バトルの肉付け8-比喩-
今回は比喩表現、すなわちもののたとえの話です。
芸術性の高い文章は、この比喩表現がとにかく優れています。
さりげなく書き手のインテリジェンスをにおわせながら読者にイメージを喚起させる、比喩表現。
これをものにしてしまえば、戦闘シーンはぐっと魅力を増すでしょう。
先だってまずは、比喩の基本的な二つの分類についてお話します。
直喩と、暗喩です。
まるで~のようだ、みたいな形式で、ある物事を別のもので例えるのが直喩。
ある物事を、その象徴あるいは二つ名など、別の言い回しで表現するのが暗喩です。
たとえば前者は、激しい剣のやり取りを指して、まるで嵐のようだ、みたいに使うわけです。
後者は、巨大な剣のことを、その鉄塊を振りまわして、のように使います。
さて、戦闘シーンはもちろんのこと、虚構です。
戦記でもない限りは、フィクションの、現実にはあり得ない情景を描き出すわけです。
あり得ない情景を読者に分かりやすく伝えるための手段、それが比喩表現です。
ここに、一つの場面があるとします。
二人の剣士が、初撃をぶつけあう場面です。
さて、どのような比喩が考えられるでしょうか。
例えば、
二つの剣がぶつかりあい、激しく火花を散らした。
と書けば、“火花”が暗喩になります。
実際には火の手が上がっていないにも関わらず、ぶつかり合う剣の衝撃をわかりやすく別のもので表そうとしています。
例えば、
二つの剣がぶつかり合うさまは、まるで崇高なる舞踏のようであった。
とすれば、“まるで崇高なる舞踏のよう”という部分が直喩になります。
こちらでは、激しさよりも二つの剣の織りなす息の合った動きを重視しています。
前者が、戦いの力強さに重点を置いているのに対し、後者では戦いの美しさに重点を置いています。
比喩表現について、あまり多用するのは好まれない傾向があります。
文章中に多くの比喩表現を盛り込むと、文章が変に詩的になり冗長な印象を与えるかもしれません。
また書き手がナルシストっぽく見えてしまう可能性もあります。
戦闘シーンにおける基本的なスタンスは、幾度かお話したとおり、
出来るだけ一文一文は短く、盛り込む情報は少なめにする。
これを守りつつ、詳しく説明しなければならない個所にのみ比喩表現を用いる。
というくらいの心積もりをしておくと良いのではないでしょうか。
では、詳しく説明しなければならない個所とは、何か。
一つは、作品のオリジナル設定に関わる部分です。
これは、例えば作中における魔法の描写や固有の武器などが該当します。
もう一つは、複雑な動きをする人体の描写をしたい部分です。
ファンタジーなら技を放つモーションであり、リアル系ならば格闘技における関節技などですね。
まとめると、
比喩表現は、そのままではわかりにくい部分を、ユーザーフレンドリーな言い回しで補うためのもの
であると言えるでしょう。
このわかりにくい部分をいい感じな比喩表現でカバー出来るかどうか、これがうまい書き手とそうではない書き手の分かれ目です。
読者が頭にハテナマークをつけたままだと、作品世界に没頭しにくい。
書き手は、読者のハテナを取り去るために比喩表現という濾紙で、文章を濾すわけです。←比喩表現。
しかし比喩表現というのは独自に考え出すのはなかなか難しいものです。
慣れないうちは、先人の知恵を借りるのが最善だと思います。
要は、パクリです。
何事もまずは模倣から始まるものです。
初めて書く作品などは、とにかくつたない文章になります。
これは仕方のないことで、最初から美麗な文章を紡ぐことのできる人ならばもう既にプロになっているでしょう。
比喩表現は、最初はパクリでいいと思います。
そして、ある程度文章を書く経験を積んだならば、その先へステップアップすればいいのです。
比喩表現で悩んだらまずは検索です。
ウェブの大海の中に、必ずあなたにピッタリの比喩表現は転がっているはずです。
