではない。唯一神――――ひとつの教義を拠り所にする魔術とは一線を画す、いわば超自然のおりなす法則の革命と呼ぶべき御業――――ベルンハルデもまた、新参とはいえそのような技術を扱う魔人の一人である。
「私もアンデルセン本人の抜刀を実際に目にしたわけではないが……推測くらいはできる。ご覧、ベル・ヘンシェル。われわれが歩いてきたこの通路。そう、あの位置だ。あの一か所だけ……見えにくいだろうが、かすかに焦げ跡が円形に走っている。円の内部だけが、熱に晒されずきれいに残っている」
「はい」
「そして、今度は壁をご覧。ハルトマンやシュナウファーのように弾丸をまき散らかしていない。そして私やディートリヒ……きみの兄のように、拳で直接相手と取っ組み合いをしたわけでもない。床に踏み込みの跡もないだろう」
今度は静かに頷く。ブロッホは、年若い教え子に講義する教師のようになおも語る。
「ここから考えられるのは、アンデルセン女史の能力は接近して使うものでもないし、自分以外の物体を利用して戦うものでもない。すなわち」
「具象顕現型」
「正解……かどうかは未だアンデルセンにしかわからんが、私の意見とは合致するな。偉いぞ」
落ち着きあるバリトンでベルンハルデを褒めつつ、ブロッホは彼女のブルネットをくしゃくしゃと撫ぜ回した。
「特定の武装や魔術現象ではなく、指定した限定空間に『事象そのもの』を顕現させるのが『具象顕現型』。今回のケースでは、範囲は半径10メートル前後。基本的に小出しにして、邪魔が一人か二人なら術を使わず適当にいなしたんだろう。そこでこの通路で5人前後に一斉に出くわし、Feuer」
ブロッホの推察と、此度の惨状は一致していた。炭化した遺体は、ちょうど通路の奥の壁や床に叩きつけられ、それぞれはじけた部位は焦げた表面から桃色の断面を晒していた。砕けた遺体の部位が散乱していた為、正確な人数はわからなかった。
「……」
「ああ、すまん。長引いたな。さっさと用事だけは済ませようか」
気分を変えてやろうと思った、と弁明するブロッホ。
確かに彼の講釈と『術』の分析に関する復習、為にはなったが如何せん胸のむかつきはあまりおさまっていない。
「急ごう」
ブロッホに促され、ベルンハルデは通路の奥、蝶番のいかれたドア目指して駆けだした。手作りの造花で装飾されていた――――すべて熱と焔に蹂躙され、そのどれもが焼け焦げてはいたが――――ドアのプレートには、拙い字で校長室と記されていた。
「おうコラ、遅ェぞ。もうアンデルセンの奴ァ、仕事終わってサッサと行っちまいやがってよぉ」
入室したベルンハルデとブロッホのふたりを迎えたのは、耳ざわりで甲高い女のけだるげなぼやき。
部屋の中央に置かれたデスクに腰掛け、短い両の脚を精いっぱい組む彼女は、明らかにベルンハルデよりも年下。着こんだ黒の勤務服は、誂えられたかのようにだぼつきもなく馴染んでいた。
果実を思わせるつややかな赤ら顔、明るい茶髪のショートボブをうなじでまとめた様は、同じく果実のヘタのよう。どれだけ高く見積もっても年の数は12か13。
ぴんと真横に伸びた両の耳は、ヘルヴェチアの森の民の血の持ち主である事を証明していた。
しかし、口調と物腰のどれをとってもそうとは思わせない粗暴さが何よりも目立つ。巻き舌で囃し立てるその様子は、まさしく柄の悪いちんぴらそのもの。
「つれねえ女だ。教授だか学者先生だか知らねえが、お高くとまって何様のつもりだってんだよ」
「無駄口はいい、ハルトマン。人形どもとフルークはどうした」
「ご覧の有様だよォ、畜生が。やられたぜ」
