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カルネージルーラー  作者: 鈴堂アキラ
第一章~前篇~
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異界4

 国家の旗印である国旗の由来。これは戦場での所属を明確にするために掲げられた軍旗が最初の起源である。

 後に貿易へと航路を往く商船の所属を示す商船旗へと枠を広げ、最終的には民衆のナショナリズム的意識の高まりが、国旗としての掲揚を望む動きへと発展した。

 貴族社会が確立して以来、国旗を意味する軍旗以外にも、兜で隠れてしまう個人の識別のために『紋章』が使われるようになる。

 紋章の本来の用途は、個人或いは家系の象徴として掲げられ、旗に刺繍する紋章旗は個人或いは家系が保有する集団の識別として、入り乱れる戦場における所属の明確と家名の伝播が目的であった。


 異世界の町ノワールにおいても貴族社会の根幹は変わらず、そこに世界情勢を肥料として汲みした、この世界独自の価値観が根付き育つ。

 ノワールの町を囲む崖の上には、陽光に照らされた幾つもの旗ポールが地に陰影を差し、国の象徴を示す軍旗兼国旗が掲げられている。刺繍された、盾の前に二振りの剣が交差する旗が、通り過ぎる風に煽られ、はためいていた。


 ルードマン・イア・アークストンは空を仰ぎ、岬にもなっている崖の上の先端ではためく、一際大きい御旗を眺めていた。

 現在ルードマンが立っている場所は、港湾から程近い場所に建てられた、商人専用の宿屋兼酒場兼食事処である『海運亭』の前である。

 この海運亭は主に海路から交易に訪れた商人が利用しており、吹き抜けの大広間である一階と二階が酒場兼食事処となっていた。

 左右にある大広間脇の扉の先には通路が続き、先にある階段を上がると宿屋が設けられ、二階の一部と三階に宿泊するための部屋が並んでいる。


 先刻この海運亭の吹き抜け二階で、得意先の商人と食事を済ませ、見送りを終えたばかりである。

 得意先の商人とは無論、奴隷関係である。とは言え、同業者ではなく商人と言うよりも狩人ハンターに近い。


 アタラティア皇国では自国の民を奴隷にする場合は、様々な法が制定されている。一例として、奴隷は犯罪者でなければならない、といった内容等だ。

 しかし、他国の人間を奴隷にする場合は、これといった禁とする法が制定されている訳ではない。

 その穴を突いて生まれたのが、拉致による奴隷売買だ。


 勿論、奴隷商人と言えど、制定されていないからといって率先して拉致することはしない。

 奴隷商人も国家に帰属する民だ。やり過ぎて他国の怒りを買った場合、国益を損じるのは自明の理。国家あっての仕事だと彼等も理解していた。


 それでも他国の奴隷は需要が高く、少数人でも拉致したいのが本音である。

 商人としての彼等の欲望ねがいは、それを需要と判断した者たちによって叶えられた。


 他国に潜入して原住民を拉致する専門家。いわゆる人攫いだ。奴隷商人としての知識と鑑定、狩人としての技術を併せ持った奴隷商人御用達の人狩マンハンターである。

 ルードマンが得意先として懇意にしているマンハンターは、主にセダルシナ諸島で活動している。

 現在のセダルシナ諸島の情勢は、無数の小国が群雄割拠する戦国時代へと突入していた。

 混迷の只中にあるセダルシナ諸島の各国は、島の覇権を求め争うのに忙しいのか、海外への警戒は以外なほど低く、単独潜入は比較的に容易なのだ。

 このマンハンターが主に狙う獲物は、セダルシナ諸島特有の黒髪と白い肌を併せ持つ純血の島民。特に需要が多い、若い女性がターゲットである。


 そこで拉致した女性たちをノワールに連れ帰り、現在の契約相手であるルードマンに卸しているのだ。

 今回の会食を設けたのも、再びセダルシナ諸島へ潜入に戻るマンハンターに報酬の受け渡しと、拉致する人材の追加依頼をするためであった。


 会食を無事に終えたルードマンは、風の向きを計る役割も担う御旗から視線を外し、国旗と自身の紋章である首輪をモチーフにした風変わりの紋章が施された馬車に乗り込み、アークストン市場へと向けて移動を開始した。


 ◇


 アークストン市場へと到着したルードマンはその足の赴くまま、至る所で新しく入荷した奴隷の競売が行われている市場の中を視察していた。

 奴隷の価値は容姿・性別・健康状態・年齢・技能の五つを纏め合わせた総合評価で決まる。

 一例として、容姿普通・性別男・健康状態良・年齢20・技能無しでは総合評価としては4000フィロル。通貨換算で金貨2枚が奴隷の一般的な価値である。

 奴隷の価値はピンからキリまであり、最安値が2000フィロル。最高値は3万フィロルに上ったこともあった。


 市場を歩けば、左右から聞こえる従業員による奴隷の宣伝と、現時点での最高額を叫ぶ声。

 従業員の隣には奴隷を立たせるための台が設けられ、その後ろには檻に入れられた奴隷たちが佇んでいる。一つの檻に10人程度が入れられ、全員が様々な表情を浮かべていたが、一様にその瞳に宿るのは『不安』である。


