アルベリヒ・ヴォルフラム・マティウス・シュヴァイツァー
アルベリヒ・ヴォルフラム・マティウス・シュヴァイツァー 15/12/1925
「なんだ。女か」
プリーツのすそを掴んで、行儀よく自己紹介した直後だった。
これ以上なく愛想良く微笑み、しかし叔父様はわたしに一瞥もくれず、横にいる母へ視線を戻す。さも面白くなさげに、大いに落胆した様子だった。
「アルベリヒというのは皮肉か? 名付け親はどこの莫迦だ。これ以上役人に女を増やしてどうする、また右巻きにエサをやる気か」
「とんでもございません、この子も帝国の、ひいては大陸の安寧の一助になればと思い日々過ごしておりますのよ」
「彼女の従兄弟の次男坊や、お前の長女まではともかくとしてだ。公的機関が女の魔術師を雇う事そのものが今やバッシングの材料になりうるこの状況でだ、俺に二人目の面倒を見ろというのか」
「みな、誤解をしているだけですわ。この子はきっとよい働きをするはずです。近隣の術師からの評判も、その、悪くはないと聞いておりますし」
「連中が高く買っているのはシュヴァイツァーの名前だけだ。クズどもに余計な媚びは売らんでいい。今後は二度とその娘を表のモグリの魔術師なんぞに見せるな。今後は家庭教師も俺が選任した者だけを雇え。もう術師としての女などいらん」
「そんな」
叔父様の言葉に、母は目を見開いて青ざめた。
叔父様の仰っている事のすべては理解できなかったが、なんとなく、ただなんとなくネガティブなニュアンスが含まれているというのはわかった。
叔父様は悪い蛇にそそのかされた人たちを懲らしめる人だ。
叔父様はいつも毅然としていて、帝国の法と正義のために日々を戦うシュヴァイツァーの英雄だと、母から聞かされていた。
そんな叔父様が、こんなにも苦々しい顔をするだなんて。
わたしが女である事が、そんなにも悔やまれる事だったなんて。
わたしが女である事は、帝国にとっていけない事なのか。叔父様が言うのだから、恐らくそれは真実なのだろう。そう考えると、なんだか背筋が徐々に寒くなっていく気がする。母のように、顔がみるみる青ざめてゆく。
「アルベリヒ」
不意に名前を呼ばれ、思わずびくりと体がこわばった。
「はい、叔父様」
「年はいくつだ」
「はい、今年で九つになりました」
やった。
叔父様に、あの叔父様に、初めて興味を持ってもらえた。
「得意な事は何かあるか。おまえは何ができる」
得意な事。そんなものは一つだけだ。
母や侍従たちの手伝いも楽しいけれど、わたしが今まで打ちこんだものは――――
「わかった。手間を取らせたなアルベリヒ。もういいぞ」
叔父様は踵を返し、再び私に背を向けた。
今まで取得した行使資格だって全部ちゃんと言えたし、わたしの尊敬する咒式設計士の名前だって、わたしの作った短縮詠唱節だって、ぜんぶ間違えずに言えたのに。
普段は噛んだり口ごもったりするけど、今日は全部言えた、のに。
また、そっぽを向かれた。
そんなに叔父様にとって、面白くない事をしてしまった。
叔父様には、お国にとっては、わたしはさして価値がないの。
※
「困るな。女子というだけで面倒なうえ、似非魔術に関する事しか頭にないようなのは。役に立ちそうもない。よそのいかがわしい術師に妙な知識を吹き込まれてるんじゃあないのか? いくらシュヴァイツァーが魔術の名門とは言ってもな……ククク、魔術。魔術だと」
「……」
「万人が魔術とやらの恩恵を等しく受けられればこうはなるまいよ。だが現実はどうだ? こうして肥大した国民政府に擦り寄らねば、魔術で連なってきた家系などは生き残れん。男子でも斡旋先が貴族や皇族のお抱えまじない師くらいしかないというのにな……よりにもよって雌犬ではな」
「左様で」
「……まあ、仕方あるまい。無いよりは、ましだ」
帰り際、秘書の方を相手に延々とぼやき続ける叔父様は、本当に、本当に、心底厭そうな顔をしてお帰りになられた。
やがてわたしは自室に戻って、何をするでもなくベッドにあおむけに横たわって天井のしみを数えつづけた。叔父様にとってわたしはこのしみと同じくらいの価値なのかとぼんやり浮かんできて。
それ以来、私はシュヴァイツァーの魔術師ではなくなった。