ちんぴら少女――エミリア・ハルトマンはそう言うなり、デスクの上の一切合財を足で薙ぎ払った。
「ああフルーク!! グレゴール・ルドルフ・フルーク! あの青ビョウタンめ! 股ぐらだけはそこらのガキみたくいっちょまえに溌剌とさせた豚男が! あの野郎、テメエは抜かねえで周りの人形どもに任せっきり、サッサと逃げおおせやがった! 次ィ見かけたら、あのにやけた面からひき肉にしてヴルストの材料にしてやる!」
「負けた上に逃がしたか。エミリア・ハルトマンともあろう武人が?」
「逃がしちゃいるが負けては――――けっ、認めるよ。負けだね、あーあ、クソうぜえ。冗談じゃねェってんだこんちくしょうがよ」
悪態をつきながら、エミリアは壁際の『それ』を顎で指した。
それは人形。ブロッホや彼女の言葉のうちにあった、人ならざる被造物。フルークなる者が侍らせていた、娼婦の一人だった。
「プラハの施設で造らせていた人造人間がうちの一体。ここで人間ゴッコさせてた人形だろうよ。こいつそのものは、あたしの敵じゃあなかったがな。まあまあ楽しめたぜ」
そう吐き捨てるとエミリアはデスクから飛び降り、つかつかと壁にもたれかかる『人形』へと歩み寄る。
既に物言わぬシリコン質と金属部品の寄せ集めとなった『彼女』は、しかし次のエミリアの頭部への回し蹴りによって瓦落多へと姿を変えた。頭部が砕けるとともに、ばしゃりと床に電解質溶液を撒き散らした。人口被膜は破け、皮下の頭骨と肉は細かな片となって同じくはじけ飛んだ。
「さすがに『抜刀』とまでは行かなかったがな。フルークの野郎本人と闘りあうよりかは、まあ楽しかったんじゃねェかな」
ぐしゃりと『人形』の眼球を踏み潰し、苦々しくエミリアは言った。
「ラビ・レーフの土くれ人形。東方旧教の神秘主義者が用いる錬金術の産物だってな。さすが、血と糞が詰まっただけの人間よりかはタフかつ頑丈だ。おまけに、あたしらと同じように『抜刀』まで使ってきやがる。所詮はまがい物だが」
「カール・クレヴィングの受け売りか」
「ああ、そうよ。何たって、野郎がこの場所のガサ入れを指示してきたんだからな。名前ばっかりの指揮官だが、媚を売っておいて損はねえ……ああ、肝心の豚野郎は逃がしちまったから、怒られちまうかな?」
悪びれる様子もなく、エミリアはなおも人形の肉片をブーツで躙り続ける。ブロッホの視線に心地が悪くなったのか、彼女は言葉を次いだ。
「アンデルセンはどうか知らんが、表のシュナウファーが逃亡した方向を確認してる筈だ。そんなに邪険にすんなよ、冷てェな。大体、諸々の目的はホリゾントじゃねぇと達成できねェだろ。そう遠くへはトンズラこかねえだろうよ、向かう場所はおんなじだ」
「青の焔に帳の幻影まで駆り出してこれか。カール・クレヴィングの采配も大した事はない……とでも納得すればいいかな」
「いけ好かねえ豚め。グヂグヂうるせェんだよ、テメエも人形どもとまぐわいたかったってのか? フルークの野郎を殺ったらどうとでもなンだろが。それともなんだ? そこのガキがいんじゃねェか。どっかしらの便所でしゃぶらせて一発スッキリしてこいや」
下卑た笑みを浮かべながら、エミリアは初めてベルンハルデへ視線を移した。
「嫌かね下っ端。その野郎の豚煮込みになるのは嫌か? しゃぶるのはお兄様のモノがいいってか」
「……」
「無視かよ、おい。補充要員の下っ端がよ。何とか言えや」
第一の印象は、下種。
未発達なその幼い肢体に詰め込まれた暴力と悪意を感じ取り、ベルンハルデは嫌悪の気質を隠そうともしなかった。
