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カルネージルーラー  作者: 鈴堂アキラ
プロローグ
2/21

プロローグ〜後篇〜

 世界は『第二次ゲーム革命』とも呼ばれたVRMMOの登場により、オンラインゲームは更なる段階へと昇華する。

 様々なVRシリーズが流星の如く現れては、淘汰されていったゲーム業界の新たな戦国乱世。

 そのオンラインゲームの一つである『クリエイト』は、新進気鋭の有限会社ノアが『創造の発掘』をコンセプトに発足した『プロジェクト・ノア』と共に、世に送り出した新たなVR――VRCMMOである。


 このCとは、ゲームタイトルにもなっているクリエイションのCである。

 クリエイション――つまり創作・創造を題材としたオンラインゲームであり、MMOとして提供されているため、個人もしくは複数人でゲームを手軽に創作することができる。謂わばゲームを創るゲームのVRMMO版だ。


 VRCMMO『クリエイト』の遊び方とは、以下の通りである。

 先ずは基盤となっているシステムを元に、自由に好きなジャンルのゲームを本格的に創ることができる。

 好きなジャンルだが、RPGはさることながら、推理・恋愛などのAVGや、戦略・育成などのSLG、アクション・シューティング、そして探索などのダンジョン系など、選べるジャンルは幅広く、更には異なるジャンルを複合したゲームを創作することが可能であり、それがVRMMOとしてプレイできるのだから、使われる容量は従来のMMOと比較しても膨大だ。


 想像して貰いたい。

 自分の頭の中の妄想をゲームとして実現することができ、更にその中に実際に入って体感することができたら、興奮を覚えぬ者はいるだろうか。

 それを実現させるのが『クリエイト』である。

 発売前から期待されていた『クリエイト』の登場は、VRシリーズに慣れた多くのユーザーの興味を惹くには十分過ぎるだけの魅力がそこにあった。

 発売当日から売り切れになるといった事態にこそ発展はしなかったが、一部のユーザーが創作したゲームを、ネットワークを通じて無料VRMMOとして公開するなど、『クリエイト』の名は着実に多方面に広まっていったのだ。


 しかし隆盛を極めたのは、サービス開始から僅か数年程度であった。


 創作の楽しみはあるが、純粋にゲームで遊びたい多くのユーザーにとって、ただ土台だけを提供されたような仕様は多大な手間が掛かり、特に繋がりの薄い個人ユーザーには飽きが来るのは至極当然の結果であった。

 次第にユーザー離れは加速していき、ノアもアップデートを繰り返してはいたが、現在に至っては一部の創作好きのユーザーを残すのみとなった。


 ちなみに、創作好きのユーザーの一人である青年が、数年掛けて創作したゲームがこれだ。


 探索型ダンジョンRPG『アビス』


 青年が『クリエイト』で創作したゲームのタイトルである。

 名の通り、奈落にまで繋がっているとされる全100階層にまで至る、謎のダンジョンの踏破を目指す探索型RPGである。

 各階層のダンジョンは、ボス部屋や一部の階層を除き、一定時間毎にランダム生成される仕組みとなっている。


 ダンジョン内では多種多様の素材が落ちており、それらを持ち帰っては様々な武具やマジックアイテムを、与えられた工房で外観ごと製作することが可能なのだ。

 最終的には最深部に棲むラスボスを倒せば、設定上のストーリーではゲームクリアとなる。


 設定されているストーリーとは、とある国の王様が、発見された謎の遺跡に調査隊を向かわせたところ、中から無数の異形が蔓延っているという報告を受け、世界中の冒険者を集めて遺跡最深部への踏破を依頼した。その一人がプレイヤーという設定だ。