「さあ、次の商品はこれです!」


 台の上に立たされた奴隷に向けて、好色のどよめきが上がる。

 ルードマンもどよめきの先に視線を凝らす。そこに立たされていたのは見覚えのある人物。午前中、ルードマンの邸宅で身嗜み等の確認をした少女であった。

 想像していなかった現実に対する少女の表情は、不安と共に困惑していた。ルードマンの話と人柄から、貴族とは紳士のような人物たちのことだと思い込んでいたからだ。

 しかし、少女の前に群がる貴族はどれも、野獣のような汚らわしい獣気と悪意に満ちていた。


「本日入荷したばかりの新品の目玉商品です! 容姿は上の下。性別は見間違えることなく女。ここは『美』と『子』も付けましょうか……性別は美少女です! 健康状態は最良。年齢は15。技能は編み物と料理。家庭的ですねー、きっと自分を盛り付けるのも上手いかもしれませんね!」


 従業員のトークに軽い笑いが客から漏れる。ルードマンも高値が付くことは予想しているので、このまま顛末を見届けるために足を止めた。


「先ずは7000フィロルからスタート!」

「8500!」

「9200!」

「9800!」


 口々に値を叫び、釣り上がる価値。

 奴隷市場特有の熱気に当てられた少女の膝は、次第に震え始める。


「1万100!」

「はい、1万100出ました! 他にはいませんか!?」


 早くも1万の大台を突破した競は周囲の注目を集め始め、その間にも釣り値は更に上がる。


「1万5000!」

「1万6400!」

「はい、1万6400出ました! さすがにこれ以上、皆様の懐は厳しいでしょうか!?」

「……1万7000!」


 その一言を最後に、釣り上がり続けた値はピタリと止まる。

 客たちは唇を開くか閉じるか、どっちつかずの動きを繰り返しては諦観が表情を塗り替えていた。

 従業員は客である貴族たちを見渡し、僅かの様子を見守ったあと声を張り上げた。


「1万7000! 他にいませんか!? ……いないのでしたら1万7000で落札です!!」


 締め切りの合図を示す金色の鈴を、客に見えるように掲げて鳴らす。鈴の音に誘われるかのように、恰幅の良い下卑た笑みを浮かべた髭面の貴族が、周りの貴族を押し退けて従業員の前へ躍り出る。


「これはリージェッタ様。本日の目玉商品の落札、真におめでとうございます」


 従業員は深々と一礼して、顔馴染みの貴族に微笑み掛ける。

 そこへようやっと追い付いた従者がズッシリと重みを感じさせる、通貨が詰まった小さい袋を従業員に差し出した。


「金貨8枚、銀貨2枚入っている」

「畏まりました」


 袋を受け取った従業員は、先ず重さを掌の上で量り、次に袋を僅かに開け中身を軽く確かめる。金と銀の輝きが、薄暗い袋の中から煌めく。


「確かに受け取りました。こちらの奴隷はどのように致しましょう?」

「このまま連れて帰る。鍵だけ渡せ」

「畏まりました。どうぞ、こちらです」


 少女の手足を戒める枷の鍵を受け取った貴族は鍵を従者に投げ渡し、震える少女の細腕をその分厚い手で掴む。


「来い! 今日から俺がお前の主人だ。奉仕の仕方をみっちり仕込んでやる!」


 乱暴に引き寄せ、そのまま市場の外へと向けてズカズカと歩き出す。


「い――いやあああっ! 放してっ! 誰か、助けてぇ!!」


 その貴族の粗暴な扱いに、ギリギリまで耐えていた不安の堰がついに決壊した。涙が溢れ、艶のある髪を振り乱し、助けを求め叫ぶ。しかし、応じる者は誰一人として現れない。

 それでも叫び続けると、パァンと響く音と共に衝撃が頬を襲い、次に膝が崩れ落ちた。徐々にジンジンとした痛みが頬に込み上げる。


「煩いぞ! 奴隷なら奴隷らしく買われた主人に従え!」


 額に青筋を浮かべ、激昂を露わにした貴族は張った手を下す。

 呆然とした表情となった少女は、強い恐怖と共に今でも信じられないといった戸惑いを浮かべ、叩かれた頬を震える手で押さえる。

 何かの間違いに決まっている。そんな逃避を懐き始める少女に、貴族は更なる一言を浴びせた。


「所詮、奴隷なんてものは貴族に消費される消耗品なんだ。役に立たなきゃ売却か、処分しか無いんだよ!」

「でも、労役期間が……」


 ルードマンの話を思い出したのか、少女は反論を口にする。しかし、希望を打ち砕くように貴族は嘲笑と共に止めを刺した。


「労役期間? そんなの守るのはエルスナイア護爵ぐらいだ。『奴隷になったら死ぬまで奴隷』これは貴族の常識だぜ? ――ああ、お前は平民か。じゃあ勉強になったな、俺に感謝しろよ? ほら、立てノロマ!」