「身内に営業スマイル向けてやるほどあたしは優しくねェんだよ。そうさ、今ここにいるこのコにだったら笑顔を向けてやらんでもない」
エミリアはデスクの裏へ回ると、何がしかを片手で掴み、ベルンハルデ達のもとへ投げてよこした。
どさりと床を打ったそれは――人間。
この場所に相応しい、唯一の存在である年頃の少年だった
痩身の身体にまとうのは一枚のベッドシーツのみ。力なくうずくまり、肩の付け根腿を覆うシーツは血に濡れている。艶めく黒髪は血で赤黒くところどころが固まり、幼気を残したその顔は死人のように青白い。出血と凍えからか細かに身体を痙攣させており、その命はもって一時間か。
ベルンハルデが眉をひそめるのを見て、エミリアは言った。
「あたしじゃあないぜ。やったのはそこのお人形さんだ」
「人造人間が……?」
「信じられねえか? それともまだ、ここで起こった状況が全部理解できてねえか?」
同胞グレゴール・ルドルフ・フルークの謀反。
ブロッホ、および上司ともいえるカール・クレヴィングからの情報では、
錬金術に長けるグレゴール・フルークが組織に収めるべき成果である人造人間を自らの私欲を満たす為の道具にせんと、出奔を企てていた。以上の容疑の有無を確認し、フルークの身柄を拘束せよ。ベルンハルデには、その程度のアバウトな指示しか回っていない。
(この少年は人造人間……では、ない)
眼前に横たわる少年は、あまりに脆弱。
あまりにか細く、秘術によって生み出されし存在とは到底思えぬ。
そもそも、この少年は何者だ?
フルークの協力者とも思えない、見た目は若々しいとはいえ、形態からしてエルフでもない。正真正銘、ただの無力な少年にしか見えない。
文字通りの虫の息で、今にも事切れそうな襤褸。
「クラスメイトだよ。人形どもの」
唐突にエミリアが口を開いた。
「そこのお人形のお友達。お人形を、お人形っぽくなくすためのだ。確かにこいつら、どこの国の言葉だって喋るしどんなものだって食う。だが、そんなんじゃだめだ。それじゃあ人間とは言えない。あたしらのような『抜刀』だって使えない」
「それじゃあ、彼は」
「お人形の教育係とでも言やあいいのかな? 確たる人格をお人形に植え付けるためのな。もっとも、まんま人間そのものってわけにもいかねぇだろうが」
「では、お前はこの少年をどうする。どんな意図があって、こうして保護している?」
「クレヴィングの野郎がいつも言ってるよな? 『あまねく世界は、すべて等しく水のように粒子によって満たされている。粒子は縁によって紡がれ、縁は糸のようにどこまでも続いてゆく。粒子をその色に染め上げ、どこまでも』マジ頭おかしいよな、きめえ」
けらけら嗤うエミリアだが、その腹はおそらく好奇に満ち満ちていただろう。
「要はな。縁――魔術やまじないってな、そりゃあ家族関係に限らず、あらゆるコミュニティの状態によって効力や現象が左右される無駄にデリケートな技術だ。関わりひとつなかっただけ、ボタン一つ掛け間違えただけ、もっと言や蝶がひとたび羽ばたいただけで、あたしらはもしかしたら誰もフルークの野郎にたどり着けねえかもしれん。そこでだ」
エミリアは上衣から銀に輝くものを取り出すと、ベルンハルデに見せつけた。片手剣を象った、手のひら大の金属細工。衣服を留める用途で用いられる装身具のようにも見えた。
「このガキに『鞘』になってもらえば、もしかしたらフルークも、人形どもも潰せるかもしれねえとか思ったりしてよ」
「彼を……!?」
『鞘』
それは剣を収める覆い。
すなわち、ベルンハルデらという刃を抱く『鞘』の集団に、この少年を迎え入れるという事。