 プレイヤーは最初、自身の分身であるアバターの種族と各種パーツを決めた後、就く基本職を選ぶ必要がある。

 種族は多彩で、人間・エルフ・ドワーフ・精霊など20種類以上あり、それ以上に最初から選べる基本職が50種類以上、下級・上級職が200種類以上と豊富である。

 イベントを進めていくにつれて、クラスチェンジや他種族の特性を宿した混合種ハイブリッドなど、プレイヤーの好みに合わせた更なるアバター作成が可能となる。


 このアバター作成こそが、『アビス』の醍醐味の一つと言えるだろう。


 02:38


 全体的に薄暗く、ジメジメとした雰囲気がある石造りの回廊が、闇の奥へと向かって一直線に延びていた。

 苔の生えた両側の壁には、等間隔に並ぶ燭台に煌々と火が灯っている。僅かばかりの明るさではあるが、進む者に道を示す程度の役割は果たしていた。

 互いに姿を照らし合う燭台。そこに一つの陰影が遮る。


 金糸が紋様を描きながら縫い込まれた、胴着にも似た白地の厚手衣装を、身体に巻き付けるように着込んだ長身の若い美丈夫である。

 後ろへと流す、垂らしたサラサラと柔らかな印象を与える長い銀髪は、それ自体が光沢を放つかのように煌めき、外側に跳ねた毛先により、視る者に野性味を強く感じさせた。

 しかし、最も特徴的で印象を強く与えるのは、その銀毛に覆われた耳と尻尾だろう。


 人間の耳に当たる部分には銀髪が完全に覆い被さり、代わりに頭頂部の辺りから犬や狼のような獣の尖った耳が生えていた。

 衣装の後ろ、臀部でんぶに程近い部分には隙間があり、そこから垂れ下がった銀毛の細長い尻尾が、歩調に合わせた動きを繰り返していた。

 白い爪は鋭利に伸び、外気に晒された腕は肘間接付近まで銀の体毛で覆い隠され、衣装の下に覗く脚も膝間接付近まで体毛で覆い隠されていた。


 人狼。


 その名に相応しい特徴を持つ彼は素足のまま、黙々と石廊を歩き続ける。

 闇の奥に潜む脅威を見透かしているかのように、その藍緑色アクアマリンの双眸は泳ぐことなく闇の一点を見詰めていた。


「……いるな」


 歩みを止める。無音の静寂を懐かせる薄暗い石廊で、不意にその『音』が響く。

 最初にチキチキという昆虫の鳴きに似た音だけが響き、次にガサササという何かが這い廻る音が、反響と共に闇の奥から近付いて来る。


 チキチキ、チキチキ。


 音が音を被せ、更に別の音が他の音を被せる。その繰り返しをしながら、音の主たちは人狼の青年に己が姿を闇から晒した。

 それは異形の集団。

 上半身はカマキリ、下半身はムカデの特徴を併せ持つ、昆虫の混合種の一種であるシザーセンチピードであった。

 成人の脚の長さ程ある節足を器用に動かし、巨大な鎌を振り上げてガサガサと這い寄って来る。


 一方、迎撃する形となった人狼の青年には、武器と思しき獲物が何処にも見当たらない。

 しかし、慣れているのか表情は微動だにせず、姿勢だけを前屈みして勢い良く踏み出した。


 それはまさに驚異的な速度。

 先頭の異形との距離は3メートル余りあるというのに、その差をたった一歩でゼロに変えたのだ。

 異形は振り上げた鎌で疾風を切り裂こうと動くのだが、それよりも速く斬爪が稲妻の如く閃いた。

 振り下ろした筈の鎌は静止したように動かなくなり、異形はそのまま光の塊となって砕け散った。


 後続で次の行動に移ろうとしていたシザーセンチピードの群れを軽く睨め付け、ここに来て初めて不敵にも映る笑みを浮かべた人狼の青年は、残りの群れに向けて言い放つ。


「本番前のウォーミングアップに付き合ってもらうぜ。デュランとしての最期を迎えるためにな!」


 デュラン――暴君の意味を持つこの名こそが、青年が操る人狼のアバター名であった。


 01:16


 数多の異形を屠りながら闇の奥深くへ進むと、寺院建築を彷彿とさせる建築物が、石の回廊の先で壮大に広がっていた。

 ここは遺跡の最下層である朱鳳殿(しゅほうでん)の入口に当たる95階層。最深部に続く最後の迷宮である。

 戦闘以外で立ち止まることをしなかったデュランは、ここに来て初めて足を止めて、その見事な様式美を隅々まで眺めていた。


 雰囲気を出すために薄暗くしてあるものの、床は対象的に明るさを出すために外装を大理石に変更。金張りの天井や壁には墨の動物や風景画が描かれ、支柱や縁は朱色で塗装するなど、明かりを照らせば金と赤の調和が生み出す墨絵の絶景に目を奪われていただろう。

