王子
アイツは一歩俺に近付く。
「そっ、それ以上近付くなよ!」
俺は身構える。更に近付く。後退さりながら、俺は思わず台の上にあった包丁を掴んでいた。そしてそれをアイツの目の前に突き出した。アイツは口を尖らし詰まらなそうな顔をして、それ以上近付く事はしなかった。
王子の様な顔をして、拗ねた顔とか……何かムカつく!
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ここには、特別な能力を持った者達が収監されているらしいと最近気付いた。その考えに至ったのはコイツの存在が関係する。
サラサラの金髪に透き通る様な白い肌。通った鼻筋。長い睫毛と抜ける様な秋空の色の瞳。スラッと高い背丈。無駄な脂肪は無く、適度に筋肉も付いている身体。三十代だと言うが十代にしか見えない顔。まるで王子様の様だ。男の俺でも惚れ惚れする。
そんな奴が、ただ六十人殺しただけで、ここに収監される事は無いだろう。死刑にすれば済む事だし…死刑に出来ない訳でも有るのか…。悶々と悩んでいると
「どうしたの? 調理法が解らないの? 教えて上げようか、…手取り足取り…」
そう言いながら近付いて来る。
「ちっ、違うよ。考え事してたんだ。近付くなよそれ以上!!」
「冷たいなぁ、何もしないって言ったでしょう? 抱き締めたのは君からだし……」
ポッと頬を染める。
「抱き締めた訳じゃ無いからっ! こっち来んな!」
もう、俺の操と命とどっちが先に無くなるかの問題か? …怖えぇぇ…
「君もさ、囚人と同じ物食べてたんでしょ? よくお腹壊さなかったねぇ」
「俺、胃袋丈夫なの!」
「ふぅ~ん……。鉄の胃袋の持ち主か……」
「えっ? 何それ」
「…僕はね、斬られ無い素材なの」
は? 何言ってんのコイツ!
「何言ってんだよ! 訳解ん無いし!」
「だから、こうして…」
アイツは刃物を自分の腕に押し当てて今にも引こうとしている。
「ちょっと待て! 何やってんだ!!」
アイツは、大根でも切るかの様に、スパッと刃物を引いたのだった。