もしくは、これまで読んできた本の中から選んでもいいですね。
もう既にある程度の技量を持っていて、更に上を目指したい! よりグレードの高い文章を書きたいという方は、比喩表現に関して自分だけのものを作ろうと苦心しておられるかもしれません。
比喩表現を作る段階において、何から始めればいいのか。
ここに、剣があります。
熟練の使い手が、剣を振り下ろします。
その速度はとても早く、目視できないほどです。
さぁ、この速度を、比喩表現を用いて描写してみます。
まず、素早く動くものを思いつくだけ書き出してみましょう。
そして中から、剣を振る動きに合いそうなものをピックアップします。
例えば、物ならば新幹線、弾丸、あたりはどうでしょう。
物ではなく、自然現象で表すなら、自由落下、突風、などでしょうか。
ここからさらに、ピックアップした素早いものが、なぜ素早いのかを考える、あるいは調べます。
新幹線ならば、そのフォルムが空気抵抗を減らしているから、みたいな感じで。
この二段階の連想ゲームを、比喩表現として構築します。
その剣戟は、恐るべき速度を持っていた。
一分の無駄もない研ぎ澄まされた体裁きから繰り出される必殺の振り下ろしは、大気を切り裂いて飛ぶライフル弾なみの速度と切れ味で迫る。
速さ、そして武器としての怖さとを鑑み、私はライフル弾をたとえとして用いることにしました。
このように、比喩表現したい対象と近い属性や性質を持つものを連想ゲーム的に挙げていき、それらを還元するような形で比喩表現を作りだす。
これが自分だけの比喩表現を作る方法なのではないでしょうか。
繰り返していけばいずれ連想ゲームは自動化され、比喩表現もすぐに構築できるようになるでしょう。
ところで、ハイファンタジーと呼ばれるジャンルにおいては、比喩表現が非常に難しい場面に遭遇することがあります。
ここで言うハイファンタジーとは、純粋な異世界モノ、物語がオリジナルの世界観の中で完結している作品を指します。
異世界を舞台にしている場合、そして一人称の場合、作品内で銃火器類が存在しないならば、たとえに用いることは不可能です。
なぜなら語り部は銃火器類の知識を有していないはずで、それがたとえに用いられることはありえないからです。
このように、特殊な世界観の中では、現実世界のものを使ったたとえは不可能な時があるのです。
神の視点としての三人称ならば問題ありませんが、一人称はあくまで語り手の知識の中から比喩表現を作りださなければなりません。
こういった細かな気配りをあまりしなくていいところが、異世界転生モノ、VRMMOモノの強みの一つでしょう。
これらはハイファンタジーとの比較からローファンタジーと呼ばれることがあります。
最後に、比喩表現を使う上で気をつけたいことがあります。
それは、あまり曖昧な比喩を使わないこと。
最も典型的な例を上げます。
恐らく、小説家になろう内で一番頻出する比喩表現は、これではないでしょうか。
中世ヨーロッパ風の、
中世ヨーロッパのような、
街並みのことです。
様々なエッセイで指摘されているとおり、この表現はあまりにも曖昧で要領を得ていません。
比喩は遠まわしの表現ですが、あまりに漠然とした言い回しをすると、読み手によってイメージするものがまるで違うという事態に陥ります。
中世ヨーロッパ、というならばもう少し突っ込んで、○○時代のドイツ、というような細かな指定をすべきかと思います。
もしくは、いっそのこと描写を詳しくして、語り部の持つ中世ヨーロッパのイメージをちゃんと読者が共有できるようにするのも手です。
比喩表現には無限の可能性があります。
これを磨けば磨くだけ、文章はカッコよくなっていくでしょう。
最後に、なろうで言うところの“中世ヨーロッパ”というのは実は“近世ヨーロッパ”のイメージであることが多いです。大きな誤解があると思うですが主旨から離れるので省略(笑)。
それでは次回に、またお会いしましょう!