 ここまで細部にまで拘った造りは、既存のVRMMOでは滅多にお目にかかれない綿密な外装設計である。


 本来、『クリエイト』は創作行為それ自体に主眼を置いている。

 そのために元からある素材の品質は、なんとか妥協できる程度の質しかなかった。

 だがノアは『ディープシステム』と呼ばれる上級者向けのカスタマイズ機能を、『クリエイト』に組み込んでいた。

 この『ディープシステム』を活用することで、画像を取り込んだり、自ら描き起こしたりすることが可能となり、素材を自身で創ることが可能となったのだ。


 拘り抜いた見事な寺院建築も、デュランが『ディープシステム』を駆使してようやく完成させた珠玉の芸術である。

 苦労を重ねて創り上げた最下層。しかし、その成果が人々の目に届くことは無かった。


「結局、公開することは無かったな……」


 しんみりとした声を発して朱鳳殿の天井を見上げ続けながら、非公開の原因が自分にあることを理解していた。

 この『アビス』は、デュランにとって現実逃避をするための逃げ場所だった。

 生き難い現実を忘れるために、『アビス』という仮想を創り上げたのである。


「でも、まあ、全てどうでもいいよな。もうすぐこの世界も、俺も、消えて無くなるんだから」


 想いを振り払うように頭を軽く振り、再び最深部へと向かって歩みを再開した。


 00:24


 遺跡最深部。そこには世界を破滅させる超常の異形が眠っているという。


『世界喰い/ワールドイーター』


 その黒き異形は高さ100メートル以上、横幅60メートル弱の超大の巨躯を誇り、無数の触手を足として蠢かし、巨木のような六本腕は物理・魔法とあらゆる攻防を可能とする。

 腹部にある縦に割れた大口からは瘴気のような淀んだ霧が吐き出され、般若のような顔の上には女性を象った白い突起物が生えていた。

 設定されているパラメータは上限まで振られ、全ての属性ダメージを半減にし、自動回復など様々な特殊スキルを備え付けた、単独では攻略不可能のチートモンスター。


 遺跡最深部にして、朱鳳殿の最奥部にある『奈落への入口』に辿り着いたデュランは、嘗て管理者として試験的に創り、調整のために挑んだ最初の一戦以外、以降全敗を喫することとなった絶対強者を見上げていた。

 桁を間違えたそのモンスターは、デュランの『アビス』への想いを形にしたような存在である。


 ――終わらせたくない。


 クリアしたら逃避が終わってしまう。そんな脅迫観念にも似た感情が、ワールドイーターをチートモンスターに変えたのだろう。

 その規格外に、たった一人で挑む。通常なら勝てる見込みは皆無だろう。だがデュランはわら


「決着をつけようか、ワールドイーター」


 パラメータのチート化は、ワールドイーターだけの特権ではない。

 デュランもまた、管理者権限によりパラメータをチート化しているのだ。

 それでも、プレイヤーとモンスターのパラメータは土台からして違う。劣勢は火を見るより明らかである。

 両腕を構え、前屈みの姿勢となったデュランは笑っていた。

 求めているのは勝敗ではなく、熾烈な闘いと人生を飾るに相応しい最期なのだ。

 デュランの身体から、青白い雷気が溢れ出す。


 デュランのアバターは、神狼と呼ばれる特殊な種族である。

 これは人間とエルフの特性を併せ持つハーフエルフと、雷獣と精霊の特性を併せ持つ神獣。この二つを組み合わせた四血混合種ハイブリッド・クォーターであり、管理者であるデュラン専用のアバターである。


 デュランが修得しているスキルは豊富で、状態異常完全無効や雷属性吸収を始めとして、鑑定眼・隠密歩行などの探索系スキルや、全ての魔法の修得。一部の魔法の詠唱破棄スペルキャンセラーと属性ダメージ軽減。

 特に戦闘関連では体力自動小回復に加え、雷属性を中心とした特殊スキルとアーツ。そこに近接格闘を加えたスタイルの組み合わせは、神速の極近接戦闘として確立していた。


 雷気を帯びたデュランは腰に装備してあるマジックアイテム、マジックポーチ(10種類・各種類につき10個までの持ち物を仕舞える運搬用携帯アイテム)から黄金に輝く鎚を取り出した。


