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異界のウタ ~Arma virumque cano~   作者: 霞弥佳
4/17 序
2/105

Einführung: 17/04/1932

 同じ地で、同じ時間、三人は同時に天を仰いだ。


 帝国はホリゾントキュステの夜天に浮かぶ雲海の切れ間に、ぼんやりとその光景は広がっていた。此方とは異なる彼方の世界が、向かい合うように夜空の境界を挟んで描かれていた。隣接する空どうしが、それぞれのビルディングの屋上が対面する異様な光景だった。


 先進都市ロンドンやローマもかくやと言うべき高層建造物が、所狭しと立ち並ぶ異世界。大地と大地が相互に睨み合う、異質と呼ぶほかない景色だった。

 

 直方体のビルディングが規則性をもって都市区画を形づくる、『こちら』とはまったく異なる史実を歩んできた隣り合う世界。それが、三人からは天からその地を見下ろしているように眺める事ができた。


 少女マグダレーネ・ヴィトゲンシュタイン


 少年ハインリッヒ・シュヴェーグラー


 少女アルベリヒ・シュヴァイツァー


 彼らは形容できぬ不快さと嘔吐感を、忌むべき記憶を細かに刺激され、想起を促されているかのような苛立ちを抱いていた。未知に対する戦慄と畏怖を。好奇心からなる強い慕情を。それらが皆無だったわけではない。


 ただ、腹膜の内側を煩わしく舐めあげられるような不快感が、彼らの心情を弄んだ。


 異界を映し出す天空は、膿んだ傷口から血が滲み出すように紅のオーロラをはためかせていた。彼らが血の赤を連想したのは、異形の天空が現界した時より響き渡る、鼓動のような振動のせいだろうか。腹部に響く規則的な高鳴りは大気を、大地を震わせていた。


 天と天の境界は希薄となり、その繋がりを確かなものと定めてゆく。


 異界の光景はより正確に、より細やかに、より鮮明になっていく。未知なる夢幻の大地、その憧憬を投影し、ホリゾントの地に集った魔人たちは無謬の幸福に想いを馳せた。


「こうあってほしい、そうであってほしい」


 互いに嫉妬と愛欲で結ばれた双子星のごとき世界が混ざり合うのに、さほど時間は有しない。願望が無為に崩れ去る空虚な現実と、輝かしい未来で祝福される虚実。一切が蕩け交わり攪拌され、先人の求めた真理が生れ落ちるのは時間の問題。


 それは果たして忌むべきものか、それとも歓声をもって迎えるべきものか。今はただ、この光景を瞳に映しつづけることしかできない。


 あれが『異界』


 あれが『アガルタ』


 あれこそが、幾多の識者が求道した唯一無二なる新世界。


 漠然としたあいまいな感覚を、三者は思考でなく直観で感じていた。




 Die Gottesgnad alleine steht fest und bleibt in Ewigkeit bei seiner lieb'n Gemeine,

『――――其は天主の聖句を刻む者へ、其は永久へ連なる愛として、我らの元へと舞い降りん』


die steht in seiner Furcht bereit, die seinen Bund behalten, er herrscht in Ewigkeit.

『其は盟約、汝と我、そして天主を結ぶ永遠の契約。果てなく過ぎ行く水の流れに、主の愛のみがしるべと為ろう』


Ihr starken Engel waltet seins Lob's und dient zugleich Dem großen Herrn zu Ehren und treibt sein heilig's Wort.

『其の剣は煉獄を纏い、其の肉は園を護る城壁、其の双翼はしろがねの雲海。其は我らと共に、主への愛をここに示さん』


Mein Seel' soll auch vernehmen sein Lob an allem Ort.

『おお、我が身よ、我が魂よ、主を讃えよ。果てなき世界の果てなき大地で、主の賛美を唄いあげよ――――』



 宵闇のなかで彼らが耳にしたのは、切リ裂かれた上空から零れ落ちる、たおやかな旋律だった。


 願いが募る栄光の楽園に響き渡る、彼らがまだ見ぬ異界のウタだった。

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