「もちろん、裏切り者のフルークとかいうキの字をコマ切れにすんのはこのあたしだ。が、客席で退屈してるクレヴィングやあのお方に向けての、なんだ。カタルシスにいたるまでの呼び水ってのが必要じゃねえかと思ってよお」
「人形どもと生活を共にしていたその少年ならば、並々ならぬ縁を保持している、と?」
「無論、完全な『鞘』になれるかどうかはこのガキ次第だが。どうする、同意するかね? クレヴィングからの墨付きは頂いてる、どうするね? あとはお前らが同意するだけ、あたしはこれを植え付けるだけ」
金属細工のように見えたそれは、単なる装身具ではない。
ベルンハルデら『魔人』を魔人たらしめる為の身体を得るための神器だ。
「幸い、こいつ自身かなりフルークや人形どもに恨みがあるらしい。もしかしたら、もしかするかもしれないぜ」
それすなわち、この少年から少年である事、人間である事を奪うに等しい罪業。人たらしめる不可逆の生を穢し、不老と可逆をもたらす魔術。魔人の錬成である。
「私怨もまた願いであり渇望。顛生具現を目覚めさせるに足るだけの理由はあるか」
ブロッホが呟いた。
顛生具現――――今ある己を否定し、個我の望む夢幻の姿こそが真である。自己で完結し、いびつな自己肯定に基づく願望を顕現させるという、従来の神格に依らない技術。他者の妄想をねじ伏せ、己の妄念、怨讐こそが唯一の真実だという強烈な一太刀、それが前述の『抜刀』である。
『鞘』の中で育て、磨きあげたる刃が、果たしてこの少年の中にあるのだろうか。
「……」
ベルンハルデは改めて知識を反芻する。
顛生とは、東方の輪廻転生思想に源を持つ単語。
死後、六道輪廻と呼ばれる世界観のシステムに基づき、死者の主観が六の宇宙に振り分けられ、再びの生を得るというものである。六の宇宙が構築する円を司るは、羅刹と呼ばれる死の神。六の宇宙とは、天、人、修羅、畜生、餓鬼、地獄。
いずれも、『魔人』なり果てる以前のベルンハルデには馴染のない概念であった。
顛生具現という、六の宇宙のうち、至高の神格と幸福が約束される『天』を自らの欲と願望で顕現させうる技術を持ちうるまでは。
「おい下っ端。ガキが『鞘』になれたとして……お前、もしかしたらコイツに先越されちまうかもなあ? ただでさえ指定席が四つ……いや、三つしかねぇんだ、大変だなぁお前よぉ」
『天』にたどり着く。
それこそが、ベルンハルデの目的。その為だけに、人外の魔人どもの一員となった。この身ひとつ化外となり果てようが、構う事ではない。そう思わせるだけの理由が、確かにベルンハルデの中にはあった。
『天』の救いこそが私と、そしてお兄様を至高の存在へ押し上げてくれるのだ。
『天』への到達に、私が競り負ける? こんなくたばりぞこないに?
なめやがって。
そうさ。いずれはお前も、地べたに這いつくばらせてやるからな。
嘲りと罵りから産まれたのは反骨心。
ベルンハルデを支え、脚となるのは常にそれだった。
いいだろう、いくらでも挑戦なんか受けてやる。
どれだけ敵が増えたところで構うものか。
『天』に至るのは私と、そしてお兄様だ。
ベルンハルデはエミリアのもとへ近寄ると、強引に神器をひったくった。
「強引だなあ」
相も変わらずへらへら嗤うエミリアには目もくれず、ベルンハルデは死にゆく哀れな少年のもとへ歩み寄り、膝を折った。
自力で上体を起こす余力すらない彼を抱きかかえ、ブロッホに目で合図を送る。
「私は構わない。やれ」
そして――――彼女自身がそうされたように――――神器の切先を、心の臓目がけ突き刺した。