『打ち砕く者/ミョルニル』


 出典元は北欧の神トールが振るったとされる神器である。

 格闘タイプのデュランが扱うには難がありそうな武器だが、ミョルニルには特殊な機構が備え付けられていた。


「行くぜ、ミョルニル!」


 鎚の両面に両手の指を押し当てると、鎚の中心が真っ二つに割れ、指を覆うように形態を変化させていく。次第に形は鎚からガントレット形態へと変化を遂げた。

 指先は鋭く尖り、ガントレットからは紫の雷気が漏れ出していた。

 戦闘準備を完全に整え終え、宿敵に向けて高らかに叫ぶ。


「これが俺の望みだ。最期まで付き合ってくれよ、ワールドイーター!!」


 疾風迅雷の如く、ワールドイーターの懐に目掛けて駆け抜ける。

 対して脅威を感知したワールドイーターは、頭部から生える女性型突起物の、人の口に酷似した器官を大きく広げて、歌声のような叫びを響かせた。


 00:05


 劣勢に立たされながらも闘志は挫けず、ワールドイーターに最大火力を叩き込む。


「うおおおおっ! 屠神突トガヅチ!」


 様々な支援魔法に加えて、投擲を無効にし、全パラメータを1・2倍にする常時発動型特殊スキル『雷鎧装』と、雷属性付与と追撃に加え、物理攻撃力を1・5倍にする刺突攻撃アーツ『屠神突』を組み合わせた、紫電の塊を刺突に纏った一撃はワールドイーターの体力を大きく削る。


「ははっ! かってぇなあ畜生!」


 デュランの体力も、開戦から此処に至るまでの攻防で大きく削られており、予断の許せない状態であった。

 一瞬でも油断すれば敗北する状況下で、それでも嬉々とした表情が絶える瞬間は無い。


 蒼雷を全身から湛えながら、幾度目かの特攻に転じる。

 ワールドイーターは大仰に広げた六本腕の掌を中心に、それぞれ属性の違う魔法陣を詠唱破棄スペルキャンセラーで展開させ、一斉に発動する。

 人間を丸呑みにできるだけの極大の炎・氷・岩・風・雷・重力の塊が、弾丸となって同時に飛んで来るが、間隙を完全に見切っていたデュランは雷の弾丸だけをその身に受けて体力へと変換させた。


 すぐさま次の攻撃に移行するワールドイーターの身体を勢い殺さずに駆け上り、その顔面に向かって拳を叩き込む。

 仰け反った瞬間を確認するも、直後に左右から飛んで来た掌に叩かれ、振り下ろされた手刀で打ち落とされた。


 00:01


 視界の左上隅に意識を向けると、自身の体力を示すゲージの残量は僅かしか残されていないことに気付いた。


(……一応、エリキシルが一つあるけど、それ以前に時間が足りないか……)


 左下隅には時刻が表示されている。

 政府が発表した地球消滅予定時刻まで、既に秒読みの段階にまで時は経っていた。

 とはいえ、あくまでも予定時刻なので、実際の消滅時刻に若干のズレが生じるだろうが、それでも微々たる誤差なので敢えて細かい所は無視する。


「此処まで闘ったけど、勝てねぇなあ」


 浮かべた笑みはどこか儚げで、夢の時間が終わってしまう事実に対する寂しさがそこにあった。

 全身から蒼の雷気が溢れ出し、燐光や発光が纏わり付く。使用可能なスキル・支援魔法を全て発動させた結果だ。


 残り時間の猶予を考えても、あと一撃が限界。

 姿勢を前屈みにして、特攻の構えを取る。

 軽く一呼吸して、稲妻の如く飛びかかった。


「最高に楽しかったぜ! これが俺の、人生の最期だっ!!」


 迎撃に構える六本腕よりも速く飛び抜け、最後の攻撃を放った。

 全霊を込めた一撃が届く直前、世界は激しいノイズを走らせる。


 最期まで張り付いた無邪気な笑顔と共に、自身の消滅を悟りながら、全てが暗転した。


 00:00


 世界設定その2

 VRは元々、災害地区での危険な救助活動や撤去作業を救助ロボットで遂行する際に、より視覚的に行えるように開発された。


 VR技術が確立されてからは、救助活動などの訓練をより本格的にできるようにレスキュー・医療の仮想訓練用として導入。

 次第に警察機関の射撃訓練や捕縛訓練にも採用され、軍隊の防衛訓練にも使われるようになる。


 VR技術の利用と軍事転用により、兵士と兵器の質が向上。命を守るために開発された技術が、皮肉にも第三次世界大戦勃発の後押しになるという結果となった。

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