「……嘘……だって、労役期間が過ぎれば自由って、あの人が……」


 呆然自失のまま無理矢理に引っ張り起こされる。その時、少女の瞳にはルードマンの姿が映った。瞳の中のルードマンは興味の宿らない無表情で、踵を返すと共に人の波へと消えていく。その人を人とも思わぬ態度に、少女の中の砕かれた希望が、絶望に黒く塗り潰された。


 ◇


 市場の奥へと進むにつれ、客の姿はどんどん少なくなる。

 アークストン市場の在庫配置は先ず、売りたい商品と新品を入口付近に配置。次に奴隷になって日の浅い順に配置していき、その次が人気商品の配置。その後は総合評価の高い順に配置している。

 現在、ルードマンが歩いている地点は、入口から遠く離れ、折り返し地点となる門の前である。


 その門はストランダー街門と比較すると小さいが、頑丈でしっかりとした造り。

 門の前には見張りである二人の門番が周囲を警戒していた。

 二人の門番はルードマンに気付くとすぐに敬礼、ルードマンも会釈で返す。そして、門の手前脇に設置された四つの檻の中身を、異常が無いか視線だけで点検する。


 布で四方の内、三面だけを覆い隠した檻に入っていたのは、横たわった人間――否、人間『だったもの』だ。

 棒切れのようにガリガリと痩せ細った者。肉体の一部が欠落した者。人格が崩壊した者。異常な姿ではあるが、ルードマンからして見れば、一様に商品価値無しのゴミである。


 それでも、人によっては表沙汰にしたくない趣味の持ち主もいるため、こうして並べているのであった。


「――それにしても、全くと言っていいほど動かんな。まだ生きているのか?」


 ルードマンの独り言なのだが、問い掛けられたと勘違いした二人の門番は口々に答える。


「はい、少し前までは少なからずの呻き声や布が擦れる音が聞こえました」

「ですが今は声も身動ぎもありません。一応、息はしているようですが……」

「ふむ……そろそろ限界か。生きてるにしろ死んでるにしろ、どちらにせよ、こいつらはあと少しで肉体ごと燃え尽きる」


 憐れみすら宿らない視線を二人の門番に移したルードマンは、この場所まで赴いた用件を手短に伝える。


「二時間後に廃棄処分を行う。門の奥にいる従業員たちに、準備に取り掛かるように伝えろ」

「畏まりました。……しかし、私たちがここを離れて大丈夫でしょうか」


 チラリと視線を向けた先には、先の死に体の奴隷たちだ。意図を察したルードマンは二人の懸念に答えた。


「構わん。どうせあいつらは動けん。動くための肉体も精神も壊れているからな。仮に檻の扉が開いていたとしても、逃げ出す意思など微塵も無いだろうさ」


 ルードマンの説明に、二人の門番は僅かの憐憫が浮かぶ。しかし、すぐに表情を引き締め直して敬礼する。


「これより、すぐに連絡に向かいます!」

「うむ、既に増員の手配をしてある。彼等と協力しろ。私はこれから有識者たちに面通しに向かう。私のことを聞かれたら、そう答えろ」

「畏まりました!」


 用件は終えたと判断したルードマンはそのまま踵を返し、市場の入口へと目指して歩き出す。


「――――ぁ……ぅ、ぁ……」


 何か掠れた呻き声が聞こえ、周囲を見渡す。だが、音の発生源は特定できない。

 後ろを振り返るが、二人の門番は門を開け放った後なのか、開かれた門とその先に見える高い人工壁に囲まれた奴隷の収容施設に、ノワールの外へと通じる運搬用の門が見えるだけ。人影はどこにも見当たらなかった。


 気の所為だと判断したルードマンは身体の向きを正し、歩みを再開する。彼の頭の中は既に、これから会う有識者たちのリストアップに大忙しであった。


「……たす……け……て……」



 人物紹介その3

 デュラン(人間・異世界)


 外見は現実世界の姿に類似させているが、実際より若くしているため外見年齢は20才前後である。

 この外見を創った理由としては、現実世界の自分を仮想世界に登場させたいと考えたから。


 服装も動き易そうな外見をイメージした結果、世界観とは大きくかけ離れた服装になってしまった。


 人間状態では、パラメータ・スキル等の効果が低下。亜人専用武具等が装備不可となる。

 代わりに、人間専用装備は全て装備可能。探索系スキルの一部が向上。人間種が得られるボーナスを全て獲得した状態になっている。

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