殺人鬼
その男は、右手を握り親指を立て下を向け、首の左から右にスライドさせる。
「ナイフでこう…ね。一人づつ。」
それを聞き、背筋を寒気が這い上がる。
「どっ…どうして…」
小さい声が漏れた。
「気付かなかったけど、僕ってサ、物凄く嫉妬深いらしいんだ。恋人ができて。相手の過去が凄く気に成りだして、元カレとかボコボコにして…。でもスッキリしなくて、それで…。あぁ‥この世から消してしまえば良いんだって…ね」
冷めた、口元だけの微笑を向ける。その笑顔で俺の体温が下がった気がした。
「恋人の元カレって…60人も‥居たの?」
「あははっ。違う違う。付き合った人の知り合いとか配達の人とか…。アイツに近付く全ての人を次から次へと、ね。気が付いたら60人。まぁ最後にはその恋人も殺しちゃったんだけどねぇ~」
ぞっ、ぞおぉっ~。鳥肌が立つ。一歩二歩と後退った時だった。
「君は殺さ無いで居てあげる。物凄くタイプ。超可愛い♪」
え゛っ…。何言ってるの?
「俺…、お・と・こ・だけど?」
「うん。知ってる」
ニコニコ。
「…もしかして…、そっちの人…?」
「僕、昔から男にしか興味無いから」
エヘッ。
あ゛あ゛~~っ。俺、変な奴に気に入られたぁ~。
「こう見えても、僕は尽くす方だし、優しいよ。裏切りは許さないけどね」
「ここは都合がいいね。二人きりだし、滅多に人間はやって来ない」
真顔だ…。怖い。
「大丈夫だよ。何もしない。約束する。…君を毎日見られるだけで幸せだから…。独房の中は、たった独りで誰と話す事もなく、凄く孤独だったんだ。…だから君と過ごせて、話せるだけで僕は幸せだ」
凄い…。こんな真顔で恥ずかし気もなく、そんな言葉を吐くなんて…。ロマンチストか?
「俺、はっきり言ってあんたの事が恐いよ。60人も殺したんだろ? ここは厨房だ武器に成る物は幾らでも在る。殺され無い保証なんて、無いじゃないか!」
勇気を振り絞って声を出す。握り込んだ拳が震えた。